死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.10.26 02:42
 書くのに時間は必要かと問われれば、必要である。

 が、では、時間があれば書けるかといったらそうでもない。

 そこから導き出される答えは1つ、書こうという意志に他ならないが、最近、これが、なかなか書く気がおきない。いや、いつものことなのかもしれないけれども。

 書く「トレーニング」を怠っていることに対して、対して後ろめたい気持ちを感じないことが、問題だよなぁ・・・・それだけ、「感性」が鈍っているのかもしれないな、無関心になって。

 でも、大人として生きていくってことは、そういった感性を時には麻痺させなきゃいけなかったりするものだ。だからこそ、そういったことに一抹の寂しさと、若いからこそ持ちうるみずみずしい感性を大事にしようとしてくれる教師がいるのもうなずける。

 そういう人との出逢いがあれば、その人の人生は拓けたものになるかもしれないが、そういう人と出逢わなかったら?

 それはずいぶんさみしい人生になるだろう。


 そんなことを考えていると、教師に大切な資質は、教える能力などではなく、自分が生徒よりも先行して生きてきた経験を伝えることなんだと思えもする。そう、文字通り「先生」は「先」に「生まれた」者なのだ。

 だからこそ、新卒でもそのまま教壇に立てるのだ。

 そういったことがわからないで、「自分の子供をこうして欲しい」という要求ばかりの親が、まるで商品を買うように教師を選ぶ・・・なんてことがあるんだろうね。


 ま、バカな親に育てられりゃ、子どももバカだけどね。「どうしても」そこじゃなきゃいけない理由が見いだせないとね。

 それぐらいなら、子どもが自然にすることを追求した方が、よっぽど正攻法と言えるでしょう。だって、才能を伸ばすだけ、なんですもん。大人になると、いろいろなものに囲まれすぎて、それを追求できなかったりするものですから、子どもの時に、そういうものを大事にできることって、大事なことなんじゃないかなぁって思います。

 えっ、まったくまとまってないって? 途中で寝てしまったから・・・・。
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2010.10.23 01:43
 激しく、眠いですね。

 最近、夜2時ぐらいまで起きてて、8時ぐらいに起きるという生活をしております。

 2時間早起き?


 ・・・・ちーともできてないなぁ・・・。
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2010.10.17 23:59
 今日は、ちょっとムリめの仕事をしてみましたよ。

 みんなが投げ出すように回ってきた仕事なので、そのまま投げ出してもよかったみたいなのですが、生来の負けず嫌いが顔を出し、なんとかしてやろうと・・・結構時間がかかってしまいましたが、なんとか・・・・たぶん、なんとかなったのでしょう、たぶん。

 まぁ、これで失敗したとしても、たとえ相手が法律家だったとしても、責任を問われてクビになったとしても、これもまたいい経験になるだろうと考えて、ふと、あることを思いつきました。

 しばらく前の失業期間中に、面接用の受け答えとして「失敗した経験」からどう挽回したのか~的なことを考えておきなさい的な文言を見て、そういった経験を思い出そうとしてもさして思い出せなかったのですが、よくよく考えたら、私のこれまでの仕事なんて、ほぼ、今日みたいに、誰も手を出さないようなことに手を出し、なんとかしてきたことばかりだな、と思いまして。

 それを個人的には「失敗」なんてとらえてないので、ちっとも失敗した経験がないので人間的に薄っぺらい人間なんじゃないかと自分で自分を責めていたのですが、よくよく考えたら、そうやって誰も手を出さないようなやっかい仕事に手を出し、まったくわからないことに挑戦したので数多くの失敗もしていたけれど、試行錯誤を繰り返しながら、その失敗を失敗で終わらせず、「成功」という形につなげてきたから、「失敗」という記憶として残っていなかっただけなんですよね。

 別にそれは、個人的にはすごいことでもなんでもなく、「失敗」のまま終わらせるのが単にイヤだという、負けず嫌いがそうさせているだけだと思うんですが、こういうメンタル的な強さっていうのがない人もいるんだなと、ちょっとだけ気づいたりしました。

 でも、報われない努力をするなんて、無意味じゃないですか?

 だから、努力することそのものをやめるのか、努力が報われるようにするのか、選択は二つに1つだと思うんですが、少なくとも私は私なりの行動基準に基づいて、今日も日記を書いているわけです。単なる、負けず嫌いなんでしょうね、単なる。
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2010.10.16 23:59
 落合信子(中日ドラゴンズ監督の落合博満の妻)の本を4冊読破した。優勝記念に。


 なかには読んだ本もあったので、再読、という形になったものもあるが、その中に、「これは!という表記があったのでご紹介したいと思う。

 落合博満が中日ドラゴンズの監督要請を受諾し、信子夫人がどういう仕事を求められているのかという質問をしている会話の中で、こんな言葉があった。
「あなたがほかの野球選手と違うところって何? 三冠王三度は世界にひとり、あなただけよね。そこじゃない? グラウンドで相手に競り勝つために何をすればいいか知ってるんだから」(落合信子『一心同体』p.160)
 落合は、生意気だとか、一匹狼だとか、職人気質だとかいろいろと「問題」があるので、監督には向かないとさんざん言われておりましたが、落合が就任してからの中日は、毎年優勝争いをするチームになりました。

