死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.02.28 23:59

 今まで、仕事を選ぶ際に重視してきたのは、自分の時間が取れること。

 それはつまり、仕事に対する時間に制限がある仕事であると同時に、精神的負担の少ない仕事、という観点で選んできた。そこには、「楽しそう」とか「魅力的」とか「給料がよい」というようなポジティブな要素は何もなく、どれだけ合理的かどうか、負担が少ないかどうかが重視されてきたわけだ。
 今までの自分にとって大事なのは、お金を稼ぐこととかではなかったから。

 なぜそんなことを思うようになったかというのは、大学時代、勉強し足りんかったなぁという後悔がそれを支えていたのも大きいだろう。自分の思い描いていた、大学を通過した時の自分と、実際の自分との間のギャップを感じたというかね。

 そこで、日銭を稼ぎながら、最初は、大学の延長線上で研究生活に入る。大学院というのもいまいちピンと来なかったので、独学生として。そんな生活を続けている内に、「修行」的な要素も持つように至ったわけだ。未熟な自分を磨くための。

 

 なんのこったかわからんかもしれないけれど、まぁ、要約すると、ガマンが当たり前の生活に入った、ということだ。何かを得るためには何かを犠牲にしなきゃいけないから当然だから・・・・というわけで。

 しかし、こんな生活をしていると、悪い面もいろいろと出てくる。

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2010.02.27 23:59

 さて、転職するべーさということであれこれ転職サイトを見て、こんなんがいいんじゃないかなー、これいいかなー、って考えたあげくエントリーしてもなしのつぶてだったり、私がメールサーバの契約を怠ったばかりにまったく連絡が来なかったり、「申し訳ないですが不採用」という、ありきたりのパターンに終始したりして来たわけですが、自分の中でイマイチ、「これだあああ!」というものがないので、「残念でした」と言われてホッとしてたりするのもあるのが実情。

 採用する側にとっては失礼な話だが、そんな気持ちが伝わっていたのだろうと思う。自分ではその時々で精一杯の気持ちでやろうとはしても、やっぱりどこかで、命を燃やすほどの情熱が注ぎ込まれていないことを、潜在的に気づいている。それが結果として、不採用につながるのだろう。

 

 だいたい、私はいったい、何に情熱を燃やしているのか?

 それが自分自身でもよく見えない。それを、「SimCityを教材に使えるんじゃないか!」と研究していたときからの長年の友人はよくわかっていて「今の君には、ビジョンも見えなければエスプリも見えない」と、二人にとってのリスペクトパーソン、アーセン・ベンゲルの著書になぞらえて表現してくれた。

 なるほど、「エスプリ」と「ビジョン」ね。たしかに。

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2010.02.25 23:26

 また寝坊&遅刻してしまった・・・・・こりゃあれだね、病気だね、いわゆるひとつの。無類の女好きが直らないのと同じように・・・ってダメ?

 

 根本的にあかんよね。

 とは言われるけど、同じこと繰り返すのが人というもので、ハッキリ言って、同じこと繰り返していてもなんとかなってしまうというのも世の中というものだ。

 たとえば、独裁国家はいつか崩壊するのに今日もまたどこかで独裁国家が国民を虐げているように、「わかっちゃいるけどやめられない」のはすべて、「結果」が人の行動を決めているという証拠だろう。「ちゃんと国民を支配できる」から、独裁国家が存続し続けるように。

 そう考えると、遅刻しても仕事を凄くするからと許されてきたからこそ、それを性懲りもなく続ける私がいてだね。

 しかも、ニンジンである、「3か月早起きして遅刻しなかったらipodをご褒美に買おう」なんてことも、一ヶ月ぐらいで雲散霧消してしまってさぁ・・・。

 採用担当者がこのブログを見たらソッコー落すだろうな。私なら落すもん。

 そういう意味で、自己表現ってのはリスキーなことなのかもしれないね、やっぱり。そういうことがあるからこそ、職場の人に内緒にしたりするんだしね、みんな。そうだな、遅刻してこんなこと思ってるなんて、職場の人にはとても言えないな・・・・・・・。そんなことを言ってたら、表現者への道はまだまだ長い道のりだってことだけどね。

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2010.02.22 23:17

 今日は久々に、一応地元であるO須商店街をあるってましたよ。

 それにしてもあれですね、やっぱり、歩きまくると、足が冷えるってことがないですね。帰ってきてお風呂入っても、ヒエッ(シャレじゃありません)ってことがありません。仕事で細かく歩くのと、歩きつづけるのってやっぱ噂通り全然ちがうんだなと実感。

 次に働く仕事は、仕事内で歩くことよりも、職場まで長いこと歩けるような場所にしよう、うん。ウォーキングも連続して歩かないと効果がないというしね。そして肝心の職場では、デスクワークだ。やったことないし。

