死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.06.05 23:59

 昨日ですが、映画、『JUNO』先行試写会行ってまいりました。

 この映画は、おすぎが「今年最高の映画」と、まだ2008年も半年も経ってないのにお墨付きを与えた作品です。
 これ、16才の望まない妊娠という、さして珍しくもないテーマですが、ここがこの作品の特徴なのですが、最初中絶する気だった主人公、JUNO(ジュノ)が、中絶しきれずに「理想的な夫婦」に子供をあげよう、と行動をはじめるのがこのお話の本筋です。

 こういうお話なので、十代の妊娠という難しいテーマなのですけれど、基本的にはコメディタッチで明るい作品です。かといって、ふざけているわけでもないけれど、JUNOが大変個性的な(つまり変な)女なので、それが余計にライトな感覚を感じさせるのでしょう。かといって、ストーリーが軽いということじゃないんですが。

 余談ですが、この、里親に預ければいい、的な考えはちょっとショッキングな内容かもしれないですけど、意外とあるんですよ、里親制度って。昔から。昔から「とある事情で」子供を育てられない人はいるわけでして・・・。
 そういえば、あの「夜回り先生」としておなじみの水谷修も、たとえレイプされたとしても中絶するくらいなら施設に預けてください、育てますからと言っていましたね。それは夜回り先生が、中絶に反対する立場のクリスチャンだからといえばそれまでなんですが・・・・ってこう言う話をすると、起こるんですよね、論争が。それほど、「中絶に至る可能性のある妊娠」ってのは是非でもめます。アメリカの場合はそのスタンスが選挙に左右するくらい重要です。
 んだけれども、この作品は、そういったことをうまくかわしてるというか、うまく、「超えている」。これは後述しますが。

 作品全体に流れるのはPOPな雰囲気(と音楽)。かといって「軽い」わけじゃなく、若者の妊娠らしく、妊娠・出産・結婚というものと「若者の価値観で」向き合っていくお話になっている。こういうと、ありがちなお話に思えるかもしれないけれど、最初に述べた「理想的な夫婦に預ける」という、一つのファクターが、主人公JUNOに及ぼす影響はかなり甚大で、この間で繰り広げられるドラマは「どうなるの?」とハラハラさせる作りながらも、かなり質の高いドラマに仕上がっている。
 もちろん、「子供がかわいいからあげるの止めたわ」とかいう、安易なストーリーじゃなくて、「そういうことが前にもあった」その、受け入れ先の夫婦とJUNOが、それぞれ何を考え、どう行動していくのかという「妊娠」に関わる人たちのヒューマンドラマとしても必見です。

 特に、テーマが「妊娠」に見えがちな作品ですが、根底にあるのはそれよりもむしろ、「LOVE」。そのため、JUNOとはらませた男以外との「LOVE」のシーンも見物です。というか、たぶんこれがメインテーマです。

 個人的に見た感想としては、よくできたストーリーだ。脚本は女だろう、それも若い世代(40以下)だろうと思った。というのも、安易に「中絶の是非」という、ありがちな水掛け論的な意見に走らずに、それを超えた、というか若者の性・中絶・公開里親など時代に即した一つのあるべきビジョン、みたいなものを描いている(劇中の言葉を使えば「cook」してる)から。

 ただ若い世代が、社会の周りを取り囲んでる様々なモノを安易に文句を言うのではなく、それよりも大事にすべきことは何か? ということを忘れずに描いているのはエライと思う。簡単に言うと、説教臭くない、ということだ。これはかなり重要なことで、作品全体を通じて流れるPOPな雰囲気の中でそれを表現している監督の手腕もなかなかのものだと思う。

 まぁ、そんなとこ見てる人はあまりいないだろうけど・・・・調べてみると、やっぱり若い脚本&監督でしたね。まぁ、そうじゃなきゃ妊娠をああは描けないよねぇ。詳しくはネタバレになるから言えないけれど。

 女性が書いた妊娠モノの脚本らしく、妊娠した女に対しての(子持ちでない)男のぶざまさは『三年身籠る』と同様、「やっぱり」なのですが、男が書くとどうなるのかなぁ?とか思ったり。もうちょっと格好良く書くんかなぁ・・・それじゃ、女が納得しないけれどね。そもそも書かない気がするけれど。

 

 「妊娠」にまつわるものはどうしてもその人の「価値観」に基づいた議論しかなされずに、対象者の心の問題とかはまったく度外視されることが多いのですけれど、物事はすべてケース・バイ・ケースであって、妊娠もしかりだ。・・・そんなことを思い出させてくれる作品。
 そういうこと考えずに、笑えるところも多い作品です。特に、「作戦開始!」って叫ぶシーンは会場が大爆笑でしたよ。お父さんの真面目な話をするシーンも女性にはいいかな。

