死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2009.02.28 23:55

 夜8時、営業も終了してるであろうラジコンショップの前に、一台の車がとまっていた。フェラーリ(たぶんF360)だ。

フェラーリ

 今日は土曜日である。そんな日の夜にフェラーリがラジコンショップの前にいる・・・もったいないと思うだろうか?しかし私には、なにか心を動かされる光景に思えた。

 ラジコンとかパソコンとかを好きな人は、同時に車好きであることはよく知られていると思う。それはきっと、メカニカルなもの、かつ、それをいじることが好きなのであろう。

 だから、別段不思議な光景でもない、とも言える。実際、中日ドラゴンズの山本昌投手(44歳)は、億単位の年俸を毎年もらい続け、複数のスーパーカー(エンツォ・フェラーリ含む)を所有し、同時にラジコンの腕もプロ級としてよく知られている。ラジコンを趣味にするお金持ちはいるわけだ。
 それもそのはず、おもちゃ屋で売られている既製品のラジコンと違い、本格的なラジコンはお金のかかる趣味である。ときには、原付バイク並のエンジンを搭載したラジコンヘリもあったりするわけで、お金がかからないはずがない。

 そんなラジコンを趣味とする人が、おそらく営業時間外、それも土曜日にお店に来る・・・ということは、その人にとって、それが一番大事だという証なのではないだろうか?と感じたのだ。

 フェラーリに乗ってる人が、金持ちのボンボンなのか、それとも、自ら財を築き上げた人なのかは私には知る由もない。しかし、この人にとって大事なのはつまり、こういうことなのだろう。

 「クルマとラジコン、そして気の合う仲間があればいい」

 別に、フェラーリに乗ってるからとか、土曜だからとか、そんな理由で女と遊ぶといったこともしないのだろう。むしろ、それを利用しない、したくないとさえ思っているかもしれない。もちろん、正確なところはわからないが。

 私がこの光景を見て感じたのは、敬意に近いものなのかもしれない。周りに合わせない姿への敬意というよりも、もっと、こう、ひたすら自分の「好き」なものを追いかけ、それを実現した姿。たぶん、この人がボンボンなら、こんな時間にラジコンショップで語らうなんてしないだろうから、フェラーリに乗りたくてがんばってお金持ちになったのだろう。そしてそれを実現した。巨大なラジコン、フェラーリと、おそらく子供の頃から好きだった小さなラジコン・・・それを儲け度外視で語り合える「居場所」と「人間関係」がある・・・たとえこの人が奥さんに逃げられていたとしても、この人はきっと、幸せを享受できているのだろう。

 そしてそれを見た私は、自分に何が欠けているのか、なんとなくわかってきた。

 私は、自分の中に、夢のイメージがあっても、それに向けて努力していても、それがいつも漠然とした形でしかなかったのだ。たとえばこの人のように「フェラーリに乗りたい」というような具体的なものではなく、「いつかは…」と考えてる自分がいたことに気がついた。なのに今まではそれに気づかず、その「いつか」にちっとも近づいてないような自分に一人で焦ったり、悩んだりして、でも、だからといって大きなエネルギーが湧くということもなかった。努力していないとまでは言わないが、あまりにも自分で「実感」を感じられなかったから、それが障壁となって立ちすくむ結果となってしまっていたのだろう。

 私は、もっと自分の感情や欲望に、もっと素直になるべきなのかもしれない。常に我慢して努力してればなんとかなる、それが必要なことだと思ってた。だが。結果は違うのだ。 この、フェラーリとラジコン(とその仲間)を愛する人に、私は生きる上で大切なことを教えてもらった気がする。
 もちろん、そう思えるようになったこれまでのことももちろんあるのだが(昔のブログ名も『欲望の日々。』だったし)、私が今、一番何をすべきかというのを問われているような気もした。

 私は、文を、自分の思う価値でお金と交換したい。
 昨今は、仕事ではなく身分で給料が違うといったような、「対価」という発想があまりに軽んじられる傾向がある。私は、そういうことを常々おかしいと思いながらも、自分もその罠にはまっていることに気づいていなかった。

 私は、自分の文の、具体的な対価を考えたことが一度もない。「これならこれぐらいもらって当然だろう」というような。もちろん、実際問題、そんなことが言えるのはごくわずかな物書きだけだ。たいがいは、とにかく仕事をこなしていく内に、強く出られるようになる、というものだろう。

 私も今までは世の中はそういうものだと思ってきた。しかし、今の世の中、私の職業のように、3年経ったらどれだけ仕事が出来ようが、新しい人と入れ替える、というようなことを平気でするような世の中だ。法を守る側の役所ですらそう。