 というかそもそも、机にかじりついているのは好きなんだよね。それなのに、プライベートタイムで机にかじりつく(ハズだ)からと、生活費を稼ぐ仕事は机とは全然違う仕事・・・・という選び方がそもそも、間違いだったのかもしれない。

 なぜなら私は、どんな研修でも面白く思ってメモをとり続けるような人間なので、デスクワークの方が根本的に向いているんだと思う。むしろ、身体を動かすことは、本来は好きじゃない。好きじゃないけどそうしないと動かさないだろうからしているだけだ。いわゆる「健康のため」。ちっとも楽しくなんかない。

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2010.02.21 23:50

 私はどうも、必要とされたい願望があるらしく、自分の作品を造って誰かに見てもらったり、仕事したりして評価されたり、誰かの役に立って感謝されたり、存在を認めてもらうことがないと、動かなくなるらしい。

 なので、昨日はズガーン!と放言したクセに、完全な休みとなった今日は一転、ズドーンと鬱に入り込んだりする。そういう意味で行くと、休みなんかない方が楽に生きられるのかもしれない。
 休んでること自体に罪悪感をおぼえるぐらいだから、テレビを観てるだけでも、目が疲れて休んでるだけでも、「生きててすみません」という気分になる。なんと生産的じゃない性格なのだろうと思ったりもするのだが。

 まぁ、わかりやすく言ってしまうと、「古い」日本人なのだろう。仕事がないとボケてしまうような。人生の楽しみ方を知らないというか。

 とはいえ現代では、そういった定年諸氏のために、高齢者向けの派遣会社なるものがあって、年金の最高額がもらえる範囲で仕事したりしてる人もいるくらいなので、そういう生き方があかんというわけでも異常というわけでもないんですが、私はホント、若いクセに人生の楽しみ方を知らないのかなぁとも思う。

 そういう人は、仕事を趣味にするのが一番なんだけども、その、趣味になるような仕事がなかなか見いだせない現状。楽しい?愉しい?たのしい?

 楽しい仕事と考える時点で罪悪感にさえとらわれてしまうので、そうやって考えることほど非生産的なことはないんだけども、仕事で大して苦労はしない分、人生で苦労している次第ではあります。

 んまぁ、別に無理して楽しさを探さなくてもいい、というのが結論としてあるんですけど、つい、そういう、「常識」の方に引っ張られてしまう・・・・って性格が災いしてるんでしょうね。
 たとえば宮本武蔵のように道を極める人に、楽しみを持てって言っても無意味なのと同様だと、軽く考えればいいだけの話、だよね。

 

 とりあえず、私はこうやって文章を書かないと精神安定がはかれないらしいので、これは私にとって必要なことなんだと思う。

 いまいち自分の中にそのwhyが見いだせないが、何かしらやっぱり、そうしたがる何かがくすぶっているんだろうね。自分もそれがなにかわかっているようで、本当の意味では忘れてしまってるというかね。かなり奥の部分に、その根っこがあるんだろうな。

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2010.02.20 19:53

 今日、職場の人とランチをしました。

 その時に、私が今期で辞めるという話になり、よく言われる「もっといてほしい」という声のあとに「・・・でも、ここで働くのはもったいない人だよね」と言っていただきました。

 まぁ、そう思ってもらえるように働いてるのはもちろんだし、そう思ってることもわかってはいるんですけど、実際にそうやって言ってもらえるというのは、いわゆるひとつの感無量ですね。

 

 私は辞めるとき、感謝されて辞めるようにしています。つまり、それだけ働いて貢献してきた上に、さらに何かしら今後の役に立つ物を残して辞めます。基本です。

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2010.02.17 23:38

 合気道で子供たちの足の裏を見てたんですよ、ストレッチしてるときにね。

 なんというかまぁ、惚れ惚れとするような、見事なアーチがあるんですよね。足のトリプルアーチが。

 これが合気道の効果なのか、それとも裸足で動きまわるせいなのか、普段から遊ぶのに必死で身体を動かしているからか、はたまたヘンなクセがついていないからかはわかりませんが、子供ってのはナチュラルなものを見せてくれる存在だな、とつくづく思います。

 それでまぁ、そんな純粋培養された子供を見れば見るほど、大人たちが自らの後悔をさせたくないがために、子供にあーしなさいこーしなさいというようになってしまうんでしょうけどね、「勉強しなさい!」って。

 親が勉強している姿を見せれば子供も真似するもんですが、なかなかそうする親が少ないのはなんででしょうね? 忙しいって? それを言ったら、子供だって忙しいですよ、遊ぶのに
 子供にとって遊ぶことって、人間関係を築くためにも必要ですからね。

 まして、親が勉強が苦手だったのなら、自分がされてイヤな方法をやったら百パーセント駄目って先例があるわけですからね。そこをどういう風に改善していこうかって考えるのがそもそもの「勉強」なんですが、そういう習慣もないと、なかなかできないのかもしれませんね。ゆとりって大切です。

