死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.03.01 22:58

 さて、今年に入ってから、何回遅刻したかな。

 「お前仕事ナメてんのか!?あぁん?」

 と職場で言われることはないのは不思議なことだが・・・・・いや、言われないように、してるんだよね。相手が言いたくても、「これだけしてもらってるから許そう」と思う環境をつくっていたりするから。

 

 私は、空気を読むことができるのか、人の心が読めるのかなんだかよくわからないが、どこをどうしたら相手がこう出るだろうなというのが、いつもではないが、大体コントロールできる。まぁ、ようするに、怒られそうだな~という空気を感じたら、先に手助けをしたり、場合によっては土下座するなどして、それ以上怒られないように先手を打っておく、的なね。ズルいから。

 これはもちろんたとえ話だけど、どうやったら自分が悪い立場にならないかを、よく理解している「オトナ」なんだと思う。昔から。

 それはひとえに、弱々しい、臆病な自分が身につけたひとつの処世術なんだろうけど、いざ大人になってみると、いや、子供の頃から、その「能力」は、イヤなものでしかないようにも思うことも多い。やっぱり、卑怯で、男らしくないし、人としてイヤな部分だと思うから。

 とはいえ、これぐらい歳を取ってくると、そういうことも受け入れなきゃならないし、利用できるもんなら利用するべきだというポジティブな考えも大事になってくる。「三つ子の魂百まで」で、完全なる人間になれはしないのだから。

 だからといって、そのままにしておいていいということはないんだろう。ではどうしたら?

 

 遅刻をするのは、基本的に、自分のペースで生きているから、というのが一番大きな理由だろう。どんな理由があれ、自分が優先される・・・・そんな小皇帝のような部分がある。

 かたや、他人のペースに合わせる八方美人の人なんかは、「遅刻なんてもってのほか」と思うわけで、私もさんざん兄のことを小馬鹿にしてきたけれども、八方美人な兄は、学校をサボることはあっても寝坊も、遅刻をしなかったことを考えると、私のこういうところは、やっぱ悪いところだとは思う。

 「どうして遅刻するんだ、わからん」とよく言われるが、普段おちゃらけてるのにちゃんと起きられるアンタの方が俺は不思議だ。でもきっと、それはそれで、八方美人なりの心配りがそれを支えているのだろう。自分より、他人。そういう発想が、私の仕事にはないなぁと思ったり。

 だからといってそんな性格は簡単には治らないもので、そんなことを言ってると「言い訳するな!」という声が聞こえてきそうだけれども・・・・とりあえずここで、なぜ、遅刻をするのか、とりあえず性格的なことをのぞいて、もうちょっと具体的に考えてみた。

 

 おそらくだが、仕事始めのころの緊張感があるときは遅刻をしないので、基本的に、「慣れ」によって「甘え」の気持ちが出てきてしまうというのが大きいだろう。緊張感が長続きしない、つまり、仕事に対する情熱とか意識が低いのだ。

 自分的には、真面目に仕事をやってるつもりなのだが、それと情熱はまったく別問題。仕事への情熱がなくても、いい仕事はできる。相手がいい仕事だと思えば、それはいい仕事になるからだ

 ただ、それだからこそ、情熱が湧かないのだろうと思う。つまり、飽きてしまっている証拠なのかもしれない。そこでいい仕事をしようが、人がどれだけ褒めようが、必要とされようが、そこで仕事を「したい」と思えない状況なのだろう、きっと。

 長続きして仕事をすれば当然、プロ意識も働く。文字通り、「事」に「仕える」ということだ。だからこそ、それが何事よりも最優先される。しかし、私にはこの意識が確実に如実に欠けていると、自分でも思う。

 飽きっぽいからというよりもきっと、前回も言ったように、「これが本業ではない」という意識が、どこかにあるからだろう。これがダメでも死にはしない、という気持ち。つまり、仕事に対する「覚悟」がない。

 でも、そんな人間が、書くことを「本業だ」と言っても、それに集中できないのも、当然なのかもしれない。人生に対する、覚悟がないのだから

 

 私は確かに、周りをコントロールできる。だが、あくまでもそれは、自分を中心とした周りでしかない。それはもちろん、自分が望むような状況や環境をつくるためだから当たり前といえば当たり前なのだが。

 しかしそれは同時に、仕事の「限界」を表わしていることでもある。自分のコントロールの範囲内でする仕事なんて、自分の価値観がベースだし、自分一人の力なので、仕事の刺激もなければ、拡がりもない。当然、モチベーションが上がるわけもない。
 また、そんな仕事は、決して「魂のこもった仕事」ではないだろう・・・・と、めちゃイケの『プロフェッショナル~仕事の流儀』のパクリを見て思った。覚悟がないから、技巧にしか走れない自分。

 そういうことに対するフラストレーションがあるからこそ、転職しよう、次は正社員で真剣に取り組もう、と思ったのもあるかもしれない。今まで気づいてなかったけど、きっと、自分の中で「このままでは何も変わらない」と思っていたのもあるのかもしれない。

 なぜ書くことに集中できないのか? その答えも、そこにあるような気がする。

 とはいえ、そんな「自分探し」とか「職業訓練」みたいなことは、転職でやられても迷惑なんだけど・・・・と採用する側は思うだろう。それなら今やれよと。それはそうだ。私でもそう言うだろう。
 どれだけ有能だろうと、そんなんよりも、一緒に楽しく、そして、一緒にやるからこそできる仕事を、採用する側の会社だってしたいわけだ。

 

 でも、「仕事の覚悟」ってどうやって生まれるんでしょうかね? それが今の私には見えないんですよね。

 一番簡単なのは、所帯を持つことだって言うのが、男社会の常識ですけど、それとは別で、考えなきゃなって思ったりします。でないと、所帯を持てないからね。自分の人生のビジョンが見えないから。

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