死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2013.10.15 23:50
 こんばんわわわわ。

 連日のふざけた挨拶でごめんなさい、tkiyotoです。

 今日は関東に台風が近づいてきているということで、「日本の一大事」みたいな報道も目にしますが、しかし、関東を通り越して東北の方がよっぽど大変ですよね、真面目な話。

 真面目な話といえば、「雇用の流動化」って、ホントに効果あるんかな?って思いません?

 いわゆる「労働者」をユニット工法よろしくとばかりに、「無駄なく活用」するには最適ではあるんですが、そればっかり増やしていると、新しいものを何も生み出せなくなりますよね。今日も、その、「雇用の流動化」の最たる代表である契約社員(まぁ、私もなんですが)のPDCAシートを見ましたけど、何もプランしていないし、書いてあってもコピペだし、目標も書いてない。

 私個人としては、PDCAで全部解決できるわけないのになんでもPDCAっていうのはどうよ?って思ってはいますけれど、それはあくまでPDCAが乱発されているからであって、PDCAそのものが使えないのはそれはそれでどうかなと。

 でも、仕方ないんですよね。
 真面目に考えれば、「雇用の流動化」をしてしまえば当然、スキルが伸び続けるってことはないです。流動化しないでスキルアップしてた方が絶対に上ですからね。それと勝負して勝てるわけがない。でも、多くの企業はそれを選択してきたし、それで危機を乗り切ろうとしてきた。バブル崩壊の反動から。

 手垢のついた表現だと、こういうやり方していたら当然、iPhoneもiPadも生まれないですけど、それ以上に何よりも、「その先に何があるの?」という気がしてしまいますよね。

 「雇用の流動化」素晴らしい。便利だ。雇用に貢献している。

 でも、その先に何が? 見えるところは何もない。なにせ、そこそこの部品の流用をしているのと同じですからね。それってすなわち汎用品の作り方であり、それはつまり、汎用的な会社、つまり「他と差別化の図れない、淘汰されても仕方のない会社」になるという意味でもあります。


 そこまで未来を見据えて「雇用の流動化」を謳っていたのかは定かではありませんけど、誰にとっての流動化かを考えたら、業績が悪い会社のためのものなので、それで一時的に悪い数字を良くできたとしても、何の改善にも至らないってことも往々にしてあるでしょうね。

 真面目に考えたらわかりそうなことなんですけど、その「便利な言葉」に惑わされた経営者のなんと多いことか。ま、そういうことって、何にでも言えますけどね、「便利なものほど、危ない」。

 理由はカンタンですけどね。
 考えなくなっちゃうんですよ、真面目に。

 原発のことも、「経済が止まる!」って煽ったら、未来のこととか考えなくていいですもんね。すっごい楽ですよね。あと30年も生きられないオッサンたちからしたら、すっごい楽。でもあと80年生きなきゃならない子どもたちからしたら、すっごい苦痛だと思いますけど。

 新聞のワードになるような言葉って、便利なようで、怖さもありますよ、ホントに。
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2013.10.15 02:10
 ああこんばんは。

 最初に「ああ」を付けるだけでなんて偉そうな表現になってしまうんでしょう? 世の中って面白い。


 さて、三連休でしたけど、何してたんでしょうね? まぁ、休んでましたよ。というか、私ぐらい働いていると三連休ぐらい、時にはないと疲れが戻らないんですよというと怒られそうなんでやめておきますが、世の中、私より働いていないのに当たり前に三連休をもらって、しかもボーナスを使って、遊んでいる人もいるわけです。

 これを不公平というかなんというかはあれですが、たいして仕事もしていないのに権利ばかり行使する人ばっかりになってしまったらそりゃ、成果の上がらない組織になっちゃいますよね。

 そう考えると日本が抱える閉塞感っていうのは、「不公平」が原因というよりも、危機感はない割に、危機になることだけを怖れて自分の身を守ることばかりみんなでしているからじゃないのかな、とも思いました。

 それは誰がというよりも、例えば正社員なら給料が下がらないようにとか、非正規社員なら頑張っても給料上がらないし収入少ないから余計なことはしないどこうとか、視点が世の中とか社会じゃなくて、自分の、だいぶ先じゃなくて、ちょっと先の未来、今に限りなく近い未来しか見ていないからじゃないのかなと。


 私は現在、閉塞感のある会社を支援する立場で働いていて、よく「なんでそんなことができる?」とか「凄い発想だ」とか言われますけど、そういうことを言ってるのがもう、閉塞感に包まれている証拠ですよね。

 本当は、長くいる人ほど、「今のダメな所」っていうのが見えてもおかしくないはずなのに、それを客観的に見る視点を「重視」しないし、それを元に分析することも愚痴の中だけで終わるし、それに基づいて利害を乗り越えた大きな行動を起こさなきゃいけないのにそれぞれが好き勝手していたりするので、ダメな所にダメな所を塗り重ねているとしか思えないようなことが生じてしまうようです。色んな所からの流れが集まって、どこにも流れない「ため池」ができているというか。

 乱暴な結論かもしれませんけど、閉塞感を打破したいのなら、内側ではなくて、外側に向かないとダメですよね。
 内側に向かっている以上、永遠にループがくり返されるだけです。そして、それを「仕事」と思っている人たちに「そんなの仕事じゃないよ」とハッキリ言うことも必要なのかもしれません。だって、何の価値も生み出していないのに、価値の代替である「お金」をもらうなんて、そもそもがおかしいんじゃないですかねぇ?
 