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2010.02.16 23:55

 朝、朝ご飯を食べる。

 毎日同じメニューでも平気なんですが、今朝、ふと思ったんですよね。私、牛乳がなきゃ生きていけない、NO MILK, NO LIFEな人なんで牛乳があるんですけど、基本、パン食なんですよね。楽だし、早いし。実家ではいわゆる日本の朝ご飯でしたけど。

 でもどうよ? 目の前に並ぶ食べ物たちを見ていて、重大なことに気がついたんですよ。食前に養命酒を飲むのはいいんですけど、牛乳(時にはシリアル漬け)、パン、野菜ジュース、、バナナ、トマト、レタス、スクランブルエッグとベーコン・・・・と、卵とかはいいけど、ほとんどが、「体を冷やす」食材じゃないですか!

 あれほど冷え症がどうたらとか言っておいて、これはないじゃないかと。これじゃ、体質変わらんだろう、養命酒飲んだところで。だって、毎日同じメニューですからね。

 そんなわけで重大なことに気がついたわけですが、だからといっていきなりご飯食にすることもできずに結局、牛乳に生姜を入れたホットミルクにするというささいな抵抗をするに留まった。だがきっと、今までよりは、進歩だ。うん、きっと。

 

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2010.02.15 23:27

 このブログも元々あったテンプレートデザインをいじったせいか、Firefoxで見ようと思うとレイアウトがずれてしまうなぁと気づいてから幾星霜。

 ブログタイトルも変えたことだし、昨日言ったように「ビジョン・ライター」で行こうと決めたところだし、デザインそのものをズバッと変えようかと思ったけれどもこのデザインが気に入っているので、そのテンプレートを再び改造することにしたわけ。

 元々あったテンプレートもプラグイン(右メニューのパーツみたいな物)対応に変わったことだし、ちょうどいいかな、と。変わったから、また一から改造しないと同じデザインにならないんでスタイルシート(ブログの細かいデザイン仕様を決める物)とかをいじったりするわけだけど、やってていつも思うのは、「私は無駄が多いなぁ」ってこと。

 HTMLならまだしも、スタイルシート(CSS)はちゃんと勉強してないし、必要に応じてネットで調べて、BASICのプログラミング知識だけでCGIやPHP(プログラム)、CSSをいじってきたんで、基本がそもそもなってない。いや、HTMLですら基本から学んでないんだけど。

 基本がなってないから、試行錯誤の連続である。幸いなのかどうかはわからないが、今のネットプログラムはそういう人に配慮してかプレビュー機能がかなり優秀になってきたので便利は便利なのだが、そのぶん、基礎から学ばなくてもできてしまう・・・ってことができてしまう。

 だから、目的を達成するときだけ知識を引っ張ってきて利用する・・・・それが現代病とも言えるのかもしれないが、私なんかはかなりこのタイプだ。

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2010.02.14 23:39

 今まで自分のことをvisionaryだとか言ってきたけれども、なんというかイマイチ、自分自身にも定着しない。

 言葉ってのは難しく、たとえばこの「visionary」ってのも、いつの時代も新しモノ好きな人がいるもんだから、本来の意味を若干離れて、ビジネス的な意味で捉えることが多くなっている気もするんですよね。

 まぁそれも必然なのかもしれませんが、その言葉が、「狭義」なものになってしまうのが個人的には好きではないですね。

 確かに斬新なものに名前をつけたいとか、そうでしか表現できないからそれを使うという選択肢はアリだし正しいんですが、そうすることで、本来の意味っていうのが見えなくなりがちな気もします。まぁ、それはどんな言葉でもそうと言えばそうなんですけど。

 

 そんな「ビジョナリー」という言葉が先に行っちゃってるもんだから、後発の私が語源がどーたらとかギャーギャー言ったところで何も変わらないし、大人しくその言葉を捨てればいいのですが、それに変わる言葉がなかなか見いだせなくて。

 色々考えたんですけどねぇ、しっくり来ない。
 言葉って言ったもんがちなところがありますが、だからといってテキトーなものじゃ、そのテキトー感がにじみ出てしまうモノ。

 でもどうよ、仕事探し中に、「少なくとも私より文才があるんだから勉強がてらライターになったら?」と友人に言われた言葉を思い出して、これだなと思ったわけ。思いっきり和製英語的だけれど、visionaryに私のイメージするのと違う意味がついちゃったもんで、あえて「ヴィジョン・ライター」ということで。

 ・・・・で、それでなにするの? それはその言葉のイメージ通りってことで。・・・・ライターじゃダメかなぁ、デザイン、ドロー、プラン・・・は違うし・・・・。まぁ、とりあえず、ビジョンライターで。

 

