死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.12.27 23:29

 私の日記を最初の頃(もう9年ぐらいかな)から読んでいる友人と忘年会しましたよ。

 あれですよね、人っておもしろいですよね。自分ではすっかり忘れてるような自分のことを、覚えているんだから。

 やれ、旅日記はいつ書くんだとかはいつものことなんですが、ビリーズブートキャンプとかの話になり、「そういえば、一日一回ずつ回数を増やす試みはどうなった?」と言われたので、はて一体なんのことやらと思ったけれども、確かに私、昔、そんなこと言ってたわと思い出した。

ご存じのない方のために解説

2005年の年末に「来年の一月一日から、一日一回ずつ回数を増やす筋トレをしよう!そうすれば一年後には365回も出来るようになっている!・・・・ハズとして始めた企画。4月ごろにはほぼ挫折。
 決意その1その2その3

 ・・・とまぁ、こんな感じでいつものように挫折したわけで、そんなこともすっかり忘れていたが、あれから二年も経つというのに、本人はすっかり忘れていたというのに、見ている人の方が覚えているっておもしろいよね。まぁ、こういうことを考えること自体がおもしろいからおぼえていたんだろうけども。

 ネットで公開する日記ってのは、普通にパーソナルに書く日記と異なり、不特定多数の人が見ることを想定して文章を書くものだ。それはつまり、「日記を書くことでストレス解消になる」という部分をある程度抑えなければならないという時も出てくる。書いちゃいけないこととかもあるからね。

 だけど、そのかわりじゃないけれど、ただの日記であるはずなのに、普通に会話してたりすることのように相手が自分の「思った」ことをおぼえていてくれる、ということもまた発生する。つまりそれは、自分を客観的に見られる機会がより増えるということだろう。

 ネットの日記がなんの意味があるのか。

 ブログの浸透により、そんな議論も最近は成されないぐらい一般的なものになりつつあるが、やっぱりネット日記を書くってことは、「自分」という存在をわかってもらいたい、そういう想いがなきゃ、続かないものなのかもしれないし、それだけでも続かないものなんだろうと思う。難しいけれども。

 なんだろうね?

 とにかく、ネット日記で「しか」得られないものがある、それがあるからこそ人は、ネット日記を続けられるんだろう。そして私もそうして、そのうち10年なんていう大台に届きそうになってきた。ブログにしてからもすでに1000件の記事数を超えたし(笑)・・・そんな書いたんか。

 まぁ、そのためにはある程度理想ばっか追っていられないんだけどもね。旅日記書かなかったり。あまり自分に負担がないことも大事よね。そして、メリットもあるって感じないとね。バランスよね。

 某元野球監督は途中で挫折したけど。メリットがデメリットを下回った・・・ってことかな。日記はパーソナルなものだからこそなおさら、そういう選択をしがちなのかもね。

 「ファンサービス」だけじゃ絶対続かない。本当に、「ファンに感謝している」って人なら続けられる。今はたくさんの芸能人、スポーツ選手がブログや日記をしてるけど、いつまで続くことやら・・・という気もする。続きそうな人もいるし、続かなさそうな人もいる。ずっと続いてきている人もいる。そこを分けるのは、「自分の日記を見て『くれる』こと」をどう思うかってところだろうね。

 それは、普通の日記とは明らかに違うところだろうね。そこを間違えちゃうと、「俺の日記を『見せてやってる』のに」って気持ちになっちゃう。それじゃ、閉鎖するしかなくなるよね。日記を見せるのは自由だけど、見せるってことはつまり、人がどう感じるかに対してのある程度の責任が生まれるからね。物書きとしての礼儀みたいなものかな。まぁ、そんなん意識して書いてる人はいないから、結局人間的資質に行き着くんだろうけども。

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