死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2009.05.08 23:28

 疲れた・・・・

 今日も昨日に引き続き、病み上がりなのに、ノンストップ・ワーカーとなった私。誰からそれを強要されることもなく、自ら進んで動くその様は尊敬に値する・・・と言いたいところだが、帰ってきて「またやっちまった・・・」と後悔するなら意味がない。

 真剣に働くのは、後悔しないためでもあるが、やはりやりすぎはいけない。やりすぎると、体をこわすから。ついそうだったばっかなのに、これだ。

 それが(毎度のごとく)後悔の対象になるわけだが、そう考えると、後悔しない生き方をするというのはやっぱり難しいものだなと思うと同時に、「いわゆる雰囲気」で作られた価値観よりも、自分が構築してきた価値観を信じなきゃいけないのかもしれないな、と思ったりもする。

 たとえば、「寝る間も惜しんで努力しなきゃ成功しない」というよくある雰囲気による価値観をそのまま鵜呑みにしてしまうと、高校で肩を壊してプロなんて夢のまた夢の野球選手ができてしまう。

 大事なのは、バランス感覚なのだ。

 理想は理想として、現実は現実として、その「意味」と「価値」を、理解しているという程度ではなく、斟酌しなければならないということだろう。

 考えてみれば、「こうすればいい」というやり方をそのまま鵜呑みにしてうまくいくなら、エリートの腐敗など起こらないはずだし、みんながもっと、「学校の勉強は役に立つ」と熱心に勉強するハズだ。だが、現実はそうじゃない。

 そういう意味で私は、自身の成功への欲求がさせる努力に、理想を込めすぎていることが多いのかもしれない。だから、現実として、体がついていかなかったりするようになる。そしてそれを、毎回後悔するようになる。

 世間で謳われていることや、他人の話は、あくまでも自分とは別の他人のストーリーなのだ。見知らぬ他人の、すべてを見せない他人の、公衆を意識した他人の、まったく別の人間である他人の、オリジナル・ストーリーなのだ。その真似をしたところで、結果が伴わないのは当然であるといえよう。

 しかし、逆に言えば、そういうことを「発見できる」ということは、それはそれとして「失敗」として受け入れ、そういうモノにふりまわされながら私が得たことなのだろう。

 いわゆる遠回りをしたということだが、そこから見出せるのは、自分にできないことよりも、自分にできるやり方を見つける方が何倍も自分のためになるということだ。つまり、自分の道は自分で切り拓くしかないってことだね。

 言葉にすると簡単だけど、それを「現実的に」実行するのって、ホント難しい。まぁ、無理矢理実行して他人をそれに合わせさせる、なんて人もいるけど、そうはなりたくないもんだ。

 

 あと、もっと言うと、この「疲れ」は、私自身がこの仕事に対しての「プロ意識」が足りないということなのだろう。それはわかってることだけに、後悔するんだよね。自分の「仕事」ではないなと思っている自分がいるからこそなおさら。仕事はそうしてるのに、気持ちはそうじゃない。だから、疲れる。

 ま、そこまで深く考えないもんだろうけどね、普通は。

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