死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.04.18 16:59

 全米が泣いた!

 ・・・・・わけではないんですけど、思わず、そう思った、決して全米では公開されないであろう、日本の民放が作ったドキュメンタリーシリーズ『泣きながら生きて』の最終章を観ました。なにで? 録画しておいたやつで(汗)!

 録画情報によると、2006年11月3日の文化の日に放送されたようで、もう、3年半も前のものを、いまだに観ていなかった、というわけだ。いやはや、おそろしい。

 しかし、そんな古いものにもかかわらず、劇場で今も公開されているそうな。たしかに、その理由もうなずける内容でしたもんね。まさに、全米が泣いた。

 はじめ、(たぶん)有名な「小さな留学生」からシリーズの紹介が始まり、自殺者の数が交通志望事故死の5倍もいるという話が始まる。

 てっきり、自殺がらみの暗いドキュメンタリーと思ったが、内容はまったく違った。お涙頂戴物ともまた違った。悲惨な目にあって泣いてるものを想像していたが、これがまたもう、違った。(以下、ネタバレあり)

 詳しい話は割愛するが、要約すると

  • 主人公は、中国から日本にやってきた丁尚彪(ていしょうひょう)さん
  • 中国では、文革の時の「下放」という徴農制度により、都会から農村へ移住したが、雨水を飲むような貧しい生活。しかも無学歴。
  • 35歳の時に、日本に夢を託し、日本語学校に通うために、夫婦15年分の給料に相当する入学金のために借金し、妻と子供を残し日本へ
  • しかし、その日本語学校がなんと北海道の阿寒町という元・炭坑の町。
  • 町は過疎化対策のために移住を受け入れようとしたのだが、冬は当然寒いし、そもそも元から仕事もない
  • 日本語を勉強しながら働いて借金を返す、という希望はなくなり、卒業せず脱出
  • 日本語もままならぬまま東京で家族に仕送りをする生活が始まる。

 ・・・・という丁さんという男性と、その家族の物語がこのドキュメントのテーマ。しかも、日本語学校を脱出したがために、「不法滞在者」になってしまい、借金を返すには強制送還されるわけにもいかない・・・・ということで、中国に帰らず仕送りをし続ける生活が始まる。奥さんには「女がいるからだろう」と疑われたりしながら。

 まぁ、日本に来る外国人としては、よくある話といえばよくある話なのかもしれないが、このドキュメンタリーの何がすごいって、15年を追いかけてること。それと、この丁さんの生き様だよね。

 当然、15年もあれば子供も成長するもので、別れたときは小学生だった娘が大学受験を控えているようになる。
 父親である丁さんは稼いだお金はすべて妻に送り、自分は掛け持ちの仕事をしながら風呂なしボロアパートで生活。母親は母親で、自分で稼いだお金はすべて娘に使い、仕送りのお金はすべて貯金。その貯金は、娘の留学費用に充てる・・・・とまぁ、両親の想いをひしひしと受けた娘は、教育熱の高い上海の進学校に通い、ニューヨーク州立大学に見事合格したわけだが・・・・・

 話はこれで終わらない。

 裕福でない中国人がアメリカで生活すること自体大変なのに、しかも学部は医学部。母親は勤めを辞めるわけでもなく働き続け、父親は仕事を、2つから3つの掛け持ちにする。少しでも足しになれば・・・・と思って。そこで発した言葉には頭が下がる。

3つの仕事があることは有難い。
「3つの仕事があることは有難い。疲れるなんて言ってられません」

 政府の実験的色合いの強い政策「下放」によって、まったく仕事も、そして希望もなかった生活を送ってきた丁さん。希望を託してやってきた日本でも、日本の大学に入るという夢は叶えられないと気づいた丁さん。そんな丁さんにとって、娘が、医師になるために海外留学することは、自分の夢以上の価値があることなのだろう。

 丁さんは、歯がほとんど抜け落ちるような生活をしておきながら、終電後の線路を歩いて帰るような生活をしておきながら、銭湯に行く時間に帰って来られずにビニール袋の風呂に入るような生活をしておきながら、それを「苦労」とか「辛いこと」とは表現しない。むしろ、そこに「誇り」すら感じさせる。

「私の役割は、全力をかけて
皿を洗い、建築現場や工場で働き、清掃作業を行い
自分の力で、家族の運命を切り拓いていくことです
一生懸命に仕事をする……
一生懸命に子供を育てる……
私は、胸を張れるような人間になりたいのです」(丁尚彪)

 そんな父親と8年ぶりの再会を果たすのが、NYに向かうトランジットで1日だけ東京にいられる娘。

 おそらくずっと働きづめで迎えに行く時間もないのだろう。日暮里駅のホームで待ち合わせ、父の元職場に案内され食事をし、家へと向かう。お互い辛いそぶりは見せることもなく、翌日の空港までの列車に同乗。しかし、「不法滞在者」となっている丁さんは、入館チェックのある成田空港駅で降りることはできないので、手前の成田駅での別れになる。ここが切ない。

