死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

2009.01.18 23:59

 最近、気づいたんですけど、私、入れ込みすぎて疲れる(でも事態は好転しない)という悪循環をしてるわけじゃないですか?

 時にはあきらめも肝心ですよね。

 でも、その、あきらめのポイントが難しい。なにせほら、なかなかあきらめない人ですからね。っていうかあきらめろよって言うぐらいしつこいですから。

 まぁ、それで人にはできないことができることもあれば、身を滅ぼしてる所もあるわけで、このバランスをうまくとれるようにならないとちっとも成長しないんだわさ。

 そこで、私とは正反対の、あきらめの早い人に、一体どこであきらめる線を引くべきかと聞いてみた。まぁ、あきらめの早い人は一回目の途中で「もう、ムリ」とあきらめるってこともよくあるそうだが(汗)、それはそれでいかんこともあるだろうということで(つーか真似できるか!)、その中間点はどこかと考え合ったわけだ。

 それで出た結論が、「3回やってダメならあきらめる」というわかりやすい基準だ。

 3回!

 珍しく私も、3回じゃあまりにも少なくねーかと思わなかった。それはこの、3という数字に秘密があるからだろう。

 3回といえば、ことわざにも度々登場する。

 仏の顔も三度

 二度あることは三度ある

 三度目の正直

 石の上にも三年

 三顧の礼

 ・・・・・すばらしきかな3!

 もはやこのことわざ自体に「3度でケリをつけろ」という意味がバンバン感じられる。

 「仏の顔も三度」というのは、ブッダが知り合いの王様に道端で待ち伏せて「戦いをやめろ」とたしなめるのを3回しても聞く耳持たないことを悟ったからそれ以上言わなくなったという故事に由来しているし、「3度目の正直」なんてまんまだし、「石の上にも三年」というのは冷たい石の上にも三年座れば温かくなるだろう(確かめた人はいないだろうが)という意味だし、「三顧の礼」も三国志(これも3!)に登場する軍師諸葛孔明を迎え入れるために3度訪問したという故事から来ている。

 ああ、そうか、3って、キリのいい数字なのかもしれない。素数だし(え?)、学校とかも3年が基準だし、七五三だし(意味不明)、太陽はSUNだし(えー)、とにかくこの3という数字は、その曲線的なデザインも含めて、何か特別な意味があるような気がする。ちょっと延長すれば8になるし、その8を横にすると∞・・・・永遠に繋がる入口の意味があるのかもしれない。

 漢数字の三も、一、二、三と来たのに次からは四というまったく違う漢字になるし、ギリシャ数字のIIIも、おなじようにI、II、IIIと来て次からはIVと、まったく違う次元に突入する。次元と言えば、3次元までは実際に目で見て触れられる「現実的な」事象だし、そっから先の4次元だとか6次元だとかと、あまりにも色合いが違うものだと思われる。

 

 ああ、すばらしきかな3!

 そう考えると、3でケリをつけるってのはなかなか結構な発明じゃないか? むしろ、そうであるべきなのかもしれない。だからこそ、そういった3にまつわる故事が未だに残ってるし、それはどれも有名なものばかりだ。それだけ、一般市民レベルで使える、言わば「黄金律」なのかもしれない。

 そうそう、聞けば転職者の職歴を見るのに「3年」あるかないかで判断するというコトもあるらしいし、たしかに私の仕事の契約も3年だし、公務員なんか3年ごとに異動・昇級があったりするらしいし、期末と言えば3月だし、2割引は安いと思わないけど3割引きになると食指が動くし、毛利の矢も3本の矢だし・・・・とにかく世に溢れている3!

 そうだよねぇ、「三顧の礼」も、それ以上やったらきっと逆に礼を失したと思うんだよねぇ。どっかのマンガで「五顧の礼」なんてシーンがあったけど、それはただのストーカーで迷惑だからねぇ。断ってる気持ちも尊重しなきゃいけないからね。
 「三顧の礼」は、留守だったから3回目になっただけで、肝心の説得は3回目の訪問の時にしたんだしねぇ。正確には、1回目は来たことを告げる、2回目は想いを書き置きする、3回目は想いを言葉にして伝える・・・・ってことで、三顧の礼ってのは、そういう口説くためのステップバイステップの、ある種見本みたいなもんなんだよね。

 それを勘違いしてストーカーしても「礼」に欠けるってことだしね。うん、そうだね、3回メールして返事がなきゃ、脈なしなんだよ、合コンでカワイイコ見つけてもさ。そういうことだね。

 そうかぁ、そう考えると3って奥が深いなぁ。

 「三度目の正直」「石の上にも三年」ってのも、限度を示す意味だもんなぁ。

 よし、これからは3をキーワードに、頑張ってあきらめてみよう。ヘンな日本語だけど、それぐらいしないとあきらめないからなぁ・・・・

 1,2,,でアホにならずに、賢くなる。

 いや、

 1,2,,でアホになればいいのか?

 そうすりゃそこであきらめられるもんね。
 「俺ってアホじゃん?だからこれ以上はムリなんだよ」そういう謙虚さも必要なのかもしれない。自分にできる限度を決めておかないと、そのムリがどっかに来るハズだから。

 むしろ、それまでの3回を誰かが見てくれたりすればきっと、事態も好転するってことも、人生にはあるんじゃないか? でなければ3がこんなに素晴らしいわけがない!と思ったりする。

 3は三角の3。それは、永遠に繋がる1ピースなのだ。

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