 しかし、こういう試行錯誤で記事を書くってどうなんでしょうねぇ? 個人的には記録が残って便利なんですけど、他の人が見たらねぇ。これが文学的に美しくまとめてあったら『人間失格』みたいになるかもしれませんが(なりませんよ)、そんな気もないですしね。

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2010.02.13 23:28

 風邪の影響で副鼻腔炎・・・・なんてことをかれこれ何年も続けておりますけども、さすがにね、学習しないとね。

 何が「原因」かというのはキッチリハッキリポッキリ(←?)わかるわけではありませんが、これがあかんからなってるなという「遠因」についてはわかっています。それは、『冷え症』。養命酒のCMでお馴染みのアレですよ。

 私は男なのに冷え症なんだというと女性に「ええ?」とか言われてしまうんですけど、東急ハンズに言っても冷え症対策グッズはすべて女性向けなんですけど、男だって冷え症になりますよ、そりゃ。まして今の男は中性化していますから、なくはないでしょうよ。私なんて女性ホルモンが多いせいか、指とか女性よりきれいで刺されそうになったことがあるぐらいですからね。

 さて、そんな「冷え症」な私。今なんか、CDアルバム1枚分半身浴していても、汗もかかないし、体の他の部分とくらべて足だけ体温が低かったりするほど、手足の先が冷たい。

 手足が冷たいのと副鼻腔炎の一体どんな関係があるのかというと、ちょうど足の指の一番先端に(マニアックな)副鼻腔のツボがあるということでわかっていただけるかもしれないが、とにかく、冷えの症状が出てるときはまず間違いなく副鼻腔炎になりやすい状態になっていると言える。

 また、そういう時は後頭部から首にかけて「つまった」ような感じになっているし、顔面から目、頭頂部を通るあたりにハリがある。
 そんなわけで、そういうものをほぐしていくことで症状が幾分か改善する・・・というのが、ここ数年でわかったこと。

 耳鼻咽喉科に行っても違う薬を色々試すだけで根本的な解決にならないし、むしろ鼻水を止める薬のせいで副鼻腔炎になりやすくなることもあるので、最近は整体に行って首のコリをとってもらったり、風呂に行ったり、足指のマッサージをしたり、足指を使ったちゃんとした歩き方をしたりして、なんとかひどくなるのを防いでいる。

 完治はまだしていないが、本当にひどい症状というのはここのところなっていないので、効果があるのだろうと思う。

 んだが、今回のはなかなか頑固だ。風邪自体は大したことないのだが、どろっとした鼻水が中でへばりついたような感覚がなかなかとれない。まぁ、焦らずに少しずつやるしかないのだが・・・・。
 あと、漢方ね。行こう行こうといいながらケチ臭い性格が出てなかなか行かないままですが。

 

 そんなこんなで風呂に行ったある日のこと。入ったロッカールームで人だかりができてるのでなんだろと思ったら、男の人がタンカに乗せられてAEDを使い心肺蘇生法(つまり心臓マッサージと人工呼吸を)を受けていた。

 ええ? と思ってよく見ると、男の人は青白いを通りこして、文字通り血の気がまったくなく、生気をまったく感じられない状態であった。完全な仮死状態。すぐ救急隊が来てあれこれして運ばれていったがどうなったのだろう? 新聞に載っていないので無事だったと思うしかないのだが・・・・。

 他のお客さんが話している情報から行くと、ずーっとサウナに入っていたからおかしいなぁと思っていたらしい。血のめぐりがよくなるはずのサウナで、血のめぐりが停まってしまうとはなんとも皮肉ですが、それだけ人の体の中のバランスというのはシンプルなように見えて奥が深いんでしょう。ま、医者でもわからんぐらいですから。

 しかし、赤色がまったくない仮死状態の人を見て、人間ってやっぱ血がちゃんとめぐって、生きてるんだなって実感したわ。そりゃ、血のめぐりが悪くなる「冷え症」は、病気の元だよね。

 

 あと、周りのまったく動じてないおっちゃんらを見ていると、男の人のほうが冷え症が少ない理由が何となくわかった気がする。
 男の人は、冷え症の原因になりやすい生活習慣をしてても、神経が図太く、体が頑丈であるし、血の気も多いので、血流が停滞することは少ないからだなと。 そのぶん、高血圧にはなりやすいんだろうけど。

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2010.02.10 22:46

 今朝ふと思った。

 昨日言ってた「B-1」

って「バカ日本一」のつもりでやってたんだろうけど、B級グルメ日本一もB-1じゃなかったっけ? 大丈夫かな?日テレ。

 

 まぁ、それはいいとして(いいのか)、今、童門冬二「宮本武蔵の『五輪書』」読んでますよ、宮本武蔵の。おもしろいですね、「勝ち残ること」に徹底した合理主義者としての宮本武蔵を追いかけるミステリーのような感じです。

 最近、仕事見つけなきゃあかん割には読書のペースがかなり速いのはなぜでしょうね? こんなことしてる場合じゃないのに、こんなことしてる時ほど、必死になって本を読むのかもしれません。ところで、「ほん」で変換すると「洪」が出ますけど、これって日本語読み?? チェ・ホンマンの「洪」だよね?