 むしろ、私のように、「いつかは報われる」と信じている人間の心を「まじめに働く便利な労働力」として利用しながらも、困ったら「立場」を利用して切ることが出来る・・・・私はここで、その善悪を問うているのではない。別に、人間なんてそんなものだ。つい数十年前まで黒人は人間じゃなかったし。
 そういうことではなく、そういう「現実」を現実として受けとめ、それに悲観することなく、愚痴をこぼすだけでなく、「その中でも」たくましく生きていくための方法を、見つけたような気がしたのだ。

 対価の価値を知らない人間には、対価を教えるしかない。それはつまり、自分を安売りしないという事だ。安売りしてしまったら、叶う夢も叶わなくなる・・・・フェラーリは一生買えないようになる。私はフェラーリがほしいわけではないが、水素ロータリーのハイドロジェンRX-8がほしい(市販されてないけど、買えば一千万はするだろう)。

 「好き」を追いかける、それはつまり、自分の人生を自分でデザインして、かつ、それを実現させていくための大事な姿勢なのだろう。自分自身を大切にすること、自分の「価値」を自分で不当に落とし込めないこと。それが、今の時代を生き抜く我々に必要なことなのじゃないだろうか?
 閉店後のラジコンショップ前のフェラーリは、そのことを教えてくれてるかのようだった。

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2009.02.27 00:26

 やあひさしぶり。

 何してたって? なんか色々と忙しかったワケよね。

 そうそう、玉置浩二&石原真理子が結婚したとか。

 よく知らないんですけど、パッと見うまく行きそうにない感じですよねぇ。お互い、なんも変わってないんじゃないかなって思うから。っていうか、いい歳だけど大丈夫か?と。

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2009.02.22 22:00

 中日ドラゴンズに、遠藤政隆という投手がいた。

 個人的には好きな方の選手だったのだが、負け試合の時は神懸かり的に凄い球をほうるくせに、競った試合ではそれが全然使えないという、大成して欲しいけど結局大成しなかった中継ぎ投手だ。

 戦力外のあとヤクルトにいって、その後どうなったのか知らなかったのだが、本日放送の、スポスタにて、遠藤の特集が組まれていてビックリした。

 途中から観ただけなんだが、なんでも、今、遠藤は、あの、トヨタ自動車の高級ブランド、レクサスの中川店でディーラーとして働いているそうな。人のよさそうな顔してるから、案外向いているのかもしれない。

 番組を観ていて、なぜ、2軍でクローザーをするぐらい、2軍では力をもてあまし、あんなに(いいときだけ)凄い球を放る投手なのに、結局、中堅選手のまま終わったのか、なんとなく見えてきた。

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2009.02.21 00:11

 有線で流れていた曲を聴いて、「えっ!?」と思った。それも、一瞬どころか何度も。思わずじっくりと聞いてしまったよ、有線なのに。スーパーで。

 それで、これってあれじゃね? と思った。

 その曲は調べてみると、SKELT 8 BAMBINOの「僕はB型。~A型の君に恋してる」という曲らしい。⇒PVはこちら

 まぁ、なんというかタイトルの通り、「僕はB型で君はA型」という、血液型ブーム?にのっかったっぽいタイトルの歌だ(DSの血液型ソフトのCM曲らしい)。

 その歌詞を聴いてびっくししたよ、私は。そう、びっくしした。

 この歌、片想いの歌なんだけど、自分の片想いを「A型の君が振り向いてくれないのはぼくがB型だから?」とか歌っちゃってるの聞いて、ぶっちゃけ、こう思ったワケよ。

 これって、ストーカーじゃね? と

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2009.02.18 23:01

 さて、この企画も珍しく第7回目に突入。旅日記なんか「その1」で終わってるのに、この扱いの違いはどうだろう?  続いてるじゃないか!

 ・・・え、なに? もう飽きた?(汗)

 そんなこと言わずにお付き合いいただきたい。10回ぐらいで終わる予定なので(まだ続くの?)

