死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2011.11.27 00:25
 こんばんは。MacBookAirを買ったはいいものの、いまだにブラウザSafariのブックマークが使いこなせないtkiyotoですよ。みなさんいかがお過ごしでしょうか?

 先日、寒くなってきたけどバイクで風呂に行きましたよというのの続き(というか本編)です。

 前回は、すっかり忘れていたバイクの紹介に終始してしまったので、今回はいい天気にバイクで川沿いを走らせ、途中で停めて河川敷を歩いた時のことをご紹介しますよ。

 まずビックリしたのが、地元の小学生が作った看板ですね。


 これだけなら、どこにでもある看板なんですけど、よく見ると、おもしろいじゃないですか、流れているものが。


「ハルマキ」ってなんですか!? なぜそのチョイス?? だいたい、袋入りの春巻きなんて売ってるんですかね??
 しかも、他もよく見てみると「アヒ本生」とか「ポドチ」だとか、小学生もきちっと「世の中」のことをわかってて名前伏せていたりするんですよね。子どもだからってバカにできないのです。

 さらにおもしろいのが、実はこの看板の向かいにはなんと!


 えええっ、工場が!!

 そりゃ、小学生でも濁点つけますよね、う~ん、大人!

 これは、意図的なのか偶然なのか私にはわかりませんが、とにかく、子どもからしたら、空き缶と言えば、「アヒ本生」の空き缶なんでしょう。もちろん、ア○ヒビール工場の人がこれを見てるかどうかはわかりませんが、おそらく見ていないでしょう。

 子どもって、真実をありのままに表現するので時に残酷だなんて言いますけど、これで地元の小学校が社会見学と称して工場見学とかしていると思うと、まさに「アンビバレンツ」ですね。教科書には載っていない現実です。世の中っておもしろい。


 さて、これが雑誌とかなら「鶴の声」で即刻ボツにされそうな文章はこれぐらいにしておいて、次々と進めていきましょうかね。

 実は、この川、以前の台風の時にかなり増水しまして、もう少し先の上流では決壊までしちゃったんですよ。
 その影響で、川沿いのグランドも壊滅的な打撃を受けまして、バックネットがぐちゃぐちゃになっていたり、軟らかい土の部分が水に浸り、未だに「池」になっていたりと、その爪痕はまだ残っております。流されてきたものが木とかについていたり。

 まぁ、なんというか、美しくない! のです。仕方ないのですが・・・


なにか、色んなものがからみ合った草たち。

 でも、そんな中にあって、「おや?」と思えるものがあったのでよく見てみると、キノコじゃないですか。

 「なぜキノコ??」

 とは思ったんですが、近づいてみたら、やっぱりキノコ。金色に輝いているので、なんか、得体の知れない別のものかとも思ったんですが、触った弾力といい、間違いなくキノコでした。
謎の金色のキノコ

 食べたら幻覚を見そうなくらい怪しげな金色のキノコですが、15cm以上あるものなので、ますます怪しさがぷんぷんしていました。ただ、こんなぐちゃぐちゃな川沿いの中にあっても、ちゃんと生命は生命でそしらぬ顔で生きているんだなと「センス・オブ・ワンダー」してましたよ。


 とまぁ、実際、それぐらいしか書くことがなかったのも事実なので、最後に、増水の記録でも・・・。

 川沿いに自動車学校があったのですが、そこにあった、トラック(の上が監視所みたいになってる)が沈んだ光景です。
沈んでる

 夜中に見に行ったら水が引いて教習所の姿もハッキリ現れてきましたが、一時、かなり増水してたのでビックリしましたね、あのときは。帰るときなんて、完全に冠水していて、立ち往生している車がいたり、車が浮いたりしましたからね。



 そういうことを考えると、日々、生きているってのも、ある種の奇跡なんだなと思いますね。

 どんなまとめだよと言われるかもしれませんが。
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2011.11.17 00:59
 さっぷくなってきましたね。
そんな中、バイクで風呂に行くtkiyotoですよ。

 あ、バイクですか?
 以前、アジリティー125を買った!事故った!