 まぁ、それはいいとして(またいいのか)、仕事、どうしましょうね? まったく音沙汰為しだったのはメールが使えなくなっていたからだと昨日申し上げましたが、なんて言うんでしょう? 風邪をひいたこともありますが、よくよく考えたらまともに掃除しない日々が続いたり、レンタルサーバ&ドメイン運営会社から来るメールを数ヶ月見ていなかったりと、己の自己管理能力の低さに辟易としている次第であるわけですよ。

 こんなんで大丈夫かよと。

 んまぁ、そんなのは今に始まったことではないこととはいえ、そんなんだから、お金がないままの生活してるんだろうなぁと思ったり。

 そんな自己管理能力の低い自分を見るにつけムチを入れようとするけれども、そうすると走れなくなるわけで。

 むしろ、そういったところを「しゃーない」として、できない自己管理に頑張るよりも、ちゃんと管理してくれるところに身を置くっていうのが、一番賢い選択かもしれないなぁ、とか思ったり。宮本武蔵流に合理的に考えてね。

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2010.02.09 21:48

 う~ん、風邪ひきましたよ。

 花粉症だとばかり思っていましたが、どうも寒気がするし、関節が痛むし、頭がクラッとするし・・・と思って熱を測ってみたら37度でした。そうよね、花粉にはちょっと早いか? でも、花粉症っぽい鼻水も同時に出るんだよねぇ、風邪の鼻水と一緒に。ああ、やっかい。

 さんま御殿で、BAKA(つまりバカ)芸能人一番(B-1)を決める企画をやってましたね。そんな真剣な企画ではないですけど、でも、凄かったですねぇ。

 女優の坂口良子の娘さん、坂口杏里が見事、「1リットルの中に100リットルが100個入ってる※」とか「得意な勉強はカンニング」というバカッぷりでB-1に輝いていました。
※周囲はまったくもって理解不能だったんですが、対抗馬の重盛さと美が、100/100=1だから、そう思ってると鋭い指摘。

 坂口杏里さん、これがほしくてほしくてたまらなかったそうで、泣き崩れてましたよ、嬉しさのあまり。

 ・・・・・まさにBAKAだ!

 と思いましたね。そこは喜ぶところじゃないだろうというツッコミなんてなんのその。きっと、バカなあまり、一番になる経験なんてなかなかなかったのだろうから、たとえ「バカで一番」であってもそれが嬉しいのかもしれない。

 う~ん、人って難しい!

 人間を語ろうとするとき、分析するとき、人ってついつい総体で語ってしまいがちですが、実際はそれが必ずしも正しいワケじゃないんですよね。ただ、それが「効率が良い」から採用されているだけで。まぁそうすると、イレギュラーな事象を「誤差」とか「特殊な事例」に収めたがるようになるんですが。

 でも現実は、人間はそれぞれがそれぞれ別々の一個体であり、しかも、常識やら科学でわかってることだけで人間は表現できない存在だ。にもかかわらず、それを表現しようとしたがるわけです。

 今日読了した『父から「外人部隊」の息子へ』も、そんな感じでしたかね。平和な日本に生まれて、なぜ「外人部隊」に行ってしまったのか? その理由を探っても、「いかにも」なものや、ものすごい仰々しい理由なんて見つからない。そんなノンフィクション。フィクションだったら絶対つまらないってされるだろうけど、決った形や答えが出ないところが、ノンフィクションらしくて考えさせられたね、B-1とともに。

 人間の選択なんて、その時の想いや流れで決ることもあるんだよね。その人の行動を支配しているのは、その人の心であって、まわりが考えてるものでは決してないんだもの。ただ、それをデータを利用して解釈することができるってだけで、完全には、わからないもんなんだよね、人って。

 

 さて、気がついたらメールが使えない。父親からメールが使えんぞとケータイに。もしやと思ってメールフォルダを見てみたら、「ドメイン(○○.jp)の契約が終了したから打ち切るぞ」というメールが数件。しかも先月。

 うわぁあ、またやっちゃった。去年もあったな、たしか。

 しかも今月は職探しでメール使ってるのに、ちっとも返事ないなぁと思ったら、そういう理由だったんか。メールが使えなきゃ、返事ないわ。よく見たら、2月以降、このドメインあてのメルマガも来ていない。

 2月も1/3が経過したというのに今まで気づかなかったのは、Yahooメールも同じメールソフトの受信フォルダに入るようになってるから、Yahoo以外のメールが停まってることに気づかなかった・・・というわけだ。

 B-1は俺かもしれんなぁ・・・・・。

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2010.02.06 23:59

 お風呂、行ってきましたよ。土曜日の真っ昼間に。

 しかしあれですね、狙って行っただけあって、やはりご飯時というのは狙い目ですね。洗い場があいてないとか、岩盤浴のスペースがないということはなかったですね。さすがに1時半もすぎれば混んできましたが。

 え~っと、他に?