 とまぁこのように、今までなら気前のいいこと言っちゃって、そのうち雲散霧消になってしまう・・・というか、今までなら開き直って、「雲散霧消は地産地消に響きが似てる」ということで、地産地消を、雲散霧消にかけたテーマにして書き進めるようなこともしてきたが、今回は違う(その方が読みたい気もするが)。

 やっぱり、何かを手に入れるためには何かをあきらめなきゃいけない。

 それは、くそ長い、恨み辛みを書いたような、なんだかまとまってもいない日記をえんえんと書くよりも、「今日は無理! これで終わり!」とする方が、自分が楽でいい。なにせ、ブログをたくさん書こうが金になるワケじゃないわけだし、いくらエクササイズとはいえ、それで故障したら意味がない。大事なのは、主戦場だ。

 そういうことを考えると、「朝2時間」を作るということは、主戦場をそこに持ってきて、ライフスタイルを再セットアップするのがもっとも効率がよいように思えてくる。なぜって? そうすれば、絶対に起きるようになるからだ。

 今までそれができなかったのは、あれもこれもと同時並行してやろうとしたから、結局どれも中途半端で、締め切りがないかぎりやらない・・・・なんてことばっかりだったわけだ。それはそれで楽しいけれども、肉体的にハードだし、なにより精神的なゆとりがまったくない。それでは、よけい、焦ってしまう「もっとやらなきゃ!」と。

 まぁ、私がそういう性格だからそう思うんだろうけど、性格が変わらないのだから、素直に自分の欠点を「受け入れて」、生活の方を、それに合わせて考え直す・・・・つまり、カスタマイズするってことだ。

 そんなわけで、私の生活で優先順位を付けるとするならば、

  1. 作品を創造する
  2. 作品のための勉強をする
  3. 日記を書く
  4. 力試し等

 ・・・・とまぁ、こんな風になるだろう(誰しもがやる食事などはもちろん除外)。

 とすれば、一番優先すべきものは決まってるわけだから、それを「朝2時間」にやれば、「絶対」それをやることになるわけだし、あとのことはおまけみたいなものだから、夕方から夜の間に、調整しながらやればいい・・・と思ったわけだ。こうすれば、「ああ、何も出来てない・・・」などと悩む時間も減るだろう、とも思ったし、なにより効率がよさそうな気がする。

 もちろん、不安というか落とし穴もあると思う。今まで、「長い夜」を使えばいくらでも考えにふけることが出来たわけだからね、それが、なくなってしまうわけだから。

 特に私なんかは、考えるのが好きなものだから、「考えない」ということを想像するだけで、自分がアホになるんじゃないかと不安にもなる。でも、そんなことを言っていても、現実に、日記について考える時間の方が多くなって、本来やらなきゃいけないことがまったく考えることができなくなっているわけだし、そこに固執してはいけないのだろう。

 たしかに、深く考えるのは必要だ。私が今あるのもそのおかげでもあるから。しかし、深く考えることで見えなくなることもあるはずだ。そしてそれは、今までの私が潜在的に抱えていた問題点を含んでいるのではないだろうか? つまり、理解しようと深く考えすぎて、逆にそれに囚われてしまうこともあるわけだ。

 それは、私という人間に、「こだわりすぎる」欠点があるという証拠なのだが、それがうまく行くときは「粘り強い」となるけれど、現実にはそれだけで押し通せるほど世の中は単純ではない・・・・とこの歳になってしみじみと思う。

 とはいっても、「早寝早起き」生活をすることで、深く考えることを放棄するわけではない。それが「必要なとき」にはするべきだ、と、『朝2時間早く起きれば人生が変わる!』にも書いてある。

  • 眠れないときには、眠くなるまで起きて仕事をするか、読書をしよう
  • 睡眠不足で死んだ者はいないことを思い出そう。

 つまり、この「早寝早起き」生活というのは、「夜を長くした」現代人がそれに慣れすぎて失ってしまった感覚、人間らしい自然な生活をしよう、というだけのものだ。

 そしてそれは、単に原始人に戻る、ということではなく、そうすることで得られるメリットを、もっと見つめ直そう、という意味なのだ。夜の付き合いも楽しい。しかし、それが毎日はどこかおかしい、ということだ。それだと、「それ」が人生になってしまうんじゃないかと。大事なものは他にあるだろうという、コペルニクス的発想の転換が求められるわけだ。

 だからこうも言えるわけだ。この、「朝2時間早起き」をするということに必要なのは、「睡眠時間を削る」という発想ではなく、「睡眠時間を管理」することで、ひいては「自分の人生をコントロール」するという発想だということだと。

 次回からは、実際に朝2時間早起きできるようになった対策をご紹介しよう。

(つづく) 

