死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.05.04 23:33

 もうすぐGWも終わりですね。なんつーか、暑い! 春は?

 それよりも今日は、いわゆるひとつの「美文字」トレーニングとばかりに、ペン習字の本を買って練習していましたよ。やっぱほら、履歴書はきれいな手書きで書かないとね・・・・って気づくの遅っ。

 今更やったところで手遅れじゃねーかというウワサもちらほらどころがほとんどの人から言われそうだけれども、それでも! やらないよりやった方がいいじゃないかと。

 実は私、字が汚くて、まぁ、常識の範囲ていどの汚さなので読めないことないんですけど、さすがにメモのようにスピードをあげて書くときはもう、ひどいもんで。自分で後で読み返してわからないということもあるんですよね。

 まぁそれは個人的な事情でどうでもいいことなんですが、やっぱり、私もいい歳なんで、きれいな字を書けるようになりたいなと。いや、書かなきゃいけないと、その他一般の方々と同じように思った、と。

 ホントは、仕事決まったら・・・って考えていたわけですよ。特に、お客さんに手書き文字を見せることの多い仕事になったら間違いなく必須だからやろうと。

 だがしかし、んなこと言ってるうちにあれよあれよと時が過ぎ、字が汚いまま履歴書を書き続ける日々・・・・・というかなんというか、美しくないな、わたしの履歴書は。履歴書はまだいいけど、封筒がもう、ひどい。なんせ、「ここに書きなさい」とガイドがあるわけじゃないんだから 。

 字がうまい人とヘタな人の決定的なちがいは、何もないところに字がきれいに書けるか書けないかということだろう。これは字に限ったことではないが、ガイドラインが必要ということはつまり、マスターしていない、ということなのだろう。

 つまり、「字がきれいな人」というのは、「『字の書き方』をマスターしている人」のことを言うわけだ。そして、私は、その、「字の書き方」をマスターしていない。だから、修練が必要。でも、それはいつやるというのか?

 あま~く考えていたから、仕事が決まってから、仕事にあわせて字を習おう・・・・なんて考えていたが、冷静に考えれば、それは無理な話だ。新しい仕事にチャレンジするということは、そんな余裕などあるわけがないのだ。

 履歴書審査で落とされ、理由はそれだけではないのはもちろんだろうが、個人的には「丁寧に」書いているつもりの履歴書にも、もっと力を入れねばと思い、ハローワークの相談所で教えてもらった履歴書の書き方とか、図書館で何冊も本を借りて読んで、思った。

 やっぱり字をきれいに書けるようになりたいな、と。きれいな字で落とされたら、後悔しないじゃないですか。

 

 そう思ったとき、ふと、ある言葉が思い浮かんだ。

 それは、『成功大学』という、1万円以上する本に書かれていた、聖ジェローム(ヒエロニムス)という、大昔の神学者の言葉だ。

「将来なりたい自分を今目指すのです。」(『成功大学』p.80)

 この言葉が、ふいに、頭をよぎったのだ。

 「将来なりたい自分」を「今」「目指す」・・・・・言ってることはしごく当たり前のことのように思えるが、実は、すごく深い。

 多くの人は「こうなりたい」「こんな風になれたら」と、大金持ちやプロスポーツ選手や有名人になることを夢見る。だが、なれるのはほんの一握りだ。

 それを分けるのはなんだろう? 「才能」だろうか? いや、「行動」だ。

 作家兼左官の鈴木輝一郎は、その著書のなかで「書かずに著名になった小説家は、ムーミン谷のムーミンパパ一人」と言っている。行動しない限り、結果は伴わない。イチローになりたいなら、「最低でも」イチロー並みの練習量が必要なのだ。

 

 ・・・・と、話は飛んだが、ようするに、「字がきれいになりたい」と思うなら、今、字がきれいになるための努力を「始めなきゃ」いけない、というのが、聖ジェロームの言うところなのだろう。

 「いつか」「いつか」そう言いながら、それは「いつか」でありつづけるが故に、「いつでもいい」ということになりかねない、曖昧な目標なのである。それでは「なりたい自分」になれる日など、来るはずがない。

 「ひきこもりがイヤだ、変わりたい」と思うのなら、今すぐ、着替えて、街に出るべきなのだ。出たところで何かがあるわけではない。だが、出なければ、「ひきこもり」のままなのだ。それと同じだ。出るのが難しければ、出ても恥ずかしくないようなお出かけ用の服をネットで注文するのでもいい。
 とにかく、「将来なりたい自分」に一歩でも半歩でも、近づこうとする「意志」が大切だ。

 

 そんなことを思い、私自身も、「字がきれいな大人になりたい」と思うのだから、とりあえず、行動を起こしてみよう、それこそが、自分への、将来の、なりたい自分への、投資なのだ、と考えるようになった。

 無職だからといって、不安になっている場合ではない。

 「心配とは、行動の不足から起こる」と言ったノムさんこと野村克也を思い出してみよう。愚痴りながらも、次の手を考える。「明日は勝つぞ」「明日も勝つぞ」と。

 とにかく、前進あるのみなのだ。前進しようとしなければ、人はそこで止まってしまう。それこそ、姥捨て山コースだ。そうはなりたくない。急ぎすぎてもいけないが、「こうなりたい」というヴィジョンのある人とない人では、目の輝きもやっぱり違うものだ。

 「将来なりたい自分」・・・・自分で「ヴィジョン・ライター」と名乗ってるわりには、自分のヴィジョンがまったく描けてなかったなぁと反省。ヴィジョン(夢)を描いて、そのために自分はなにをすべきか、それを突き詰めていくしかやっぱり、そのヴィジョンが実現することはないんだろうな。

 

 無職だからこそできることをする。これが正しい求職者の姿なのだろう。

 リセットしてるんだから、むしろ大変にならなきゃおかしい。しかし、たっぷりの時間というメリットをどう使うか? これが転職(就職)に「成功」するためのポイントなのかもしれないね。

 



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いつも参考にしております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。

2010.07.22 10:35 URL | 履歴書の書き方 #- [ 編集 ]













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