・・・で終わったままな気がするので(ちょこっとお話ししたけれど)、その後のお話。

 とにかく、交差点で直進してたら右折車が動き出して交錯した事故で、ケガ自体はたいしたことないんですが、バイク(アジリティー125)が・・・エンジンかかるんですが、フレームが完全に逝ってしまったらしくて。
で、一応(安いとはいえ)外車なので現場から一番近い正規代理店に電話して、取りに来てもらおうかと思ったんだけど、来店して、手続きして、金払って取りに来てもらわないといけなくて・・・家から遠いからどうかなと思って、別のところに電話したわけ。

 そしたら、取りにいきますよって言ってくれたので、来てもらって、任意保険入ってないことを伝えると、白髪の長髪を後ろで結んだ、Tシャツにジーンズのいかにもバイク屋のオヤジさんに、「まかせてください、なんとかいいようにしますわ」と言ってもらったので、あとは完全にお任せ。

 で、後日、フレームが曲がってて、お金かけて直せはするけど、修理代の方が高くつくし、新車でこれから長く乗るんなら買い替えた方がいいのではということで、背もたれ付きがよくて苦労してネットで探したバイクをあっさり手放すことに(汗)

 でも、アジリティー125というバイク自体モデルチェンジしてしまってたので、新型でグレードアップ版アジリティーシティか、新型でグレード同じ版RSか、選ばなきゃいけなくなったわけ。両方とも背もたれがないから前モデルの中古買ったのに結局新車に!

 でまぁ、下取りしてもらったり500kmくらいしか走ってないほぼ新車なので向こうの保険会社にも色をつけてもらい、少しの追い金で新型グレードアップ版、アジリティーシティ125に買い替えたわけですよ。

iphone_20110905010150.jpg
これが前の。
iphone_20111028182158.jpg
これが新しいの。
写真の画質の違いは、iPhone3GSと4Sのカメラの性能の違いです(汗)

 この、アジリティシティですが、あまり乗っている人がいないのか、ネットにも情報がなくて、背もたれないのはしかたないにしても、メットインができなくて後ろの純正トランクにしまうのが、どうかな~と思ったんですが、いざ使ってみるとそんなに気にならないですね。純正だからデザイン的にもおかしくないですし、カギも一緒だし。
 後ろがでかくなるので、大きさ的にどうかなと思ったんですけど、トランクって、便利ね。おっさんたちの必需品なのがよくわかる。

 それよりなにより、車体がデカい!!

 前のでも、台湾メーカーとはいえヨーロッパ販売モデルということで、小型スクーターとしては結構背が高くて全長も長いやつだったのに、それよりさらにデカい。

 ホイールは16インチ(前のは12。一般的な125ccスクーターのアドレス125は10)と、もはや小型二輪のサイズじゃないし、全長に関しては小型なのに、全長二メートル越え!
 中型のボディサイズのエンジン小型のやつ(マジェスティ125)みたいになってしまった・・・あくまでも原付のグレードアップ版として小型スクーターを考えていたのに、気がついたらまるで普通二輪みたいなのになってしまった・・・・。
(先の写真は、タイヤサイズの違いを念頭に置いて比較していただけると大きさが伝わると思います)


 とはいえ、値段が少し上がっただけあって(でも20万下回る)色んなところの造りが良くなって、特にシート形状も座り心地も前のアジリティー125より断然よくなってるし、シートの質感もいいので、グレードが上がったとはいえ2~3万の違いしかないことを考えても、前のやつよりは全然いい。
 アジリティ125同様、相変わらず標準的日本人にはよろくしない足つきですが、身長185cmの私からしたら、ちょうどベタ足な感じ。ピッタリすぎて怖いぐらい。

 さすが、ヨーロッパでナンバーワン販売数を誇っただけあります(ヨーロッパでは車の免許で日本の小型が乗れる)。安くて、デザインがよく、まあまあ走る。そう、まあまあ。

 ただ、日本人の体格や環境にはどうかなと。結構、場所取るので、これを「原付です!」とごまかすのは百パーセントムリ。すり抜けはできるけど、ハンドルも大きいので、ホント、スリムな中型みたいなぐらいのすり抜けしかできないかもしれない。名古屋の道路ならできるが。
 むしろ、ホントは乗れないはずの高速に入っても怒られなさそうなサイズです。さすがに高速入って流れに乗れるほど走らない(エンジン小型なのにデカイから重いし)ので試す勇気もないですが。