 ・・・・・・・・・・・・・・・寒かったですね、今日は!

 ということで、夕方に行く予定だったお風呂を昼間にしたんですよ。

 順番逆ですか? そうですよねぇ。

 やっぱダメですよねぇ、テレビ見ながら書くって。

 私あれなんですよねぇ、「ながら」ができないんですよね。音楽とか聴きながらとか、全然ダメなんですよね、歌っちゃったりして。そっちに集中してしまう。

 だから、ケータイ(というかPHSですが)にもWindows Media Playerが入っているので聞こうと思えば聞けるんですが、電車の中とかではまったく聞いていないんですよ。そうしてしまうと、本読めないし、思索にふけることもできないわけで。

 ・・・・・ってことはあれだね、私にとって音楽ってのはそんなに重要じゃないってことだね。

 NO MUSIC, NO LIFEって人もいるけど、そうじゃない人もいるんだよねぇ。こりゃ、映画監督にはなれないなぁ、確かに。なる気はないけど、なる気がないワケがよくわかったよ的な。きっとマンガばっか読んでたからだな。

 それとも、サイレント映画の監督になっちゃう?(←なんのため??)

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2010.02.05 23:17

 ボーリング大会でしたよ。100人以上が参加するという職場関係の。

 私、身長も高いしシルエットがいいので凄く運動ができそうに見られるんですが、これがまったくもうどうしてこうなったのか聞きたいぐらい運動ができないんですよ。知ってます?知ってますよね。よく言ってますもんね。

 だいたい、運動が凄くできる人間が、こんなに文章書くか?・・・ということもありますしね。

 そんなわけで悲惨な結果でしたよ。二ゲームで計207点・・・・

 最初スペアで始まって調子よかったんですが、あれよあれよという間に失速してしまい、グループ内でのブービーでした。

 まぁ、それでも他の人の活躍によって、我々グループは全体の2位になったんですけども、私の成績がもっとよければ1位になれたのかなぁとも思ったりなんかり。

 

 さて、そんなボーリング中、となりのレーンから声をかけられたんですよね。「○○にいましたよね?」と。

 ビックリしましたよ~、その、「○○」ってのは、世間一般の人は某テレビ局しか思い浮かばないものですが、その「○○」という通称を持つ会社の人間や関係者には「○○」はテレビ局のことではなく、その会社を示すことば以外の何ものでもないんですよね。

 それを、まったく別の職場で話し掛けられたわけですよ。しかも、若い女性に!(←重要)

 最初は「?」と思ったけれども、「おぼえてます?」と言うその顔をみて「ああああ!」と思い出したわけですよ。決して若い女性だからではないですよ(汗)。
 その「○○」というキーワードがあったからこそ、甦ってきた記憶なんです。女性の少ない業界ですからね、両手に収まるほどの女性しかいなかったから、覚えていたんですよ!名前は忘れてましたけど!(←それを覚えているというのか)

 向こうは、他の人とくらべて頭一つ飛び出て目立つ私を見て、「あれぇ?」と思ったらしく、ボーリングのスコア表が表示されている画面に出ている私の名前を見て「やっぱり!」と思って話し掛けてくれたらしいんです。私は名前すら覚えていなかったのに。

 私は去年の中学の同窓会で、同じ部活にいた人の名前どころかいたことすら覚えていなかったりしたぐらいなので、そんな芸当は基本的に真似できないのですが、なんでしょうね? 特に何をした記憶もないですが、覚えてもらっていたのは嬉しいですね。年下の子にね。

 以前もスポーツセンターで似たようなこと有りましたけど、よくおぼえてるよね!と思います。しかもそれが、年上の人ではなく、年下の人っていうのが嬉しいですよね。イヤな先輩ではなかったってことですもんね。

 年下とか同い年とかは、義理とか共有した時間とかで覚えていてもおかしくないですけど、年下の人ってのは、見てもらってないと覚えてないんじゃないのかな・・・・・って思ったんですが、よくよく考えてみると、自分だって、後輩より先輩とかのほうが覚えているもんだなと思ったりなんかり。

 ってことはまぁ、別段特別でもないか?とも思ったりもしたけど、まぁ、ちゃんと先輩してたってことだよね、きっと。

 

 でまぁその子も、一緒に働いたのはその子が大学一年の時の一年間だけだったんですが、あれからもう5年以上経つもんだから、一人前の社会人?になって、結婚もしてるんだそうな。この業界ホント、結婚するの早いねぇ。まぁ、してない方がヘンって子どもも思うしね。

