死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

2009.09.17 00:13

 人生は修行だ。

 そう思えば、人生はとっても楽になる。

 なんの修行?

 死後の世界で生きていくための。

 ・・・・・というと途方もない話といえば途方もない話だが、とっても宗教的な考え方といえばそうかもしれない。

 そういうことを考えると、現代って、本当に「葬式仏教」になってるんだなぁとも思ったりもする。宗教がきわめて現世的になっているとでも言おうか。

 だからこそ、「結果」ばかりの価値観に人は身を委ね、そして、「数字」という「結果」にとらわれてコントロールできると思った人間が、今の社会の「ご迷惑」を生み出した、というところだろうか?

 さて、それはさておき、別に私は宗教に入れとかなんとかを言いたいワケじゃないんです。簡単なことなんです、死んだ後の世界が「もし」あったとした場合、生き方・死に様によって、その世界での立場ってずいぶん変わるんじゃないかと。

 だってほら、人間が生まれたということは、命を誰かから「与えられた」ということであり、それを粗末にしたりして、あの世に行くとするでしょう? もしそういった姿を、「与えてくれた」人――まぁ、神になると思うが――が見ていたらどうよ?

 「てめぇ、この野郎、せっかくあげたものを無駄にしやがって!」

 ・・・・って思わないだろうか? なぬ? 神様はやさしいからそんなこと思わない? う~ん・・・・・でもそれじゃ、いったい神様は何が楽しくて人に命を与えているんだろうかね?

 こういうのは、リアリティがないということもできるんだけど、でも現実、我々も実生活の中で、こういうことをしていたりすることをご存じだろうか?

 たとえば、マンガでもなんでもいいけど、ある「お話」があるとしよう。その中の「主人公」が、「あーもう、めんどくさいからここらで人生終わらすか」と言って自殺したりなんかしたらどう思います? 「ちょっと待てよ!」って言いたくなりませんかね? とくにまだお話の途中だったりした場合。「そりゃお前の運命に逆らってんじゃないかと」

 ・・・・というようなことが、今の我々にも言えるんじゃないかとふと思ったわけだ。つまり、我々はそれぞれ、何かの物語の主人公なのだ。我々が漫画を読みながら「お前がここで死んじゃあかんだろ」と思うように、神様とかあの世で見ている人たちはも「お前はここで死んじゃあかんだろ」と思うんじゃないかな。

 我々の人生は、人間の想像をはるかに超える「神」が創り出した物語のひとつでしかないんじゃないかと考えたらどうだろう? 『ハリー・ポッター』のハリーにしてもだね、まさか自分が小説家によって命を吹き込まれているなんて、当の本人は思いもしない。そういうのと同じ感覚なんじゃないかと。そして、ハリーが、魔法使いにならないなんてお話を、いったい誰が喜んで読むのか?
 ・・・ハリーポッター見たことのない人間が言ってもいけないが

 

 「物語」というものはの中に書かれているのは、主人公の運命的なものである。だとするならば、我々も同じように、運命的なものにしたがわないと、漫画を読んでゴミ箱に捨てたくなったり映画見てくだらないと言われたりするような人生を送るのではないかと。

 だって、『ワンピース』の終わりがだね、「旅の途中だけどもう飽きたからやめた!」って終わり方だったらみんなキレるでしょ? お前はなんのために今までやってきたんだって。

 それと同じことが、我々の人生の中にも言えるんじゃないかと、ふと思った。我々は、神様が描く物語の、主人公なのだ。

 そして、その中で「ちゃんと」、読者である神様が納得するような生き方をすれば「続編」とか、「スピンオフ」とか、色んな読者に読まれる機会もあるだろうが、人生を途中で投げだしたり、見てても面白くない物語なら、その物語が終わった後、ポイッと捨てられてもしかたないのではないのか?

 ・・・・な~んて思ったから、そうならないように、「今」は、ハッピーエンドのエンディングおよびその後のための「修行」だと思えば、人生もずいぶん楽になるんじゃないかな、と思ったりね。

 あ~眠くて自分でなに書いてるかもわかんね。うん? これじゃ神様にポイってされちゃうかね? 気をつけないとね。

web拍手 by FC2












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://tkiyoto.blog6.fc2.com/tb.php/1278-177c8b3e