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2009.02.17 22:51

 前回は、早寝しなきゃ早起きは無理だから、「一日の使い方」を見直さなきゃいけないというところで終わった。

 早寝早起きってのは、一度や二度くらいなら誰だってできる。

 この企画も『朝2時間早く起きれば人生が変わる!』というタイトルの本から始まっているが、早寝早起きを一度や二度やったところで人生は変わらない。つまりそれは、ずっと続けなければ意味がないものだし、そのためには、「早寝が当たり前」の生活をしなきゃいけないわけですよね。

 つまり、夜を捨てろと。

 つまり、今までの生活の見直しをしろということですね。

 そこで私は、今までの自分がやってきた生活スタイルをあらためて振り返ってみる必要があると思った。というか、そういうことを漠然とながら思っていたから、どこかに問題があると思っていたから、この本に惹かれたともいえよう。

 私は、文章を書くことを「仕事(work)」とはしているが、生活の糧を手に入れる「職業(job)」が別にある。それはつまり、両方のバランスをとらなければいけないというわけだ。

 今までしてきたことは色々あったからそれをここで述べるのは長くなるから割愛するが、よかった点もあったが、色々問題点もあったわけだ。そして、問題点の方が多いように感じているので、今回のような「抜本的な改革」に踏み切ったわけだ。そこが政治家の主戦場と違うところだ。

 今までの生活をざっとまとめるとこんな感じである(→は問題点)

  • 朝7時15分頃起床、朝食を食べて家を出る
    →まだ時間があるから何かしようと思ってギリギリまで時間を使う
  • 8時開始だが、数分遅刻
    →毎回のことで当然と思いつつも申し訳ないとも思う
  • 15時頃終わって帰る
    →肉体労働なので実は疲れている
  • 書いたりサイト作ったり本読んだりする
    →この日にこれをやるとは決めてないからバタバタする
  • 目・肩・腰が悲鳴を上げる
    →作業に集中しすぎて、それ以降集中できなくなる
  • 睡魔と戦いながらなおも作業しようとする
    →まだ何か出来るんじゃないかという強迫観念に駆られる
  • でも出来ない自分を責める
    →長い夜を有効に使わないと人には勝てないと思い焦る
  • コタツかストーブの前で寝ては起きての繰り返し
    →光熱費の無駄。また、布団じゃないので体を痛める

などなど、こうやってあげると、「たどり着いた」と思っていたことも、ずいぶん穴だらけだったことがわかる。
 いい点は、「集中できたときに大量の時間がとれる」ということだが、でも、現実問題、そんな集中は年に10%もなく、また、体調がジャマしてできないこともある。つまり、あとの日は、非効率な暮らしをしているというわけだ

 自分の性格上「遅刻しても仕方ない」とか「集中しすぎてもしょうがない」とか、なかばあきらめていたことも結構あるからだろう。だから、今のやり方が、今まで自分がン十年生きてきた中で見出してきたやり方が、正しいように思っていたのだが、実は大きな間違いを犯していたことがわかる。

 そもそも、自分は夜型だからと、「夜中に頑張る」ことにこだわりすぎていたところもあるし、その割には結果が伴っていないことなどがそのいい例だ。アイディアは腐るほどあるが小説を集中して書く時間がなかったりしてるから、事実上アイディアは腐っていたりもする(笑)・・・・・笑い事ではない!

 私は、「人がやっていないときにやらなくてどうする」ということを常々思いながら文章を書いている。このブログも、そのトレーニングやエクササイズの一種だ。
 しかし、いつの間にか、あくまでも練習がメインになってるところがある。ブログを書き始めたら止まらない。時間は際限なくある(ように見える)から、夜遅く、夜遅くまで書こうとする。そうして、疲れ、他のことができなくなる。そして文章も完成しない・・・・そうとうな悪循環だ。つまり、キリがないのだ。

 練習だけ熱心にやって試合に活躍できない野球選手ほどクビになりやすい存在はない、みたいなもんだ。

 

 私は他人について学ぶことを好まない。できないことはないし、むしろ優等生になると思うのだが、優等生でありすぎて自分を殺してしまう傾向があるから、すべて自分でやり方を考えてきたわけだが、それがゆえに指摘されることなく来て、「質の高い物を!」とこだわりすぎるがゆえに、ただの練習&ストレス解消&メモのための日記が、逆に自分が本来使うべき時間を削っていることに、今までまったく気が付かなかったのだ。

 いや、気づいていたけれども、どうやってコントロールすればいいのか、皆目見当がつかなかったわけだ。そこで、今回、「早寝」しなきゃいけない状況になって初めて、物事に優先順位を(まるで仕事のように)つけなきゃいけなくなったわけだ。

 優先順位がなぜ必要かって?