 6/14から全国で公開ですよん。

(以下ネタバレあり) 

 最後の方でJUNOが「私のお腹じゃなく顔を見て話してくれる」と、種付け主のポーリーに言った。これがこの作品のメインテーマなんでしょう。

 妊娠したら出産、そして子育て。それは確かに「普通」だけれど、普通だからこそ「強制力」を生み出すこともある。特にそれは男と母親たちによってなされ、そうしない女は「ヒドイ女」と烙印を押されるし、「できちゃった婚」をした人ですら、そうする。要するに、「妊娠したら女は母親になれ」という押し付けがなされるわけだ。

 それは確かに「自己責任」ではあるかもしれないので、それのどこが悪いのかと言われるかもしれないけれど、こうすることで見えなくされることがあるんだよね。

 昔から、「子はかすがい」なんて言葉があるように、子供ができたら状況がよくなる、現実には愛が深まるなんて「十代の妊娠ドラマ」にありがちな展開ばかりではありません。むしろ、十代なら男が逃亡とかもよく聞く話だ。要するに、心の準備が出来てない。だって計画的妊娠じゃないからね、大概。

 それが結果として、10代の妊娠出産はたしかに劣悪なケースにもつながるんだろうけど、できちゃった婚で不幸な生活を送っている夫婦はたくさんいるわけだ。そこに何が不足しているかっていうのは簡単に言えば「LOVE」なんだろうけど、それは恋人レベルでの「LOVE」では足りない「LOVE」なのだ。

 この作品は、その、セックスに至る「LOVE」では足りない「LOVE」を、妊娠過程でJUNOが学んでいくストーリーである。だから、種付け主ポーリーとのからみだけでなく、JUNOのような子供から見て「理想的に見える夫婦」の間での信頼関係の欠如と価値観のズレが、その2つのLOVEの違いを大きく体感できる貴重な時間だった。
 そして、少なくとも産まれてくる子供へのLOVEはあるヴァネッサに結局は子供を託す選択をするジュノだが、ここは賛否両論出そうな気もした。

 夫婦の決定的な崩壊を示すヴァネッサのセリフ、「あなたの歌手になる夢なんかいつまでたっても叶わないわ」とマークに言ってしまうシーンは、若い男や聖母願望の強い男の脚本なら、ヴァネッサを幸せにさせようとは出来ないだろうと思わせる過激な発言だ。CM音楽制作でマークからしたらいい暮らしを「させてもらっているのに」それに感謝もせずに、自分の「子供がほしい」という夢を夫に求めるヴァネッサに「LOVE」がなくなるのも必然と思えてしまうだろう。

 が、ドラマの最後には彼女に「子供を授かる」という夢を叶えさせてしまう。女の中で「子供を望む女を応援しないで自分の夢を追う男はダメだ」という、多くの女性に共通した考えで、それは自然な流れだろうが、男からしたら釈然としないものがあるかもしれない、と思ったからだ。
 女にとって男が女の出産を守るべきなのは「当たり前」だから、当然なのだという要求をされているのではないかと。それが男の「逃亡」に繋がることもあるのではと思ったのだ。もちろんその是非は別としてね。

 当然のことながら、それは言い訳に過ぎない。夫のマークにも悪いところがある。そこが、ジュノが選んだポーリーとの違うところで、最初に挙げたセリフ「私のお腹じゃなく顔を見て話してくれる」に凝縮されている。

 マークは自分の好きなことをヴァネッサにさせてもらっているということを、「自分の趣味の部屋」があることで表現されていたが、ヴァネッサがマークの趣味を快く思ってないシーンが諸所に見られた。そしてその趣味をジュノがいいと思ったがゆえに、妻からジュノに心変わりするマーク。やや単純すぎると思うが、男という生き物が「夢を応援してくれる女を好きになる」という本質をよくとらえた描写だと思う。
 かたやヴァネッサは、登場する前のシーンでしていたように、神経質なまでに「よく見られる」ことを意識した、金持ち美人にありがちな「生活レベルを落したくない」と望む人間で、夢追い系のマークとは基本的に共通とする価値観がないのだ。その二人がなぜ結婚したかというと、それはきっと、マークの「経済的成功」が大きいだろう。しかしそれは、マーク自身が夢を捨てきれないように、マークの「偽りの自分」で作られた夫婦だったのだろう。

