死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.11.04 23:59

 さて、あれですね。
 世間のトップニュースが小室哲哉逮捕ですか。

 まぁ別にいいんですが・・・・・小室ファンらしからぬ発言? 見捨てたの? いやいや、あれですよ。いいんですよ、逮捕されようが。私は小室哲哉のいい音楽が聞ければいいんで。今回の経験も、音楽家としていい経験だと私は思います。誰にでもできる経験じゃないですから。

 だから、ショックかショックでないかと言われたら、ショックではないですね。もうかれこれ20年ぐらいファンですけど、冷たい? TM NETWORKやtrfやglobeのカラオケ全曲歌えましたが何か?
 ・・・・・なんでしょう、確かに驚きではあるんですが、世間の人ほど驚くこともなかったですね。嫌いとか信じてないとか、そういう程度の問題じゃなくて、懲役10年を喰らったとしても、10年後にいい楽曲を世に出してくれれば私はいいんです。というか、それしか期待していません、元々。

 それはきっと、私は、「小室哲哉」というものを人間としてではなく、プロデューサーとしてでもなく、音楽家として見てるからでしょうね。いい曲を作ろうが、いい詞を書こうが、それで人間性を量ることなんて私はできないと思っていますので。会ったこともない人を尊敬するなんてできません。仕事に敬愛はしていますが、人としてそう思うことはないです。思えるなんておかしいですよ。

 だからこそ、特別な思い入れが出来るんだと思うんです。熱くも冷静に。

 小室哲哉が極悪人というわけじゃないですよ?

 ただ、人間として特に優れたものを持っている人間ではないのは確かです。音楽に関すること以外の才能を、私は感じたことはないです。トークもヘタだし、歌も下手だし、ダンスもできないし、生活感覚もないし、商才もない・・・・・商才ないですよ、お金がどこからどこ行ったのかわからないなんて。つんく♂の方がずっとあります。
 しかし、そんな世紀の「音楽オタク」としての甘美な魅力が、小室哲哉にはある気がするのです、私は。完璧でないがゆえの。歌が下手なのに歌がいいという!

 とはいえ、最近の小室の歌は世間的にまったく受けず、曲はいいんですが(絶対売れない曲ですが)、少し歌詞が危険な香りがして鼻につく感じがするものがあったりしたのは気のせいだと思っていたんですが、気のせいじゃなかったんですねぇ。なんか、「競争に勝たなきゃ意味がない」とかそういう感じの作品が目立ちましたね。昔の歌と違って、何回も聞いていられないんですよね。歌詞を聞き込んでいると。たとえば、KEIKOのシングルデビュー曲、HUMANRACEの一節を見てみましょうか。

いつもそびえたつ壁
あなた達だけ見えてる
超える力があるから
まだ走ってる      (KCO/HUMANRACE)

 小室の歌詞は基本的にポジティブなモノが多いと思います。ネガティブなモノでも結局はポジティブを求めているような、そんなものが多いと思う。TM NETWORKの作風よろしく、「反抗の中にも未来を見つめる」、尾崎豊のような少年像より合理的な少年像が根底にあるように思えます。簡単に言うと、「大人のふりしたコドモ」なんですよね。でも、そこが魅力。

 だから、こういう「夢を叶える」歌を書くことに不思議はないんですが、なにか、昔はなかったものがある感じがしたんですよね。「あなた達だけ」というのが、確かに反抗ではあるんでしょうが、そんな周りの視点なんか気にしなかったはずの小室が、こんなことを書くようになった「何か」があったんでしょう、今思うと。それぐらい、10年前の、20年前の小室の歌からは考えられないようなフレーズのような気がしました、私は。反発する対象が、権威的なモノではなく、怠惰なモノという考え方・・・・そういうものになっていったような気がします。