 だって、「朝2時間」を作るためには、夜の時間を減らさなきゃいけないわけだし、そして、朝2時間は確実にできるのだから、一番優先することを、朝2時間に持ってこればいい、となるわけだ。そして、今まで「夜頑張ればいい」と思ってたものを、「早寝」のために、どこかでケリをつけなきゃいけなくなる。

 そこで、朝は確かに眠いけれど、少なくとも、肉体労働で疲れた体に鞭を打ちながらの眠さよりずっと、楽なんじゃないのか? と思って、私の新しい生活を考えることにしたわけだ。

(つづく)

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2009.02.15 22:02

 さぁ、最近ブログが短くてたいへん読みやすくなってきたと思いませんか? まぁ、読みやすいかどうかは別にして、短くなってるのは事実だ。なぜか? それは、朝2時間早く起きることにしたから!

 前回、「気合いだけでは2時間早く起きるのは無理」という結論に至った。まぁ、そんなんやらんでもわかってる気がしないでもないが、とりあえず、休みだということで、軽い気持ちで挑戦したわけだ。で、ちょっと不安の残る結果、と。

 しかし、今度からはそうはいかない。仕事が始まるからだ。

 2時間早く起きるなら、いつもより2時間前に目覚まし時計をセットする・・・・それは当たり前のことだ。しかし、ひとつの不安がよぎるわけだ。つまり、「その目覚ましを止めてまた寝てしまったらどうするのか?」という疑念だ。

 ・・・・・そんなん心配するのお前だけだよ!

 なんて言われてしまいそうだが、現実にはそういう人のために、最近の目覚まし時計はもとより携帯にも、「スヌーズ機能」ってのがついているわけだ。5分後にまた鳴り出すとか言う、あれよ。
 しかし、使ってみたことのある人はわかると思うが、あんなのは、電源切ったらおしまいなのである。

 だからいつも、私は「今の携帯(PHS)」「前の携帯」「アラーム機能付照明※」の3つの目覚ましを時間差で掛けて、なんとか起きている。いや、正確に言えば、エアコンも付けてるのだから、4段構えとも言えるだろう。織田信長もビックリだ。しかもそれで遅刻するのだから、かぶき者前田慶次もビックリと・・・・いかない? そうかぁ。

※いわゆる、天井の明かり(シーリングライト)に、リモコンについたタイマーで照明&アラームのON/OFFがコントロールできるモノ。若干値が張るが、便利である。(Amazonではこちら防犯用にリモコンだけでも存在する(アラームはない))

 しかし、この、ムリヤリ起こされてる感は、実に気持ちのいいものではない。なんてったって、この、「2時間早く起きる」ってやつは、「朝を輝ける一日の始まり」にしちゃおうという、たいへん大がかりなプロジェクトなので、こんな起き方もどうかと思うわけだ。しかし、早く起きたい・・・そのためにすべきことはそう、早起きだ!(ここまでが前ふり)

  この「2時間早起き」のきっかけとなった本、「朝2時間早く起きれば人生が変わる!」には、そのものズバリ、「早起きのためには早寝しかない!」と断言している。まさに経験談があるからだろう。その辺の、理想ばかり押しつけるインテリとは違うところで説得力がある。

 とはいえ、一口に早寝と言ってもそれには様々な障害がある。簡単に言えば、「夜のほうが長いじゃん」ということだからだ。寝る時間をどこまででも遅らせれば、それだけ自由時間も増えるから・・・という理由だ。

 しかし、この本の著者はそれを、早起きするメリットと、遅寝のデメリットをあげることによって、「実は夜の時間」にこだわることで失ってるモノがあることを指摘する。

  • 早く寝たからと言って、人に迷惑がかかるわけではない。むしろ環境に貢献する。
    →際限のない夜は光熱費もかかる
  • 悩みなどがあって夜眠れないという人もいるが、悩んでいることの半分は、そのとき考えても仕方のないことが多い。
    →じっくり考えることで解決することばかりじゃない

 人間、誰しも、大人になればなるほど、自分のやり方が自分に一番あった方法だと思うものだ。私も、夜型人間だし、夜のほうが集中して書けるし元気だからということで、夜遅くまで起きている。

 しかし、実際問題、それで「すべてがうまくいってる」とはとても言えないし、むしろ、「目が疲れた」とか「今日も思い通りのものが書けなかった」とか、不完全燃焼に終わることも少なくないし、そういうことを「しかたない」とか「どうしようもない」と片づける傾向がある。それは、やたらと残業して疲れとストレスばかりたまっていくのと似ている。そればかりか、疲れを理由にして歯磨きせずに床で寝たりして首を痛めてよけいパソコンに向かえない・・・なんてことも、一度や二度ではない。