 列車を降り、涙に濡れる二人。しかし、窓越しに号泣する娘を見て、丁さんは泣くのを必死に堪える。

涙を堪える丁さん

 その姿は、まぎれもなく「父親」で、それを可能たらしめているのもきっと、今までしてきたと思われる相当な「苦労」を父親の責任として甘受し、自分にできる限りの最大限のことで、家族に尽くしてきたからだろう。
 事実、娘は、無学の父親の子であっても、NYに、医者の卵として行けるのだ。その自負心はきっと、今の日本人には持てない自負心なんだと思う。あとそれと、今まで一緒にいられなかった分、なおさら父親らしくすることが大事だと思っているのだろう。

「国家の代表者には、
国を良くしていく責任があるように
私には、親として、子供を育てる責任があります。
この責任を果たすため、一生懸命に
親は生きなければなりません。
人には、命を懸けて頑張る精神が要るのだと思います。」(丁尚彪)

 そんな、親の期待を一心に受けて育った娘は、成田空港のロビーにて親への気持ちを素直に語る。

「私のために、親がそこまで犠牲を払うべきではないと思ってる」

 しかし彼女も、NYという異国で自立し、「産婦人科医」という道が拓けたことで、考え方をもう一歩進めて、親に報いるのは、立派な人間になることだと気づく。丁さんは、離れていても、たとえ日本に家族を迎え入れることができなくても、立派に父親としての勤めを果たしたわけだ。

諦めないのは両親がいるから
両親の背負っても、潰れない。諦めない。
それは、その期待が、本当の愛だと知っているから。


 

 娘がNYに在学中、母親はお金を貯めてNYに行こうと思い、ビザの申請をする。しかし、降りたのは12回目。なんと、娘がNYに行ってから5年も経った時だった。

 その時も母親は、東京経由で最大限トランジットの取れる便を選び、72時間滞在することにした。13年ぶりに逢う夫のために・・・・

 夫である丁さんは、妻を待つ駅のホームで、はとバスのパンフレットを見ながら、明日の東京観光のプランを考える。おそらく、丁さんに休みはないからだろう。ほんのわずかな時間をも、家族に費やしてきた。その、象徴的なシーンだ。
 そして、プラットフォームに電車が来た瞬間、丁さんはハッと顔を上げる。13年逢っていない妻を、探すために。

 うるんだ瞳で妻を見つけ、駆け寄る二人。13年離ればなれだった二人はきっと、「こんなセックスしてみたい」とのんきなことを雑誌で言ってる日本人には耐えられないような長い時間だったに違いない。
 中国でだって、貧しくて辛い生活だった。それなのに日本と中国で離ればなれの13年。その間、電話はあったけど、逢ったことは一度もない。逢えば、つまり中国に帰れば、自分は幸せかもしれない。でも、娘は? そう考えると、帰らずに、ひたすら働く、この選択肢以外あり得ないのではないか?

うれしそうな丁さん
「家族」とやっと逢えた。いつも疲れはてて寝ながら乗る列車が、喜びに満ちあふれた空間になる。

 妻は、夫を見て、歯も抜け、髪も後退し、ずいぶん老けた夫を見て、疑っていた自分を恥じる気持ちもあったのだろう。東京観光の翌日の、成田に向かう列車の中では、涙を堪える夫の横で、妻も必死に別れのさみしさを堪えていた。

涙を堪える丁さん 
あと少ししか一緒にいられないのに、
あと少ししか一緒にいられないだけに、
言葉が出ず、丁さんも涙を堪える。

 成田駅、娘を見送ったときと同じように窓の向こうに立ち、妻を見る丁さん。しかし、妻は、発車間際に手を挙げることでしか別れの挨拶ができなかった。子供がいたから気にせずやってこられた自分はいいが、きっと夫は相当な苦労をしたに違いない、それこそ「泣きながら生きて」来たんではないかと感じとったのだろう。涙を見せるわけにはいかないのだ。

 あっという間の時が過ぎ、電車は無情にも二人の距離を遠ざける。夫はホームの柱に寄りかかり、妻は号泣するしかなかった。

 夫は夫で、寂しさもあるけれどもそれ以上に、「自分のせいで」苦労をかけたことを申し訳ないという気持ちから、妻の前で泣かないようにしていたのも大きいだろう。


「私たちは、「下放」されたときから
一緒に歩いてきました
特殊な時代の中で、結婚して……
布団一枚のほか、
持ち物は何もなかった
でも 彼女は、文句一つ言わずに……
ついてきてくれて
彼女のために、何一つ
してあげられなかった」

「妻には、とても苦労させてしまった。
20数年間 夫婦なのに、その半分は
一緒に居てやれませんでした。
妻は一生懸命、私についてきてくれて
本当に申し訳なく、胸が痛みます。」(丁尚彪)

 貧しい農村で知りあい、学歴もない自分についてきたばかりに、借金をして日本に行き、迎え入れるどころか帰ることもかなわず、ちっとも楽にさせてやれない不甲斐ない自分・・・そう考えているからこそ、誰かのせいにはせず、弱音や泣き言など言わず、働き続け、それを自分の「希望」の為だと胸を張る丁さん。