 大きさもそうですが、ハンドルレバーの幅も広いし、重量が、以前の同クラスでは重い方の100キロ少し越えをゆうに越える、まさかの120キロ越えしてるので、女性が自在に乗り回す小型二輪ではありませんね。男性でも、シート高から身長が175センチぐらいからの人じゃないと厳しいのではないでしょうか? あくまで推測ですが。前のやつよりは座りやすくなってるので、わりと平気だとは思いますが・・・。


 走りに関しては、重量も重くなって車体も大きくなったので、以前の「アジリティ(軽快)」という意味でのキビキビ感がなくなって、名前は同じアジリティでも、どっしりした感じの走り。
 それはまぁ「もっさり」ととらえられるかもしれないけれど、重心が異様に高く曲がりにくかったアジリティ125にくらべたら、重心が低く、抜群に安定してる。そのせいか、コーナリングは、車体が大きいクセに前のアジリティ125よりは曲がりやすくなっています。
 エンジンのフィーリングもなんか違って、「ぶっとぶ」という意味での「軽さ」はなくなりましたが、しなやか~に加速するエンジンで「ちょっと乗ってこ」という感じの「軽さ」になった印象。それこそ、下駄代わりの原付のグレードアップ版みたいな。

 スピードに関しては、50~60km/hで普通車の流れに乗って走ったりするには抜群にいいですが、スタートダッシュとかすり抜けがしたい!という人には向いてないバイクですね。いちおうバイクなのでできますが、「鋭さ」はないです。いわゆるビックスクーター的な走りの、普通の形状の大きなスクーターという感じ。
 慣らし運転中なのでなんとも言えませんが、前より80km/hにたどり着くのは苦戦するようになったので、安全に運転したいけど、クルマよりは軽快に走りたい!という人向けになったと言えるかもしれません(とにかくクルマを置き去りにしたい人向けではない)。
 スピードを出して停まれなくて事故った私としては、この方がとばしすぎなくていいかもしれません。後輪ディスクブレーキなので制動力も高く、雨の時に平気で横滑りしたカスタイヤじゃなくなっているので、かなり安全なバイクになっています。

 ただ、燃費が悪くなりましたね。車体が重くなったせいでしょうが、川沿い走って、リッター30kmギリギリいかないくらい。前のアジリティ125より、7kmほど悪くなってます。


 そういうワケで、紹介してない部分も含めて特徴をまとめると
  • アドレス125よりはるかにデカく、シグナスよりちょびっとデカい。シグナスと同クラスと考えるとよいかもしれない
  • 普通のスクーターの形状をしてるのでホンダのPCXほどの圧迫感はない
    iphone_20111117014808.jpg
    PCXとアジリティシティ125とプリウス。でかいけどスリム(比べるとね)
  • 燃費はスピードが速くない割によろしくない
  • でも、デザインはスタイリッシュで、日本車にないデザインなので目立つ
  • メットインは半ヘルサイズで、フルフェイスやジェットは後ろのトランクに入れるしかない。
  • トランクは純正なので同じキーで開くが、パッキンがしょぼくよく取れる
  • トランクはボルトで固定されているので取れるようだが、とっても普通の荷台じゃなくフラットな板状のものなので、荷台として荷物を運ぶのはきつそう。
  • ついでにマフラーのビスが1日で1本抜け落ちていた。2本目もゆるくなっていたので締め直しておいた(発注済み)。バイク屋の親父曰く「キムコはエンジンはおそろしく頑丈だが、走りと関係ない部分で日本車では考えられないようなつまらん故障が多い」そうな。
  • ちゃんとしたバイク用手袋を入れるのがきついグローブボックスがついており、その奥になんと12Vのシガーソケットがついている。ただし説明書には一言も記載がない(サイトにはあるから使えるのだと思う)
  • 白色はかわいいと女性には好評。だが、なんとなく白バイのようだ
  • ライトが少し明るくなっている。前のアジリティ125が暗すぎたのかもしれないが
  • サスがしなやかになっている。前のアジリティ125が堅すぎたのかもしれないが
  • タイヤのグリップ力が上がっている。前の・・・(以下略)
  • メーターがかっこよく、時計も含め見やすくなっている。前の・・・(以下略)
  • 重心が低くなっている。前の・・・(以下略)
  • すり抜けもできるが、ハンドル幅は広い。ハンドルとブレーキレバーの幅も広い。あまり日本人向けに設計されていない
  • タイヤが16インチと高いだけあって、シートの高さが高い。あまり・・・(以下略)
  • タイヤがでかすぎるせいか、フラットフロアしか足が置けない造りになっており、コンビニフックはついているが、スペース的に立てた白菜ぐらいしか置けない。
  • 海外使用のためか、日本の原付二種ナンバー(ピンクナンバー)を取り付けると、金具の方がはみ出る。あまり・・・(以下略)
  • センタースタンドがついているが、重くて堅いので基本使わない(こんなもんかもしれないが)
  • シートが高いので身長が高い人向けのハズだが、ミラーの位置が低くて見づらい。ただ、ミラーが横長になったので、そういった点では見やすい
  • どっしりしてるせいか、足回りの設計のせいか、前のやつにくらべるとハンドルにダイレクトに来る振動が少なくなった。
  • 全体的に、荒削りだったために生まれた問題点を解消して、乗りやすくしてある感じ。クセのないバイクになったが、乗りやすくはなっている
・・・・とまぁ、いわゆる日本のユーザーやメーカーの常識からすると「?」なところも多々あるバイクだが、個人的には大変気に入っている。私のニーズに合っているというか。