 また、実際問題、朝の遅い仕事をしたこともあるけれど、夜の時間を作ったからといって、毎日毎日、常に集中していいものが書けているかというと・・・・イマイチ自信がない。むしろ、疲れ切ってしまって何も出来ない自分を責める・・・・なんてこともある。 なにしろ、徹夜していいものが書けるときなんてのは、〆切に追われたときぐらいで、普段は無理だ。むしろ、くだらない葛藤をしてしまったりと弊害の方が多い。

 私がこの本を買おうと思ったのは、そういう、私の中で漠然と「なんとかならんもんか」と思いながらもなんともならなかった問題を、この「2時間早く起きる」をすれば、解決するのではないか、と思えたからである。

 次回は、そんな「一日の使い方」の見直しから早寝をするということについて語っていこうと思う。・・・・いつまで続くかって? こうやって分けて書けば、続くだろ? こういう、気持ちの変化が起こりえるんですよ、2時間早起きってのは。 

(つづく)

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2009.02.14 22:31

 昨日、本で読んで始めようと思った2時間早起きをした結果を紹介しましたが、 ダメな日もあったけれど(笑)、意識と対策さえあれば、なんとかなるm、もんですよね。それを今回ご紹介しようかな、と思います。

 最初は休日だったこともあり、とりあえず、朝5時なんかに起きたくねー試しに「意識」だけで人はどこまで起きられるか挑戦してみました。あるじゃないですか、明日早起きしなきゃいけないときって、どんな遅くても早く起きれちゃうみたいな。そんな感じで、五時に起きられるのかと。

 まぁ、だいたい休日は8時ぐらいに目が醒めるので、それより早けりゃいいかな・・・って思ってた部分はあるんですけどね。

 

曜日

時間

備考

7日

土・休

7:00

 目覚ましなし

8日

日・休

7:15

 同上

 でも、その結果がどうなったかというと、「意識」だけで、いつもより早く起きられました。でも、5時はさすがに無理だった。なにせ、寝る時間がいつもより若干早いぐらいで、土曜に寝たのは十二時ちょっと前・・・・それではさすがに五時に起きられません。なぜなら、起きたくないから。

 大事なのはそこなんですよね。誰だって、2時間も早く起きるメリットなんかねーだろって思いますもんね。まして休日。

 しかし、そんなことをこの本の著者はよくわかっていて、色々と「そんなことないよ」という点をあげてくれるわけですよ

  • まだ何事にも振り回されていない頭はさえわたり、それゆえに集中しやすい
  • 「朝早く起きて、自分が仕事をリードしていけば、すべてが順調にいく。時間にゆとりがあるから、イライラしなくなる。イライラしないから、さらに心地よく物事が運ぶ。
  • 「ラッシュ時に電車に乗るのとは、疲労度が格段に違う。これだけでも一日のスタートがまったく異なるのはいうまでもない。
  • 「早くに行って待っているほうが気持ちがいい。相手をおもてなしできるという意味でも、先に到着したい。

 ・・・・などなど、時には目からウロコのこともあります。しかし、いろいろなメリットがあっても、実際に起きるためのエネルギーにはならない、というわけですよね。「2時間早く起きること」への意識は湧くけれど、行動には移せない・・・まさに世界平和みたいな感じですよ(←どんなたとえだ)。

 てなわけで痛感したのは、2時間早く起きるのためには、早く寝ることが大事ってことですよね。当たり前のことなんですけど、いつもの時間で寝て、2時間早く起きるなんて体がついていきませんからね。

 でも、早起きするために、無理をしてはなにもならない。それはみんなわかりますよね? だからこそ、著者は「2時間早く起きる」にしてるんだそうです。つまり、「1時間早く」だと、寝る時間を変える人はほとんどいないからです。でも、2時間早く起きるとなると、早く寝なきゃいけない。

 それはつまり、「朝5時に起きられない生活」そのものを見直さなきゃいけない、ということですよね。えっ、生活の見直し? ただの早起きなのに?

(つづく)

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2009.02.13 21:56

 (また今日もつづきね。)

 2時間早起きする

 私を知る人すべての人が知ってるほどの遅刻魔である私にとって、いささかこれは難しい注文だ。なにせ私は、眠るのが大好きだ。風呂上がりにふとんでスベスベするのも、寝起きにゴロゴロするのも、私にとって非常に大事な時間・・・しかし、そんな余韻よりも、朝の二時間! なんて資本主義的で合理主義的な考え方!