 そこにはきっと、この映像には出てこないであろう、数々の涙があったに違いない。異国の地で、妻のいない13年・・・・申し訳ないという「贖罪」の気持ちと、「希望」が二人をつないでいたんだろう。娘という希望が。

 

 その娘も病院勤務のかたわら大学を卒業し、医師になれることになり、日本での役目を終えた丁さんは、妻の待つ上海へ帰国することに。

 帰国の途にあたって、丁さんは日本への感謝を告げる。

日本人の皆さんは、みんな頑張っている
自分の国を発展させる為に、とても頑張っています。
日本へ来た 私たち中国人は、
この日本人の精神から学ぶことが重要です。

 日本人からしたら、あなたにこそ教えられたんだよと言いたくもなるが、丁さんに言わせるとそうではなく、日本にいたからこそ頑張れたのだということなのだろう。たしかに、それまでの人生ではできないことが、できた。娘は海外に留学、妻と一緒に東京見物・・・・中国の貧しい農村にいたころは考えられなかったことだ。
 それは、勉強もして来られなかった自分が、日本という国で、日本文化の中で働いてきたことで可能たらしめたのだと、丁さんは感じたのだろう。

 丁さんは不法滞在者なので、中国への帰国はつまり、二度と日本へ戻れないことを意味する。それにあたって、「日本での旅の始まり」の場所、阿寒町へと足を運ぶ。豊かな大自然と、懐かしの寮、廃れてしまった学校・・・・丁さんは、学校を辞めてしまったことを「阿寒の人に申し訳なかった」と語り、学校に向かって何度も礼をします。

 この姿は確かに、我々が忘れてしまってる日本人の魂そのもので、丁さんが日本で身につけた、人としての強さの象徴なのだろう。単に「意志の強い中国人」だけではなく、日本に来て、日本に触れて、その中で必死にもがいて、生きぬき、さらに自分だけではなく家族のために「一生懸命」頑張った――それが日本で身につけたメンタリティだと、丁さんは身を持って感じたのだろう。

「15年前、ここへ来たとき、
人生は、哀しいものだと思った。
人間は、弱いものだと思った――
しかし、人生は、捨てたものじゃない。」(丁尚彪)

 

 この、タイトルにもある「泣きながら生きて」っていうのは、辛いこともあって人は生きていくんだよ、という意味ではなくて、泣くこともある人生をどう生きるかってメッセージなんじゃないかな? もっとわかりやすく言えば、何のために泣ける人生を送るか、という。

 それが、冒頭の、「自殺者が交通死亡事故の5倍」というナレーションにかかってくるんだろうし、プロデューサー横山隆晴氏のインタビューの中での言葉とも関わってくるんだろう。

そして、私たち制作スタッフが、制作する上で密かに交わしている合言葉は …「 全国から、自殺者を 10 人減らすこと 」。

 以前、「死んだ方がいい」についての考察という記事を書いてなかなか評判だけれども、このドキュメンタリーを見てると、生きるのに大事なのは涙を流さないことじゃなくて、死にたくなることじゃなくて、希望を見続けることなんだなって改めて感じましたよ。そういう、「死ぬしかない」と思ってる人たちにも、是非、見てもらいたいですね。

 DVD化されてないし、YouTubeとかでも出回ってないんですけど、映画として各地で公開されているらしいので、チェックして見に行くのもオススメですよ。

(参考)

⇒映画版公式サイト(予告編、上映情報あり)
⇒フジテレビによる公式サイト
⇒各地で上映するために頑張ってる大学生のブログ(上映情報あり)
⇒Wikipedia「泣きながら生きて」(年表が載ってます)

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生きるのに
挫けそうです

守るモノがないから

2011.09.18 22:03 URL | 名前をください #- [ 編集 ]

えっ! 大丈夫ですか?

守るモノなんて、そうそう生まれないんじゃないでしょうか?

ムリして作るモノでもないですし・・・
とにかく、自分の身を守るだけでもいいんじゃないですかね。

自分の身を守れてこそ、他人を守れるんだと思いますしね、たぶん。
自分の身というか、存在価値、魂、みたいな?

この丁さんも、家族という存在が「ある」からこそ、
自分の存在価値を守れて、強くいられるんじゃないですかね?


そういう「特別」な存在と出逢うかどうかとも言われますけど、
それを待ってるより、「不特定」にアクションしていった中のものが、
「特別」になっていくんじゃないかな、と私は思います。

もちろんそれは、「数うちゃ当たる」ってもんでもなく、ですが。

裸になって、自分一人で生きてみて、
イヤでもやってくる自分一人で闘わなきゃいけない状況で、

恥をかいても、
泥だらけになっても、
ガムシャラになってやっていく中で、
自分自身の存在価値を自分で作ってこそ、見つかっていくものなんじゃないでしょうか?

だから、気づいたら、そういう「守るモノ」ができてたって人もいるんじゃないのかなぁ~と思います。

2011.09.20 23:13 URL | tkiyoto #- [ 編集 ]













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