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2013.10.03 01:53
 「感謝されたい」
 という人がいるらしい。

 いや、誰だって恨まれるよりは感謝されたいと言えばそうなのかもしれないけれども、とにかく「感謝」というものに飢えている人もいる。
 たとえば、ブラック企業に入ったばっかりに、毎日のように「お前はカスだ」とか「生きる価値がない」とか「給料泥棒め」とか言われ続けたら確かに、感謝というものを心から欲するようになるのも自然なことと言えば自然なことだ。

 なんでそんなに冷めた見方をするんだあんたはという声が聞こえてきそうだが、私は逆に、「感謝」されることのほうが圧倒的に多かったので、じゃっかん他人事感があるのはご了承いただきたい。

 しかし、そんな私だからこそ、「感謝される方法」というものを世に伝えることもできるんではないのか?

 ・・・と思って、記事を企画しようとしたわけですよ。
 ですがね、その時にふと思った問題点がひとつ発生。それが今回のテーマです。


 「感謝される」ためにはどうしたらいいか。

 実はそれは凄く簡単で、一生懸命働くことである。

 「そうしてるけど感謝されない」という声もあるかもしれないが、それはあなたの一生懸命が伝わらない、もしくは合わない仕事に一生懸命になっているからであって、あなたにできることが他の人のためになることで、かつ、他の人がやりたがらないことを一生懸命やれば、自然と感謝されるようになる。
 代表的なものをあげるとすれば、トイレ掃除などが良い例だろう。

 トイレ掃除に命をかける人もいるにはいるが、現実問題、トイレ掃除を嫌がる人のほうが圧倒的に多いだろう。
 しかし、そこにこそ「感謝」のチャンスがある。

 誰もがやりたがらない仕事を、率先して、しかも他の人がやるよりもはるかにキレイにすれば、必然的に「感謝」されるようになる。

 もちろんこれは、社会人のためのセオリーであって、社会も世間も人間という生き物もよく見えていない学生社会では、トイレ掃除を頑張っても感謝されないどころかむしろ押しつけられることが多々あるが、感謝の度合いが違うにしろ、感謝されないことはないと私は思う。あとはその、見返りがあるかどうかだけだろう。


 「感謝される」仕事をするには、一生懸命、目の前の事に当たるというのが成功への近道だ。
 しかし、それはそれで、ひとつの大きな問題を抱えることになる。「一生懸命」がスタートになってしまうと、お金を稼ぐことに直結しないことでも、誰かのために一生懸命やっても、実入りがないという状態が発生する。なぜなら、「感謝」はお金という形で現れるとは限らないからだ。

 あまたの(主に株で成功した)自己啓発本の多くは、「お金は感謝が形になったもの」と説くが、実際に、お金=感謝であることばかりではない。たとえば、時給800円のバイトが古株の正社員より働いて、それに「感謝」したとしても、人件費を切り詰めなければ行けない状況であれば、それをお金という形にして還元することはほとんどないのが今の労働環境だろう。

 まして今のように、3割が非正規社員という会社社会では、こういうことがしょっちゅう発生する。口では、いや、口だけじゃなく心から感謝してはいるものの、それが直、お金に繋がることはない。その為の仕組みがなければ必然的にそうなる。


 山ほどの「感謝」をもらった私が、その「感謝」に見合うだけのお金をもらってないことからすると、安易に「そうしろ」とも言えないな、スタートを「一生懸命」にしてしまうことがお金を遠ざけてしまっているのかもしれない、と思った次第であります。

 別に、感謝されたくてやってるんじゃなくて、誰もやらないからやってるだけなんだけど・・・感謝はされてもお金には結びつかない。これは別に世の中のせいじゃなくて(世の中のせいだと思うけど)、そういう事実を踏まえて、感謝をお金に結びつけていない自分が悪いんだ、ということを実感したんですよね。


 それを踏まえずに「感謝されたければ、一生懸命、事に当たれ」というアドバイスは、当たってはいるけれども、本当に「感謝」だけを必要としている人にしか有効じゃないアドバイスかもしれないな、というのが正直思ったところ。
 
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