 その根底にあったのは、きっと「夢を叶える」=「正しい」という考えでしょう。

 確かに、周りと同じことをしていたら夢なんか叶わない・・・・・ただ、そうすることで見えなくなるものがあるはずです。成功者だから友だちをないがしろにしていいのか、とかね。もちろん、昔の友だちの中に本当に妬む人とかもいますけど、すべての人がそうじゃない。
 端的に言えば、すべての人が、夢を追えるわけじゃない。気力があっても才能がない人もいる。才能があっても親の介護とかでできない人がいる・・・・・「世界的プロデューサー」という御輿に乗っかったままの小室のようなちょっと浮世離れした人じゃわからないかもしれないけど、それでもそれが「現実」であり、小室の語る詞の「真実」よりもずっと「リアル」だと、私は思う。だから、この詞が鼻につく。

 そういうものに対する視点がどうも欠けているように感じた。つまり、競争を勝ち抜いた者こそが正義という価値観。最近の流行りだし、もともとそういう人なら驚かない。けれど、小室の歌をずっと聴いてきている人間からすると、ちょっと「あれ?ヘンだな?」と思えた。その結末が、これだ。

 

 きっと小室の中で、落ちた人気とROJAMの失敗が重なって、自分の力でなんとかしよう、してやる、できるはず、と思ったんでしょうね。「がんばれば夢が叶う」と信じて。しかしそれが逆に働き、絶頂と転落のコントラストをよけいハッキリと作ってしまったのかもしれませんが。わかりやすく言うと手塚治虫の虫プロ?(わかりにくぅ)

 作家が経営しちゃダメなんですよね。商才がない作家は特に。夢を追うのは勝手だけど、経営するとそれは、自分だけの夢じゃなくなるから・・・・そこで自分の夢を曲げないでいると、こうなるということでしょうか。作品に対してお金ばかりかけて、回収できないから、借金だけがかさんでいく。採算性を考えないクリエイト。

 小室も手塚も、自身の作品が売れまくった、そして資金を集めた。そういう意味では、どんどん夢を叶えていこうと思うのかもしれません。普通の人なら貯金しますが、彼らは作家であり、新しいモノを追い求める、作っていこうとする。彼らに共通しているのは、自分の作品以外のものも、自分がプロデュースしようとした。そこに惜しみなく金をつぎ込んだ・・・・業界への貢献のつもりが、アダになる。

 一番の問題は、売れたから。売れたことで、自分の限界を超えることが出来るように思えてしまった。本来の自分の実力以上のことができる、他の人のためにもしよう、と思ってしまった。それが小室が生活レベルを落とせずにいた最大の理由で、それを支えたのが「夢を叶える」ことが正しいとする、幻想――。
 そう、幻想なのだろう。小室のその「夢の思想」が崩れることがあった。それは、ホリエモンの逮捕だ。HUMANRACEの後に出されたglobeのアルバムに、ホリエモンのことを歌った歌がある。

確かなもの 何もない今
私も 何もない今
もしかして共感できる破滅型かも
(中略)
get wild &tough, get chance & luck
そんなことを誰か歌っていた
get wild &tough, get chance & luck
そんなことを昔歌っていた
ほんとうのヒーロー
国民的な英雄の影
あなたに 私も
過剰なまでに期待をしていた  (Shine on you/globe)
 この歌詞から見えてくるのは、ホリエモンに哀れみながらも、自らを重ね合わせてるような視線だ。特にラストに出てくる、自身の、TM時代のヒット曲『Get Wild』を引っぱり出してきてまでホリエモンのことを語る部分は、ホリエモン的夢追い少年の生き方の「影の部分」を自らも持っていて、他人事のように感じられなかったのだろう。
 私はこの歌を聴いた当時(06年)、小室が「大人」としての目線で、似た性質を持つホリエモンのことに共感しながらも哀れんでいるような複雑な視線で見ているのかと思っていたが、同一化していたのかもしれない。自身の置かれてる状況も踏まえて、同じ道を踏みそうな予感をしていたのかもしれない。『Get Wild』な精神で生きる夢追い少年として。だからこそあえて、自分に向けてするように『Shine on you』と、光を当てたかったのではないのか、と今は思う。