 アドレスは使いやすくて燃費もよいけどおっさんっぽいし、かといってシグナスみたいに「肉厚」「豪快」になるのもどうかと思うし、アイドリングストップがついて低燃費のPCXは魅力的だけど高いし、原付乗ってるときみたいに縮こまって乗りたくないし、ビューンと走りはしないけど、その分安定して走るので、車の流れに乗りながら加速したいときにバイクらしい加速ができるので長時間運転しやすくなっている。

 そんなわけで、当初、原付では制限速度の問題とか小ささの問題とかがあって、もう少しだけ大きいのがいいなと、グランドアクシス100ぐらいを考えていたのに、気がつけば、それよりもひとまわりかふたまわりぐらい大きなものになりましたが、それゆえに得られるクルージング感は、一度慣れてしまうと、手放せないですね。自分の体格に合っているからなおさら。
 原付のかわりと考えていましたが、今、世の中駐輪に厳しくなってるので、どっちにしろ普通のバイクと同じ扱いになるのなら、乗りやすい方がいいかもしれませんしね。

 はっきり言って、背の高さから万人に勧められるバイクではないですが、値段(198,000円)を考えると、全然お得ですよね。台湾メーカーの中国製なので塗装とかが心配ですが、屋根付き駐輪場があって、シートもかぶせられるスペースもあるので、私にとってはそこも問題なしですね。

 まぁ、まだ1000キロも乗っていないので、今のところ、ですが。
 でも燃費が・・・・市街地走ると特に下がってしまう。なんの「シティ」なんだろうか? おそらくヨーロッパの町並みに合わせた「シティ」なんだろうけど。
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2011.11.04 02:51
 誰が言ったか知らないが、人生、死ななきゃOKである。

 本当に誰が言ったかわからないのだが、この、「死」という重いテーマを扱いながら、「OK」という、ガッツ石松のアレみたいな軽いノリの言葉で締めくくってしまう乱暴さが、この言葉の最大の魅力と言えば魅力だろう。

 ほとんどの人にとって、明日をも知れないというワケではない現代日本社会においては、「死」というものは本来すぐそこにあるはずのものなのに、なかなか意識されないものである。

 たとえば、使い古された表現としては、「日本では年間3万人の自殺者がいる」とか「年間1万人弱が交通事故で亡くなっている」とかがあるけど、寿命とか年齢から来る病死の他の、いわゆるイレギュラーな死というのは、知識としては知ってはいるけれど、実感としては持っていないというのがほとんどの人の考えだと思う。
 実際問題、年がら年中、3万人の自殺者のことを考えながら生きるとか、交通事故死について常に思いを馳せている人の方が「変わってる人」として扱われるのはまちがいない。


 そもそも、「生きる」ということは「死ぬ」に対しての対義語であり、「死」という概念がなければ「生」というものに意味がつけられないものである。

 よく言われるように、

「人は死ぬために生きている」

ってのはまさにその通りで、人生の意味なんて結局死ぬ間際にしかわからないんだから、「死」というゴールに向かってどう生きたかが人生の価値を決めるんだと思う。「どれだけ」生きたかではなく、「死」に向かって「どう」生きたか。