 んで、帰りのバスでふと、名前を覚えてもらうほど一緒に仕事してたかねぇ?と、その子とを話してたか考えてると、原付で30分以上かかる家からバイトに通ってるとか、児童心理学を専攻しているとかって話してたことを思い出した。
 ああ、そういえば松坂に出張に行ったときに、上司に駅に迎えに行かされたこともあったな。「会ったことあるはずだからわかるよ」という言葉を聞いたから迎えに行ったけれども、初対面じゃん!って思ったこととか。

 思い出せば色々とあるもんです。それと同時に、すっかり忘れていた当時の人々のことをバーッと思い出しましたよ。2か月で振られたことですっかり落ち込んでいた奴に「俺は一週間だよ」「俺なんか3日だよ」なんてなぐさめなのか自慢なのか自虐なのかわからないような会話をしたり、なーんかすっかり忘れていた記憶が甦ってきた。

 自分の中ではそんな覚えてもらうほど一緒に仕事をした記憶がなかったつもりだったけれども、結構あったらしいわ。そりゃ、覚えてるかもね、若ければ若いほど。俺が忘れてただけで。いや、きっと、デカいから思い出しやすかったってのが正解かもね。特徴があるって得だよね。

 

 にしても、その当時、『It(それ)と呼ばれた子』を読んだその子が「こんなことってあるんですね・・・」なんてブルーになりながら言ってたので、それに対して私が「だから(児童心理学の)勉強してんじゃねーの?」と一蹴して凹ましていた子が、あの時将来保母さんになろうかどうしようかまだ決められないなんて言ってた子が、人にものを教える仕事に就いて、世の中の役に立ってるって思うと、なんか妙な感動を覚えてしまった。

 なんなんだろね? ずっと知ってる後輩とかも同じ仕事してたりするんだけども、そういう人と違って見えるんだよね。たぶん、成長の過程をまったく見てないからだと思うんだけど、「あの時あんなだった子が立派になって・・・・」ってな感覚でしょうか? たしか6ぐらい離れていますしね。

 そう思うと、教え子から年賀状を受け取る教師ってのもそういう気持ちなんかもなぁ・・・・って思ってみた。

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2010.02.01 22:31

 ブログタイトルを、変えました。

 昨日「いつか変える」と言っておいて即日で恐縮ですが、天使が降りてきたので・・・・・そんなに煮詰めたんか?と問われそうですが。

 んで、新タイトルが『楽しむぞ2010』という、小学生でも考えつきそうなタイトルではあるので、昨日までの『文は人なり "The style is the man."―文は書くものじゃない、書こうとしたものが文になるのだ』なんてインテリチック※なタイトルとえらいギャップがあるんですが、新しいものの方が考えに考えたんですよ? これでも。
※・・・ブログ内では1回も説明していないと思うが、「文は人なり(The style is the man himself.)」はフランスの博物学者ビュフォンの言葉です。

 ちなみに、日記を書き始めのホームページ(とってもきまぐれなページ)時代は『きまぐれな日記』なんてタイトルで、最初はスゲーいいかげんだったんですよね。

 それが、ブログを始めた頃から『欲望の日々 清く正しく美しくも結構な欲望だ』という意味深で誤解されそうなタイトルになったんですが、これ実は、ガマンガマンで中々欲望に忠実に生きられない自分を奮い立たせようとしたタイトルなんですけど、結局、あまり欲望に忠実に生きられなかったんですよね。「ほしがりません、勝つまでは」病にかかってましたんで。

 そんな中で、無理して欲望欲望と自分を追い立てなくても、自分らしく生きてりゃ自然と自分の生き様そのものが形として現れるだろと思ったところもあって、『文は人なり "The style is the man."』ってタイトルにしたんですよね。自分をポジティブに受け入れよう的なね。

 それとこの言葉を選んだわけは、「style」って言葉が好きなんですよね。"You have style(あなたはセンスがある)."って言葉をラジオ英会話で勉強したときのインパクトがありまして。
 日本語の「スタイル」ってのは表象的な「形」しか表現しませんけど、英語のstyleは「尖った書く道具」が語源らしく、ある意味でのとんがった(注:ツッパリではない)感覚というか独自性を表わす意味らしいんです。それは私が心惹かれるものだなと思いましてね。日本語訳と英語訳を同時採用させてもらったわけです(原文はフランス語ですが)。

 そんなわけで3年ほど「文は人なり」でやってきたわけなんですけど、タイトルって、力があるんですよね。知らず知らずの内に、中身や、製作者に影響を及ぼすほどの。

 たとえば、ブログの管理ページに行くのにも、まず、この、トップページに入ります。そうすると、目に飛びこむのは『文は人なり』。自分でカッコつけて選んだはいいものの、自然と、自分の文章を見て自分を見るという行動に走ってしまいがちなんです。
 たとえば、2時間早起き企画をはじめたはいいものの、毎回挫折している自分を見るにつけ(注:今は1時間早起きできてますが)、「自分はダメだなぁ」としか思えないんですよね、文章を読んでると。端的に言うと、「後ろ向き」になりやすいというか。