 ・・・・・なんて考える人はいないだろうけど、まぁ、とにかく、物書きはいいかげんだから面白いものが書けるのだ!という妙な幻想に引っ張られた私は、実は「これいいねぇ」って物を書いた人は朝起きて書いていたりすることを知っていたのに、実は「私にはできない」と決めつけてたわけですよね。まぁ、簡単に言うと・・・・・あきらめてるってことで。

 ・・・・あきらめる?

 この、「できないはやってから言え!」がモットーのこの私が、あきらめる?

 「石の上にも三十年」世の中粘ったもんが最後は勝つと思い込んでいる私が、あきらめる?

 あきらめてたまるか!

 ・・・ということで、すぐさまこの本は書店のレジに。

 レジに並ぶ間にも中身が気になるこの本を、チラリと見ていると、こんな言葉が。

「早起きが苦手だと思ったら、まず挑戦してみる、とにかく起きてみることだ。」

 それだよ!

 「2時間早く起きる? おまえが? 無理無理」

 みんなは絶対そう思っているのだから(汗)、その鼻をあかしてやろうじゃないかと。なにせ私は人の期待をいい意味で(たぶん)裏切るのが大好きだ。相手の想像の先、さらに上、そんなとこを表現してこそ、この私だ。ならばこの挑戦も、やってやろうじゃないかと。

 みんな「どうせ3日、いや、1日で終わるよ」って思ってるだろうから、ずっとやってやろうじゃないかと。やってみせようじゃないかと。 たしかに前も(たしか野球中継が延長したせいで)途中で挫折したけれども、今回は違うぞと。それは野球のシーズンだからとかじゃなくてだよ。気持ちの問題だよ。それはまた後述するけれども。

 とりあえずそれで、ここ1週間ほど「2時間早く起きる」チャレンジの結果をここで発表しよう。ちなみに、今までの起床時間は朝の7時ちょいすぎ(最近は7:10ぐらいだった。家を出るのは7:45)なので、2時間早く起きるということは、5時起きだ。日の出前だよ! さぶいよ!

 

曜日

起床時間

備考

7日

7:00

 目覚ましなし

8日

7:15

同上

9日

5:00

 目覚まし一つ

10日

6:30(笑)

 同上

11日

5:15

目覚まし+エアコン

12日

5:00

目覚ましx2+エアコン

13日

5:00

同上

 どうです? 微妙だけど、(対策を講じれば)効果が出てると思いません? 私なりに頑張ってると思いません? いまだ旅日記が進まない私にしては(以下略)

 まぁとりあえず、この格闘の歴史はまた次回!(まだ続くの?)

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2009.02.12 22:26

 さて、前回に引き続いて、書店で見つけた本「朝2時間早く起きれば人生が変わる」か、という命題だ。

 実は私、一度早起き生活にチャレンジしたことがあるんですよね。この仕事になってから朝型になるので、ついでにもうちょっと早く起きて・・・と考えてやってみたんですが、あれよあれよと起きるのが一時間遅れ、さらに30分遅れ、最近はもう、一分一秒を争う状態ですよ。まぁ、みなさんも似たような人いると思いますけどね。

 その原因は色々あったんですが、あげればキリがないのでそこはスルーして、この本に引かれた理由を挙げよう。

  • 「早起き」というのは本来起きる時間よりも、いくらか早い(だいたい1時間)というのが普通だが、この本では2時間も早く起きろと言う
  • それはなぜかというと、2時間早く起きるためには、絶対、早く寝なきゃいけなくなるからである
  • ちなみに私の場合、早く寝ちゃいかんのじゃないか、寝る間も惜しんで修行しなきゃと思ってるので寝ずに頑張ろうとして、でも疲れてるので、寝ては起きては寝てという悪循環をしている
  • そのため、本来やるべきことに時間を割けずにいるし、ネット動画を見続けたりと、くだらないことに時間を費やしてしまう
  • それは結局メリハリがないからともいえ、もういい歳なんだし、遅刻したばっかだし、無理なことは無理しないことにしたほうがいいと気づいたわけで
  • それよりも、朝2時間、毎日確実に作ったほうが、たまに集中できる日があって徹夜で作業しても、それが月に一、二度、しかも体調に左右されるよりは効果的じゃないかと思ったわけだ

・・・・とまぁ、だいたいこのような悩みに対しての答えが書かれていたわけだ、この本に。しかも、早起きして作ったその2時間は、夜、睡魔と格闘しながらよりも、作業効率があがるなんて書いてあるじゃないですか!

