死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.05.16 23:59

 したいことをしてみる。

 それこそ「楽しむぞ2010」だと決めた私。

 ということで、前回書いたスライドショーにしてみたよという過去の旅写真に触発されて、昨日は歩いて買い物に出かけ、今まで気になってたけど通ったことのない道を歩いてみた。

名古屋なんだけどなぁ・・・・
 都会生活ではできない楽しみへの一歩さ。

 思えば、引っ越すとき、育ったところが川に面したところだったせいか(ドブ川でしたが)「川沿いがいい」と言ってたが結局川じゃなくて丘側に住むことになって、かなり縁遠くなった川ですが、私、もともと川が落ち着くんですよね。

 あと、「河川敷」というものにあこがれがありまして・・・ドブ川にはないですから。ま、そんなこんなで、家から歩いて20分ぐらいの河川敷まで来たわけですよ。天気も良かったし。

誰のための道?
 いや、生半可な河川敷じゃないね。一応、二百万都市の河川敷なんだけど・・・・・おそろしく草木が生えっぱなしである。しかも、右端に見える道は、人ひとり分ぐらいの道で、いちおうGoogleMapにも載ってるような道なので本来は車一台分ぐらい通れる幅なんだけどこのありさま・・・・うう~ん、すばらしい(←?)。

 まぁ、そんなあまり人が通らない道を突き進み、これまた、もっと人が通らないような小さな林の入り口を見つけまして、「これは!?」と思い3秒ほど悩んだ末に「よし、入ろう!」と何も考えずに入ることにしました。大丈夫、ここは南国じゃない。出てもアオダイショウぐらいだ、きっと。

歩かなきゃ!
 この先にはきっと何もないだろうけど、「どう」何もないのか見てみたいじゃないか、ええ?

チョロチョロという音がしてます・・・ 
 と思って入ってみたら、むき出しの割れたマンホール。いったい何の跡?? チョロチョロと水が流れる音がするし。

 そのほかは小さな谷状になった地形があったりした以外、たいしたものはなかったですけど、でも、久しぶりに、「ほったらかし」の土地に入ったのがなんか新鮮でしたよ。な~んも無価値な気もしますけど、楽しい。

 林から出てきたとき、犬の散歩をしていた近所のおっさんにじっと見られたけど、気にしない。だって、楽しかったから。それに、創作のネタになる(かもしれない)しね。

 

 しかしあれですね、こうやって、自分がスッキリしないと気が済まないので、とりあえずその気持ちを満足させるのって大事だなって思いましたよ。他人からしたら「どうでもいい」と言われそうなぐらいのことなんですけど、 自分にとっては大事なこと。

 たぶん、創作欲があるので、それに役立つものならなんでも吸収したいと思ってるのもあるんでしょうね。だから、人が興味を持っていないものほど、惹かれる。

 だから、そういう行動をとってしまうという、人との「違い」を卑屈に思うことはないわけで、むしろ、それこそが「自分」の証明になるわけで、それを大事にしないと、心から楽しい人生なんて、夢のまた夢なんですよね。

 だって、そもそも、あの、9.11のテロの5日後に、ニューヨークにある国連本部ビルの真下を通る高速道路を「見たかったから」という理由で歩き、写真撮って、あげくのはてに、白バイに乗った黒人警官に激しく職務質問され、「そうかぁ、やっぱ高速道路は歩いちゃあかんか」とまったく反省しずに、もっと見たかったなぁと思うような私がだよ?(詳細はこちら

 「興味」を大事にしないってどうなのよと。

 

 そもそも、いわゆる「誕生日本」の記述にも「よくばり」だと書かれる私がだよ? 欲張りに生きることすべてを否定しちゃあかんだろうと。その本にも書いてあったけれども「よくばりな面を建設的な方向に活かせばよい」わけで。

 でも、欲張りな面を建設的にってどういうこと??

 と思ってたんですけど、今日、歩いてて、「これか!」って思ったんですよね。そこでやめときゃいいのに、どーせ大したことは待ってないかもしれないけど、「もっと先を見たいな」と思う「よくばり」な面を、他の人にも楽しんでもらう・・・・ってことはそれなんじゃないかと。

 だから、人より多くの経験をすることで、人の役に立てということではないかと。思ったわけ。だから、約10年も、こんだけ書くことがあるんだろう、たぶん。

 

 「よくばり」

 それが遅刻の原因※だと最近気づきはじめただけに、その「よくばり」を否定するだけではなく、むしろ「エネルギーの有効活用」をするべきではないのかと思ったわけ。
※…寝坊して遅刻より、「まだ時間があるな」とあれこれしてる内に・・・だから。

 だから、今までは「我慢」「我慢」でやってきたけれども、そうじゃなくて逆に、「やりたい」「やりたい」をやればいいんじゃないかと。それこそが今年のテーマ「CHANGE」じゃないかと。その「やりたい」が、結果的に人の為になれば御の字なワケで。

 そもそも、やりたいことをやるってことは、エネルギーを消費するのではなく、エネルギーを蓄えることなんだよね。それに気づかないと、なんかの奴隷になっちゃうよね。会社とか奥さんとか男のプライドとか、いろいろなものの。自分の人生の主人公になりたいなら、自分のエネルギーを増加させていかないといけないよね。

 「しよう」とか「やらなきゃ」と思うと、人は動きも心も固くなるもの。

 それは、先日、合気道の先生に言われたことに通じることだ。

 そうではなく、「したい」とか「やりたい」と思うことをしようと心に思えば、体がそれに従うようになる。しかもそれを「しよう」「やらなきゃ」という発想ではなく、「こうなりたい」というイメージで持つということが大事だ

 水のような流れるイメージで動けば、合気道の技も、かけやすくなる。だが、通常の格闘技の常識に縛られた「マッチョ」で「スピーディー」な動きをすれば、合気道の技は絶対にかけられない。

 人生も同じかもしれないね、きっと。自分の心に素直にならないと、ね。

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