 きっとそれは多分絶対きっとそうなのかもしれないですれど(なんのこっちゃ)、タイトルが後ろ向きだからじゃないかな、と。

 始めた当初は「俺の生き様をとくと見ておれ!」ってな気分だったわけですけれど、今年はCHANGEの年と決めた際に色々と見直す機会がありまして。んで、そもそも、それがこの日記の目的なのか?とも思いましてね。そうじゃないだろう、と。

 確かに、ネットの日記なんて恥をさらしてナンボのところがあるし、それはそれで人を成長させることもあるのでそれ自体問題があるワケじゃないんですが、それは、「『文は人なり』とも言いますので、自己紹介は致しません」みたいな感じで済ますのが正しい使い方だと思うんですよね。

 まぁ、自分の生き様を見せて世に訴えかける、たとえるなら三島由紀夫みたいな人がつけるタイトルなら『文は人なり』とかでもいいんでしょうけど、私は別に、特別になりたいとか思ってるワケじゃないですからね、そもそも。
 むしろ、「普通」がいい。

 ただ、その「普通」ってのが、「フツー」と違うから周りから変わって見えるだけで、自分の中ではとってもナチュラルに、「普通」に生きてるつもりなんですよね。簡単に言うと、自分に正直に。
 そうしてない方が、そうしてちゃ生きられないという方が、おかしいと思いますもん、私。「逆でしょ?」って思うから。

 自分に正直に生きるのが難しいって世の中ですけれども、だからこそ、自分に正直に生きるために、勉強したり努力したりするんじゃないの?って思うんですよね。

 「フツー」は「しなきゃいけない」からするらしいんですけどね。

 まぁ、かといって私も「しなきゃいけない」ことに縛られてるという点では一緒なんですよねぇ。普通に暮らすため、自分に正直に楽に生きるための苦労なんだりは甘んじて受けるつもりなので、そういうものに「耐える」ってのが当然だと思ってたわけですよね。「欲しがりません勝つまでは」病ね。

 でも、現実問題、そうしてれば苦労が報われるとは限らないし、何より、いつの間にか「それ」が目的になってしまっているんじゃないかなってことがよくありましてね。
 ムダに悩んだりして無為に時間を費やしてしまうこともあったり、試行錯誤をくり返し続けたり、なんというか一言でいえば「大量消費」してたわけですよね。人生を。

 誰が「ほしがりません勝つまでは」なんて標語を考えついたのかしらないけど、きっとこういうことを考えた人ってのは、「勝つこと」しか考えてなかったんだよね、きっと。
 日本という国がどういう国になるべきかとか、国民がどんな暮らしをしたら幸せになるのかとか、そんなビジョンを持たず、ただ、目の前を乗りきることしか考えなかった。「不景気だから」と、「業務委託」とかもっともらしい言葉を使ってコストカットすることしか考えない経営者のように

 とはいえ私も同じように、遠い将来のためにやってることなのに、それがいつしか「習慣」になってしまい、それが「目的」になってしまって、そのやり方を疑うとか考えなおすとか、コペルニクス的発想の転換もしなかったんですよね。そこから離れることも、否定することもできなかったので。

 最近、よく思うんですよね。

 私の座右の銘の一つに「『できない』はやってから言え」ってのがあるんですけれど、もっと具体的に表現しなきゃあかんよねって。これじゃ、鬼畜米英に竹やりで勝てるって論理だもんね。そうじゃないんだよね。

 私はよく、できないことはないという説明に、「飛んでるミサイルを蹴り落とす」というたとえを使います。飛んでるミサイルを蹴り落とすなんて、アニメじゃあるまいし、不可能ですよね?とうぜんです。
 でも、生身の人間でもできることってあるじゃないですか。例えば、ミサイルを発射する前にそれを防ぐとかね。たとえ難しくても、不可能ではない。その為に何をするか?と考えることをやめなかったら、できるかもしれない。

 それは、「飛んでるミサイルを蹴り落とす」こととはイコールではないですけど、本質的には同じことですよね。大事なのは、ミサイルを撃ち込まれないこと、なんですから。

 「できないことはない。ただ、やり方が違うことはある」

 大人の考え方っていうのは、きっとそういうことなのかなぁ、と思いましてね。理想通りの完璧なことはできないけれども、できないからといってなあなあにしないで、違う形でもそれを表現するというかね。

 30も過ぎてんだから、大人な生き方をしないとね。だから、『楽しむぞ2010』。目の前の楽しさがすべての楽しさっていうガキじゃないんだからね。楽しんで楽しんで楽しんでその先にあるものもきっと、今まで見ていたものと同じなんじゃないかな。

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