まだ何事にも振り回されていない頭はさえわたり、それゆえに集中しやすい(本文より)

 当たり前のことなのに、やけに新鮮。今までこんなこと考えたこともなかった。

 いったい誰だろう? 睡魔と闘うことがいいなんて言った奴は(←言ってない)・・・・・それはきっと、私の中で、マンガ家とか作家のイメージが、徹夜で頑張る姿があるからだろう。でも、大事なことを忘れている。あれは、ダメな作家の姿なのだと!! 作品が良くても、人としてダメだと! あと、あれは単に、仕事に追われているからああしてるだけなんだと!

(つづく)

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2009.02.10 22:45

 実は先日、寝坊して遅刻しまして、まぁ、いつものことなんですけど、しかしホントにこれは直らんなと。

 怒られないから(時間有給扱いになるし)反省してるようで、改めるほどのエネルギーが湧くほどは反省しない。「まぁいいよ」ってノリよね。そう、外国ではよくあること(←ここは日本だ)。

 そんでその日の帰りに本屋行って、そこで、デカデカとしたPOPの下に、その対象の本が置いてなかったりするのにイライラしながらも、ふっと隣のエンドの山積みを見たら、まさにタイムリーな本が目に飛びこんできたわけですよ。その本は


 「朝2時間早く起きれば人生が変わる!」

 って本です。

 まぁ、人生が変わらなくてもいいんですけど、朝2時間早く起きろと言う、大学のテストの日でも遅刻するような、どの仕事でも遅刻するような、人との待ち合わせには絶対遅刻するような、というか実は毎朝5分ぐらい遅刻してるような、根っからの遅刻魔である私には、かなり無茶な注文をするタイトルです。

 2時間早く?

 そりゃ無理だべさといつもは思うんだけど、さすがにあまりにもタイムリーすぎたので、パッと手にとって読んでみる・・・・こ、これは!?

 (続く・・・なぜって? 早起きするため!)

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2009.02.07 23:03

 私、お茶を飲むと、トイレ(小)が近くなるんですよね。冬だと特に。お茶なんか一杯飲んだだけなのに、すぐ行きたくなりますよね、なぜか。

 なんでやろねぇ、冷え症だから? 排尿に関係する足の土踏まずが冷えるから? 膀胱炎のトラウマがあるの? とかいろいろ思って、鍼師のおねーさん(ドS)に聞いてみたんですよ。どうしたらいいかと。もちろん、鍼で治してくれないんですけどね、腰痛でやってるから(汗)

 そんで、出た結論は「カフェインだね」

 ・・・カフェインか

 私、コーヒー飲まないから「カフェイン」が私の体を蝕んでいるなんて思わなかったけど、そっかぁ、お茶とかでもあるもんねぇ。

 で、「どんなお茶ならいいの?」と聞いてみたところ、「麦茶ッス。麦茶が一番ッス」と言われた。麦茶かよ・・・・そりゃ好きだけどさ。ホット麦茶って意外といけるしね、自販機で売ってないけど。

 じゃあなに? このもらった緑茶とかどうしたらいい?

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2009.02.03 22:52

 人は人生において、何かを取捨選択しながら生きていかねばならない。何かを変えようと思ったらそれは避けられないことだ。

 そして今私は、大きな決断をしようとしている。それは・・・

 日記は毎日書かなくてもいいだろ、的な(←おい)

 いやね、日記を書こうとすればするほど時間をとられちゃうんですよね。いつも言ってる気がするけど。

 元々、日記を書くことが目的で始めてるわけじゃないから、その目的が他でも解消できれば無理しなくてもいいんじゃないかとか思ったりもする。実際、今まで一日も抜けてないとか言うわけでもないし。

 ってなことを言うと、そのうち一ヶ月に三日だけ更新とかありそうで怖い。

 でもまぁ、どうなんだろうねぇ?

 本当に必要なことなら、やるんじゃなかろうか?

 単なる練習だけが目的なら確かに毎日続かないけれども、書くことで得られるものがあるからこそ、今までやってこられた部分もあるだろうしね。

 だから、その得るものが毎日はさすがにないから、日記らしく毎日更新できないのかもなぁ・・・・・つーか、それを毎日書くのが目的では?? ムリヤリにでも。

 歳をとったということでしょうか? 単にぐーたらなだけか?

 とりあえず、数日分更新してないけど気にしない。前回の続きはまた明日書くから。

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