 その代表例が、名作絵本『100万回生きたねこ』かもしれない。

 「100万回生きた」という「立派なとらねこ」にとってそれは誰もができない「すごいこと」であるはずなのに、最期に出会った「美しい白ねこ」にとっては決してそうではなかった。白ねこは、「立派なとらねこ」の必死のアピールにも「そう」と言うばかりで、サーカスにいたから宙返りもできるんだぜという、100万回生きたがゆえに得られた経験も、決して過大評価することはない。

 どんな「すごいこと」であっても、「そう」で片付ける白ねこ。
 これを、地位とか名誉とかを気にする男性的な発想を一蹴する女性らしい発想と言ってしまえばそれまでかもしれないが、その姿は、どれだけ生きたとしてもそんなものは相対評価であって、自分が満足して生きていなければしかたがないと言わんばかり態度だ。

 事実、白ねこは、自分を認めてもらおうと躍起になっているとらねこの必死のアピールにまったくなびいてないにも関わらず、万策尽きたとらねこが「そばにいていいかい?」という泣きが入ったような言葉に素直に「ええ」とうなずいた。
 白ねこにとっては、普通に生きて、家族を作り、普通に死んでいければそれでいい。そう思っていたのだろう。そう考えている者の前で、いくら「100万回生きた」をアピールしたところで、その「100万回の人生の経験」をアピールしたところで徒労に終わるのもムリのない話だ。

 100万回の経験は、確かにすごい。
 でも、それがなければ生きられないのならば、一回こっきりの人生を生きている者たちはなんなのだろう?

 「生きることは死ぬこと」

 というのはどうやって「死」という人生のゴールまでを歩んでいくか、それに尽きる。という意味なのだと思う。

 それをよく理解していない人が、「大企業のエリート」だとか、「良家の子女」だとか、そういった付加価値で人生を彩ろうと必死になり、そして破綻することになる。そういったものを否定はしないのだが、それがあれば人生が変わるなどというのは勘違いもいいところだ。


 そんなハードなお話の後に「死ななきゃOK」なんて話をするのもおかしいかもしれないが、よく言われるように「人は死ぬために生きている」からこそ、あえて「死ななきゃOK」という考え方が必要なんだと私は思う。

 誰だって、命の花をパッと咲かせられたら・・・って思うことはあるだろう。
 そういうドラマは昔から人気だ。パッと咲いて、パッと散る。

 古くは、源義経とか、織田信長とか、明治維新での坂本龍馬、高杉晋作、沖田総司とか、昭和に入れば三島由紀夫とか、比較的新しいところでは尾崎豊とか。
 短い人生を駆け抜け、志なかばで人生が終わる。日本人はとくに、こういった桜みたいな人生が好きな傾向があるのではなかろうか?

 でも、だからこそ逆に、南米人みたいに「貧乏でも人生を楽しめればいいんじゃない?」とか考えたりすることができないのではないかと思ったりするのだ。

 「彼らにくらべて、自分はなんとちっぽけなんだ」
 「自分の人生『なんて』、大したもんじゃないんだ」
 「人に迷惑ばかりかけるだけの自分には、生きてる価値なんてないんだ」

 なんてことを考えたことのある人はきっと、一人や二人ではないハズだ。

 おそらく、私が思っている以上にきっと、たくさんの人々が、同じことで苦しんでいる。


 この、『死ななきゃOK』というカテゴリは、拙記事『「死んだ方がいい」についての考察』に、実際にそのことで悩んでる人たちからの反響が多かったからこそ、書こうと思いたったものである。

 私にとっては、ごく自然に、自分の周りに起こったことから感じたことを綴っただけのことなのだが、それが人々の目に触れ、人によっては救いにもなったという言葉をいただき、そこから、世の中にはもっとたくさんの人が、同じ想いを持っているのではないのか、もっとたくさんの「勇気」を必要としているのではないのかと感じたためだ。

 「ただ、生きてるだけでもいい」と言える勇気を。


 だから私は、あえて言いたいのである


 「死ななきゃOK」と。

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