死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.05.17 12:10

 「好きなこと」+「得意なこと」+「市場の価値(ニーズ)」の3つが重なれば成功はやってくる・・・・と『億万長者専門学校』のクリス岡崎も言ってたが、リクナビNEXTにも似たようなことが書かれていた。

 重要なのは、「得意なこと」は身につけられるものだから、まずは、「好きなこと」+「必要とされること」をやるのがいい、というスタンスだ・・・というのは共通している。誰がルーツなんだろうか? まぁいいけど。

 

 私はこれまで、どちらかというと、自分の「好きなこと」をするために、その時間とか精神的自由とか、そういったもののために、「得意なこと」をいわゆる仕事(Job)にしてきた。その方が、「好きなこと」「やりたいこと」の時間が取れる・・・という発想からね。

 しかし現実的には、そううまくいくことばかりではなかった。

 確かに、時間は取れる。しかし、金はない。そういったこともあるし、仕事の中にも好きなこととか楽しみとかを発見して、そちらに力を注いでしまう・・・・ということが多くあったからだ。

 そうすると、「いったい何のためにここで働いているのか?」という自己疑念がわく。しかも、仕事してる中でたいそう評判がいいものだから、ますます、「これでいいのか?」という気にもなる。

 それで、「環境が整ってないから」と考え、より「時間がとりやすい」仕事を、と仕事を変えてきたけれども、現実的にはますます、仕事のほうに精を出してしまっていたりする。

 特に、年齢を重ねれば重ねるだけ、社会的責任を強く意識するようになるから、自分が貢献しようとますます力を入れてしまうし、色々勉強した成果で「どんな仕事すら楽しみに変えられる」ようにもなったので、仕事に情熱を注ぎ込むことも躊躇しなくなった。

 しかし、そうなると、いわゆる「非正規」の立場では中途半端な状態にも感じるようになったわけだ。お金の問題もないことはないが、それ以上に、仕事を突き詰めるなら、もっと責任ある立場とか、仕事の幅が広い方が絶対いい、と思うから。
 それがたぶん、今までの仕事に別れを告げた、最大の理由だろう。つまり、「どっちにするか」という岐路に立たったわけだ。

 たとえば作家志望の人が作家になるよりも、本が好きだから編集者になる……というようなアレだ。それを自分の「限界」と捉えるか、それとも「成長」と捉えるかは人によりけりだろうが、少なくともそこには、「よりよい人生への一歩」があると、私は思う。

 とはいえ、私は別に本が好きというわけではないので、「編集者になる」という人生を選ぶことがベストチョイスになるとは思えない。と思うのは、常に3~4冊の本をカバンに持ち歩いている人間を知っているからだ。こういう人間なら、編集者になって、心から満足した人生を生きられるだろう。もちろん、「見てるだけ」がいい、という人もいるのも確かだが。少なくとも、私は本に囲まれても、ちっとも楽しくはない。

 

 この、「楽しい」というのがくせ者で、どんな仕事でも、どこかに「楽しみ」がある。それはたとえトイレ掃除だろうとなんだろうとだ。

 その「楽しみ」をどう作り出すのかは人により様々だが、私は、履歴書や職務経歴書を書いたり、いろいろな検査をやったり、これまでの自分の歴史を冷静にふり返り、自分がいかにして仕事を楽しんできたのか思い返してみた。

 たとえば、自分がやりたい、楽しみにしていた仕事があるとしよう。しかし、それをやろうとした矢先に「すみませんがこれお願いできますか?」と言われた場合、どうしたか? もちろん、準備までしたのだから自分のしたい仕事を優先する・・・という気持ちは抑え、まずは、「重要度」を聞かなければならない。

 仕事において重要なのは「優先順位」で、それは、自分の都合よりも優先されるべきなのは常識だ。だから聞く、そして、聞いたとおりにするのではなく、「これがどれぐらいの早さで解決する方がよいか?」を考える。早ければ早いほど、信頼は勝ち取れる。また、そのプロセスが時には、「自分が楽しみにしていた仕事」よりも楽しいことだってある。なぜなら、未知のものに取り組むのは楽しいからだ。

 このように、仕事なんていくらでも楽しみようがある。トイレ掃除ならいかにキレイにして、人をビックリさせるか、感謝されるか、人の役に立つかというのもひとつの楽しみだ。

 そういう気持ちがないと、トイレは自然と「公衆便所」のようになる。そんなトイレを使うより、キレイなトイレの方が自分も快適だ。間違っても、「なんで自分だけ・・・」なんて思わないことだ。自分が使わないのならまだわかる。だが、自分が使うんだから、快適なトイレの方がいい。しかも、誰もやりたがらない仕事をすればするほど、評価され、信頼される。結構なことじゃないか。

 それを具体的な形にしたのが、イエローハット創業者鍵山秀三郎の「トイレ掃除運動」だろう。

 

 ・・・・・と、このように、あまりにも「心」や「モチベーション」の研究をし続けてきたせいか、どんな仕事にも(イヤな顔はしても)誰よりも真面目に熱心にとりくみ、しかも期待以上の成果を残し、評価してもらう・・・・・ということが可能になったわけだけれども、その中に楽しさもあり、学んだことも多くある。けれども、やっぱり、なにか、物足りない気もする。

 これが自分の仕事か?と。

 そういうと、よくあるガキのたわごとみたいに感じたりもするが、仕事に文句を言われるわけでもなく、満足もしてる・・・・はずなのに、どこかが、満足していないのだ。

(つづく)

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