 主力が毎年のようにFAで出て行ったとしても、それでも勝つことができるのは、ひとえに、「勝つ」ということに対して、人一倍の執念があるということでしょう。

 そのために、周りからなんといわれようが、自分が考えるやり方で勝負と向き合う・・・・そういった監督のスタンスは、たとえ「不人気の要因」などと陰口を叩かれようとも、人気取りに走って優勝争いができなくなる監督よりははるかに、「勝つ」のがうまい。
 ではその技術はどこから・・・というのが、結局は、自身の現役時代のタイトル争いを制してきた経験から来ているのでしょう。そしてそのモチベーションは、信子夫人が落合に植え付けたもの。

 それを、信子夫人はよくわかっているからこそ、「あんたはそれをやるべきだ」と本当は気が優しくて欲のない落合博満(信子夫人・落合の兄談)に、「男」の持っている不可能を可能にする強さを引き出させ、目指すべき方向付けをさせているのでしょう。

 あらためて、「名宰相」だなぁと思いました。

 まぁ、そこには、相手に対して尊敬する部分があるからこそ、できるって前提が必要なのは言うまでもないですが、それがないのに尻ばっか叩いているところは、こういう風にはならない・・・ですよね、残念ながら。


 そんな信子夫人、女として「尽くす」姿勢について、このように述べています。

「コレがダメなら、次はコレ、と考えが尽きるまで何度でも試す。尽きるまであきらめない、止めない。それが〈尽くす〉ということなのです」(落合信子『一心同体』p.235)
 「尽くすのが好き」という女性が、その尽くした分だけ返ってこないことを嘆くなんてことも世の中にはありますが、そこには「覚悟」とかが足りないのかもしれないな、と思いました。

 本当に、自分の人生をこの人になら賭けてもいいと思える「覚悟」。

 それを持つためには、ひとりの人間としてきちんと自立していなければできないことなんでしょう。だから、それがないまま「尽くす」だけをし続けたところで、いっこうに効果が上がらないどころか、男がダメになったり、男にだまされたりする女になるってことでしょう。


 「尽くす」だけならカンタンですが、本気で「尽くし通す」のは、かなり難しいものです。
 尽くし通すということは、自分の人生を相手に賭けているからこそできること。そして、相手に人生を賭けるということは、自分の人生の価値を、自分で尊いものだと思っていなければ、たちまち軽んじられるものなのです。相手が、こちらに賭けてくれないからです。

 お互いの人生を相手に賭けあうことが、いい結婚、なのかもしれませんね。そりゃ、「好き」同士なだけじゃ、別れるハメになりますよね。

一心同体―愛と人生、成功のセオリー一心同体―愛と人生、成功のセオリー
(2004/10)
落合 信子

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2010.10.08 23:59
 今朝、新聞を開いたら(そういえば最近、テレビのニュースを観てないな)、ノーベル文学賞に「ペルーの作家」が選ばれたということが書いてあった。

 ペルーの作家といえば、私が思い浮かぶのはただひとり、マリオ・バルガス=リョサ(ホルヘ・マリオ・ペドロ・バルガス・ジョサ)しかいないが、新聞を開いてみたところ、たしかにバルガス=リョサその人が受賞だった。

 まぁ、思い浮かぶというほど文学に詳しくはないので、実際のところは、図書館で見つけた『若い小説家に宛てた手紙』という、エッセイ本で知っただけなので、彼の小説を読んだことはないのだが。

 
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2010.10.06 22:35

 みなさんも思ってると思うんですけど、いつの間にか、「寒っ」になってきましたね、朝が。

 昼間はまだまだ暑く、私は結局、衣替えなどせずに、未だに半袖カッターで仕事に行っていますが、もうそんな季節ではないんですよね? とはいえ、昔からずーっと半袖なので個人的にはまぁいいかということなんですが、これってしかし、やっぱ、おかしいんですかね? 目立ちますかね?

 自分の中ではそれが「常識」であっても、世間の目は必ずしもそうではないわけで、私なんかいつも、「いつになったら長袖を着るの?」と言われるようになって初めて、みんなが長袖でいることに気がつく次第なんですよね。

 人間、誰しも、こういった「自分にとっては当たり前だけど、まわりにはそうではない」ってことが一つや二つあると思うんですけど、こういうのがあってこそやっぱ人間って感じがするし、個性が出るってもんじゃないですかね?

 そういう意味で、周りの人とくらべて「それはヘンだよ」ってところがない人間の方が、計算高くて怖いかもしれませんよね。

 いわゆる「一般的に」よしとされてることをなぞりさえすれば、人から好印象を持たれるのなんか、当たり前なんです。だって、そういう人間はそうそういませんからね。

 だから、詐欺師とか、なにか企んでるテロリストとかは、そういう「一般的に」よしとされる行動を取り、「なんかヘン」と思われないよう、いいイメージを植え付けるための、細心の注意を払うわけです。

 そういう人ほど怪しいのにもかかわらず、ヘンな物を嫌がる習慣が、心地よさに負けて、そういうものに引っかかるのです。素晴らしすぎる方が、おかしい。そんな人がさらに、自分に優しくしてくれるほど、自分はなにかしたのだろうか?

 なんでも無料に慣れてる今の世の中では、そういう感覚がどんどん麻痺していくんじゃないかなぁ・・・・・・とか思ったりしました。思ったりしました。うん。

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