 私は小室ファンですから、というか、ファンじゃなくても、小室が一般的な意味での「プロデューサー」としての資質に欠けていると思っている。だから、「小室プロデューサー」という言葉を聞いても、小室哲哉を想像できない。だって、本当のプロデューサーではないもの。だから、メディアが騒ぐ「小室プロデューサー」は、私にとっての小室哲哉の「一部」でしかない。
 たしかに、小室のプロデュースしたユニット・歌手は成功した。けれど、プロデューサーとしてというよりは、やはり、コンポーザー(作曲家ではなく)として、彼らの良さを引き出す仕事をしただけのように私は思う。わかりやすく言うと、作詞家である阿久悠が「放送作家」として、ピンクレディーの方向性を考えた作詞をしたりイベントを考えたりするのと同じようなものだと。

 それが悪いわけではない。むしろ、それならそれでいいと思うのだ。

 それを、新しもの好きの小室が「プロデューサー」というくくりにしてしまった。そうすることで、本来のプロデューサーの仕事を自分がしなければならなくなる。もちろん、向いてないからできない。ちょこちょこアイドルの曲を書く「プロデュース」では、プロデューサーとして仕事をしてるとは言えない。ベストアルバムを何回も出すのも商才がない証拠だ。
 そうなると誰かにまかせるのだろう。しかし、そうすることで、本来必要なはずの有能なプロデューサーの仕事が期待できなくなる。自分がいるから。ブランドネームと流行に合わせて売れてる時はそれに気づかない。

 その凋落が、ROJAMなのだろう。日本で売れた、そのことに安心して次はアジアだ、世界に挑戦していける・・・そう思ったのかもしれない。
 けれど、日本を離れることで、世界を見すぎたことで、結局日本の流行から外れてしまった。順序が逆なのかもしれないが、それでも、世界レベルの音楽ブームを見ていたのは確かだろう。なにせ彼は音楽オタクだ。
 けど、先ばっかり見て、足もとを見ていなかった。そう思う。それが足を引っぱることになる。商才があって成功したわけじゃないのに、商売を始めてしまったのだ。結果は火を見るより明らかだった。人気に頼った商売は、すぐに廃れるのだ。

 そんな中、どんなに苦しい時でも「夢を追う」小室を応援するKEIKOが「女神(globeの曲にある、ほぼプロポーズの歌)」になったのだろう。そして結婚。5億円の挙式は、小室なりの彼女への愛情表現だったのだろう。彼は、紛れもなくKEIKOを愛していた。アイドル好きの音楽オタクとしてでなく、弱いところもある音楽家・小室哲哉として、KEIKOを愛したのだろうと、私は思う(その件に関しての考察はこちら)。

 

 なのに。なぜこうなってしまったのだろう。

 おそらく、小室は「小室哲哉」じゃなく、「小室プロデューサー」であり続けようとしたからだろう。KEIKOをKCOとしてプロデュースしたのも、華原朋美が代表的だが「好きになった女をプロデュースする」今までの小室にはあることで、彼なりの愛情表現だったのだろうが、状況が悪すぎた。もう昔のような状況じゃない。「小室プロデュース」で売れる時代じゃないのだ。

 しかし、小室はそれをやめられなかった。KEIKOのことを思えば、歌を歌うのが「夢」であるKEIKOのことを思えば、小室は今までのやり方をするしかなかった。自分のやり方を変えることは出来なかった。自分が力になりたいと思えた。皮肉な話だ。

 当然のことながらセールスも期待できるはずもなく、しかし今までの生活もやめられない。小室の中で、ROJAMを中心とした「失敗」を、ちゃんと整理できていなかったのだろうと思う。「頑張ればきっとまた・・・・」そう思ったのだろう。KEIKOと結婚してより一層、そう思えたのだろう。この人とならと。
 だから、生活水準を落とせなかったのだろう。裸一貫で始める覚悟は生まれなかった。そして、未練があるからこそ、歌詞にもそれが出てしまう。つまり、うまくいかないのは「誰かが悪い」のだ。「夢のために頑張る自分」を奮い立たせるための歌なのだろう、HUMANRACEという歌は。そこには、バカにするであろう周りよりも自分を守ろうという意志があったのかもしれない。