 「だったら最初から夢を応援してくれる妻を選べよ」というのが女性の声だろうし、それがヴァネッサの「発言」につながるのだろう。マークにも、「成功したい」「美人の妻がほしい」という欲があって、本人は気づいていないがそれは一つの「夢の達成」でもあるわけだ。
 ヴァネッサに自分という「美しい妻」を望んだのはあなたでしょ?という想いがあってもおかしくない。問題は、ジュノが美人だったから問題なのだ(笑)。美人で、若くて、趣味を理解してくれる女・・・・男が心動かされてしまうのもムリはないし(是非は別として!)、その程度で揺り動かされるということは、そのLOVEは弱かったということだ。それもヴァネッサとしては悲しいし、「愛のある夫と子供を育てる」という女性共通の夢が剥奪されたように感じてあんなキツイことを言ったのだろうと思う。

 どちらが悪いということを言うのは意味がないし、この作品の目的でもないからそれは追求しないが、結果的にこの溝が、表面的には仲のよい夫婦に見えたLOVEの崩壊を招く。そういう意味で、「仲良さそうに写るいい映りの写真」で入ったジュノと、どこか不自然な夫婦の最初の登場シーンは、年とった人間からすれば「人間ってそんなもの」と割り切れることだが、ジュノが「気づけない」若さを持っている表現にもなっていた。

 母親から「結婚をわかってない」と言われたジュノが、マークとヴァネッサの崩壊したLOVEの中で、それでも自分よりもずっと子供を望むヴァネッサの姿に、子供へのLOVEは見逃さなかったのだろう。

 ストーリーの結末に、結局生まれた子供をヴァネッサに渡すことにしたので、「10代の親の育児は劣悪で」と超音波検査士に言われてキレた母親はなんだったんだと思う方もおられるかもしれないのですが、それも結局は「LOVE」の問題だったのだと思います。ジュノにとっては、「子供を産む」行為は受け入れられるけど、ヴァネッサほど愛せないと思ったのでしょう。所有欲の強い男には理解しがたい、自分で子供を産みたいと願う女には理解できないでしょうが、その中でポーリーとのLOVEをまず育んでいくことを選んだのは、今後、自ら望んで、つまりLOVEをもって子供を望めるようになる準備に入ったってことでしょう。

 そういう意味で、この作品は、「中絶」とその反対の「できちゃった婚」両方に対する一つの疑問を投げ掛けているのかもしれません。妊娠したら女は産むべきものだし、そうしない方が「異常」とされてるので(男は逃げることもあるくせに!)、「産めない」「育てられない」なんて事情を勘案してくれることが、ないとは言わないですけど少ないんですよね。だから、女たちは「堕胎経験」をひた隠しにする。それこそ死ぬまで夫に話さない人もいるでしょう。ことに「事情」があればあるほど、そうなります。

 作者がそれを意識して書いたとは思えないですが、根底にあったのは間違いないでしょう。というか、経験があったのかもしれない。

 にしても、男には絶対書けない脚本だろうなぁ、やっぱり。妊娠して自分で子供を育てないなんて、「聖母」を求める男には受け入れがたいことだから。それに、ここが重要なのだけれど、「たとえ子供を人に預けたとしても、その子供の幸せを願っている」のが女だということを、直接伝えるわけでも間接的に伝えるわけでもなく、自然な流れで「感じて」もらえるようになっている手腕は、性別抜きにして大したものだなと思います。

 脚本家は元ストリッパーということで、性的に普通じゃない経歴をお持ちですが、そういえば、同じように元風俗嬢という肩書きを持つ風俗ライター酒井あゆみの中絶経験者へのインタビュー本『堕ろすとき…』という本の中にこんな一節がありました。

なぜ中絶が私に転機をもたらしたのか? うまく説明できないが、ただ、次のように言うことは出来る。 妊娠したことを知ると、女は「考える」ことをはじめるのだ。p.9

 はじめ、妊娠検査薬の陽性反応を示す「+」マークを呪われたピンクの十字架と言っていたり、「cook」してからヴァネッサに渡すと言っていたJUNOが、いつしか、子供の幸せそのものを考えるようになったのもきっと、作者に「女は子供を持つとちゃんと生きることを考えはじめる」という経験があるからなのじゃないのかな?とか思いました。

 妊娠していることが周知の事実になったのに、子供は結局他人の家・・・ということは絶対周りに何かを言われることが明白だろう。でも、ジュノはそれを選択した。
 それは、ジュースをがぶ飲みして妊娠検査薬を3回も試すとか、セックスしたイスを彼氏の目の前に見せるとか、子供っぽいことをしていたジュノが、子供っぽくても「あなたが大切なのだ」という表現として、ポーリーの好きなオレンジミントをたくさんあげたりするように、LOVEのある信頼関係を自分から築こうとする変化があったからこそだろう。つまり、本当の意味で、マークよりも大人になったということだ。

 大人になったジュノの中では、子供を育てるにしろ育てないにしろ、それはすべて自分の責任において受け入れられることになった。けれど、それには条件があった。それは、信頼できる家族と、相手が必要で、それをつなぎ止めるのが「LOVE」っていう作品なんだと感じましたよ。

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