死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2009.10.28 23:46

 先日、『深イイ話』で、大関・日馬富士が、「衣食が足りたらあとは人のために尽くしなさい」という、亡くなったお父さんの言葉を実践して、病院の子供たちの援助をしているとかいう話が出ていた。そのエピソードを聞いて、ある「ことわざ」を思い出した。

「衣食足りて礼節を知る(栄辱を知る)」

 日馬富士はご存じのない方もおられるかもしれないがモンゴル人である。当然そのお父さんもモンゴル人で、でも、その人が、われわれにも馴染みのあることわざと同じようなことを言ったわけだ。まぁ、ことわざのたいがいは中国から来てるので、モンゴルに行っていてもおかしくはないからあれなのだけれど、たしかになぁ、と思ったのだ。

 昨今ではこんなのは「死語」だとされるかもしれないが、だが逆説的に考えて、衣食足りたのに礼節が生まれないとするならば、まだまだ人の欲求は満たされない、ということかもしれない。衣食が足りてるのに、まだ、もっと、ハケンなんて死ねばいい・・・・なんて言葉もあったり。

 

 「足を知る/足(た)るを知る」という言葉がある。

 あれもこれもとほしがったらキリがないので、わきまえるのも大事なことだぞ、という意味である。つまり、人間は、自分で「足りた」「満足した」と思わない限り、納得しない限り、「足りる」という精神状態にならないのである。

 あれもほしい、これもしたい、もっともっと・・・・・そう思うのが成長のエネルギーとされてきたけれども、あくなき成長が絶対正であるという「押しつけ」がまかり通ることもある。実際、中身はなにも成長していないのに、表面的な成長だけを見て、成功した!と思ったり。だからこそ、今までガマンしてきたことをやらせろ!的に思うこともあるだろう。

 しかし、そういう人に限って、自分自身に満足はしていないものだ。もっと、もっと・・・・と何かを欲しがっている。特に、金や物でそれを満たそうとしたり、地位や名誉に走ることもあるだろう。

 私は天国と地獄を信じているわけでもないが、死んでしまったら、金や物や地位や名誉など、何も残らない。残ると思っている人はおめでたい。残らないと思っているからこそ、自分の墓にかけられるだけ金をかけるのかもしれない。自分が死んだら子供たちが金を奪いあうことを知っているから。

 人はいつ死ぬかわからないものだ。

 だからこそ、その時その時で、分をわきまえた行動をすることを、忘れてはならない。

 「成功して立派になりたい」

 そう思ってる最中に、人は死ぬこともある。そして「成功」に目が行きすぎて、ダーティーな生活をしていることすらある。そんな時に死ぬことだって、あるのだ。その場合、その人の評価はどうなるだろうか? 「日本を救うと言ってたけれど、単なるチンピラだった」なんてこともあるだろう。

 だから、どんな時でも、礼節を忘れてはいけないのだろう。

 

 だけど、「衣食足りて礼節を知る」という言葉があるということは、生きることさえままならなかったからこそ、生まれたのだろう。そんな時人は、礼節なんて二の次になるから。それはそれで、ある部分仕方がないことなのだ。生きていくことが優先されるのは、ごく自然なことである。

 「昔は良かった」とかいう言葉も、衣食が足りていたからだ。けっして、おなかが一杯になることが「足る」ことではなく、みんながそれで楽しく暮らせているからこそ、多少お腹が空いてもその現状に対して「足る」状態だったのだろう。

 戦後直後などは、そんな綺麗事はなかったはずだ。親を亡くした子供たちが、何も満足を得られないから盗みをはたらいたように。その時は、「足る」とは言えない。江戸時代の飢饉を見ても「江戸時代は良かった」と、本気で言えるだろうか?

 そして現代も、コンビニに行けば「これを買おう」と勧める雑誌が並ぶ・・・・「まだ足らんだろ?」とでも言わんばかりに。

 「昭和」に対してどこかホッとするのはきっと、今から見たら貧乏に違いないが、そこで「衣食」が「足りて」いたからだろう。無地のタンクトップを着ていた小学生たちがたくさんいたように。みんなが貧乏ならば、それでも笑って暮らせるならば、満足できたから。

 自分の周りを見て、今現状に「足らない」ものはどれぐらいあるだろうか?

 そして、その「足らないもの」について思い悩むことが、一体どれぐらいあるだろう? 「足を知る」というのも、楽に生きるための一つの知恵なのかもしれない。そして、「足りた」ということを実感したら、他者に目を向けるやさしさをもってもいいんじゃないだろうか? ・・・なんて、言ってる自分はどうなんだろうね?

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