 「頑張る自分」をバカにする人は友達じゃない・・・・そう思う小室哲哉に友達はいないのだろうか? いや、いる。本当の意味で、彼らは友達だという人が。

 今回のことを受けて、TM NETWORKを組んだ宇都宮隆、木根尚登が同じようなコメントを出している。どんなことがあろうと友達だと。刑が終わったらまた再び一緒に音楽をやろうと。

 ・・・・・あなたにはこんなことを言ってくれる友達がいるだろうか? 5億円の詐欺をした自分に対して、社会復帰した時を待ってると言ってくれる友達が。私は心底、TMファンでよかったと思ってる。これこそが、TMだろうと。これこそが「少年」のよさじゃないかと。

 「小室プロデューサー」になった小室は、そのことを忘れてしまっていたのだろう。音楽家としての原点としての自分。「小室哲哉」としての自分・・・・・歌が下手で、歌は高い歌の歌える宇都宮隆にまかせた自分。しんみりとしたバラードが書けないで木根尚登にまかせた自分・・・・・あの時の小室は「完璧な人間」ではなかった。

 TM NETWORKは、3人で、TM NETWORKだった。誰かが欠けてもTMじゃなかった。それは、ファンならみんな思ってることだろう。(ボーカルとか)一人だけ人気のバンドとは違うものが、TMにはあった。代役は、いない。いくら小室に人気があろうと、木根がいないTMはTMじゃないし、宇都宮が歌わないTMはTMじゃない(一部歌わない歌があるが)。

 そういうことを考えると、今回のことで、小室も「小室プロデューサー」という肩書きが取れ、一人の、音楽好きとしての「小室哲哉」に戻れたのだと、私は思う。

 だから私はショックではない。むしろ、よかったとさえ、思う。

 KEIKOとのことも、実家である老舗料亭に迷惑を掛けるからと事前に離婚したのは、彼の成長だと思う。罪を潔く認めたことも。それほどまでに人を愛せるようになった。ただ、だからこそ、KEIKOの前で「小室プロデューサー」でなく、「小室哲哉」を見せるべきだったのではないのか、そう思えてならない。その勇気を持てなかった。見せられる相手だったかもしれないのに、小室はKEIKOにとっての「先生」であり続けようとしてしまったように思う。

 だから今は、小室哲哉が(保釈金も払えないだろうから)塀の中で、流行だとか新しさだとか考えずに、人生の様々な面を知った一人の音楽家として、小室哲哉らしい歌を作ってくれることを切に願っている。

 その間、KEIKOが他のプロデューサーの手で「KCO」として稼げるようにもなってほしいとも思ってる。むしろ、そうしなければいけないと思う。「二人で手を取り合って頑張る」そんな夢を追うのは理想的だ。でも、それができることとできないことがあるはずだ。小室哲哉が一作曲家だけであったなら、こんなことはならなかっただろうから。今の小室に、KCOを輝かすことはできない。そう思う。

 しかし、TMで育った私は、そこから培ったポジティブマインドでこう思いたい。

 小室ならきっと、手塚治虫にとってのブラックジャックのような作品でまた復活してくれるだろうと。懲役10年だとしても、その時に60になっていたとしても、誰よりも新しく、誰よりも普遍的な、バブル期のような小室サウンドじゃなく、本当の意味での「日本を代表できる」小室サウンドを作り上げてくれると。そして、KEIKOに、本当に誰もが歌えるような、歌をプレゼントしてくれると。

ぼくのオアシスはもうすぐ
アフリカの空へ消えるけど
飢えた旅人の蜃気楼
ぼくは二度と見ないだろう
「別れることは怖くない」
君は涙みせずに言った
生きる為のルールだから
ほんの少し悲しいだけ
     (金曜日のライオン/TM NETWORKデビュー曲)


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