死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.06.17 11:40

 「人には指針が必要だぜ!」

 と思い、必ずしもそんなもんいらないけど、あった方が楽だということで、気持ちの混沌の激しい今、「せっかく」なので考えてみたわけ。ムダな時間にも思えるかもしれないけど、ほっとくとどうせムダに悩むなら、それが 形になる方がいい。

wantmust4.jpg

 慎重な性格が強いが上に出すぎてしまう「must」を、消極的な部分が消してしまう「want」と対局に起き、また、「人のため」に生きるべきと思う心と、そればかりでは苦しくなってくるので自分に優しくする心を「他人」と「自分」という、これまた対局に起き、それを十字に配置する。

 こうすることで、どっちかに心が触れすぎて行きづまったとき、逆のベクトルにスイッチを入れることで、バランスが取れてくるだろう・・・と考えたわけ。そして実際、「やっぱり仕事しなきゃ」と思う気持ち(つまり、must+他人)が行きすぎて結局うつな気分になってくる。それ戻すには?逆のベクトルを意識するのだ。

 まぁ、それもこれも、行動力がないからというのにほかならないのだが、そもそもその、行動力の出方がものすごい限定されているからこうなってるので、それがどういう時出るか・・・・というのが私にとって大事なんじゃないかと思ったんですよね。

 私の場合、エネルギーが有り余ってなんでもかんでも・・・っていうタイプではなく、一点集中的に、その時だけグワーッと出てくるもので、普段は燃えないエネルギーが頭の中でずっとくすぶっているわけですね。非常に不健康極まりない。

 いやまぁ、たいがいの人はそうだと思うんですが。

 だからといって、「自分の殻を破ってなんでもかんでもエネルギー全開で生きよう」としたところで、それではエネルギーが枯渇してしまうのが自分でも分かるので、それも違うと思う。

 やってみないうちから何をと言われそうですけど、私は私なりに、色々なことにエネルギーを使ってきたけれど、逆にぐちゃぐちゃしてしまいましたからね。もちろん、ある一本の線だけはずーっと持っていたので、すべてそれに昇華しようとしてきたのはよかったことですが。

 ただ、行動よりも熟慮を(結果的に)大事にしてきた人間に、エネルギーがないだろうとネガティブに思えるのも事実なわけです。エネルギーを思考に使いすぎて、頭でっかちになってないかと。

 で、どうせなら、一度きりの人生、わき出るエネルギーを有効活用した人生を・・・・と思ったんですよね。こんな、日記だけにエネルギーを使う人生ではなく。

 

 ・・・・・えらい長くなりましたが、それで写真のように「want」「must」「他人」「自分」を十字に配置して、行きすぎたときには、ジョイスティックを戻すように逆に振れば(あるいは手を離せば)あまり悩まなくてすむ、と考えたわけ。悩むエネルギーがもったいない。

 大事なのは、悩むことではない。行動につながることなのだ。

 だから、それよりも、その「性格矯正」をするよりも、「性格コントロール」をする方が大事だろうと思ったわけ。「悩むな」と言われたところで人は悩むわけですから。というかむしろ、「悩むな」と言われたらよけい、それが頭から離れなくなって悩んでしまうという悪循環になるわけ・・・ちょうど、ストーカーみたいな。執着的な性格のある人間の気をつけるべき点だが、気をつけようと意識してもダメなのだ。

 それに、自分とは一生添い遂げなければいけないわけですから、自分の人生をよりよくしたいと思うなら、「直す」よりも「付き合う」この方がずっと大事なことでしょう、やっぱり。夫婦みたいなもんだ。

 「直そう」という時点で自我が入るから、本当の意味では直ってなかったりする。性格なんて、外部の影響を受けて「直る」ことはあっても、自分で直せるものではない。自分で直せる程度なら、とっくに直ってるでしょう? 直らないから、性格なわけで。
 直るのは、習慣だ。だから、「習慣を変えると人生が変わる」・・・わけ。

 

 で、写真にもあったように、その4つの要素の延長線上に、今まで意識しようと思ってきた言葉をちょうと方向性に合わせて八方向に配置したわけ・・・・ですが、これは将来的にはがした方がいいかもな、というのが、貼ってみた感想。

 だって、ジョイスティックを戻すように逆に振るならば、そのベクトルを突き詰めない、ということだから・・・・・・・んん?それはいいことなのか?

 まぁ(汗)、とりあえずそれは置いておいて、とりあえず、4つの要素を対立的に起き、「行きすぎた」とコントロール不能になったときに潔く戻す・・・・という姿勢は大事だなと考えたわけだ。

 ゲームと同じように、何事も「行きすぎる」と、壁にぶち当たる。ぶち当たっても壁を壊していければいいが、いつまでも壊し続けられるとは限らない。人のエネルギーは有限だ。人が思っているよりは無限だが、人が思っている程度に有限だ。

 もちろんこれは、私がこれまでの人生で得たことなので、10代の若者がこれをするのはオススメしない。ただ、どうせ壊したい壁ならば、その壁を壊すのにエネルギーを集中すべきだという点では、どの世代にも当てはまるんじゃなかろうか?

 私のように、30にもなり、「エネルギーが足りないな」と思っているからこそ、省エネからスタートし、エネルギーがわき起こる状況を「起こさなければ」ならない。でないと、あとは尻すぼみ・・・という人生にもなりかねない。それではあまりにもさみしい。
 また逆に、30にもなって色々な経験をしてきたからこそ、そう思える能力がついたとも言える。だから、今まであれやこれやと手を広げてきた経験は、決してムダではないと思う。正しいかどうかはわからないが、すくなくともいい経験ではあったわけだ。

 

 だから、限られたエネルギーと、そして命を使って、むやみやたらに、どんな壁でもぶちこわしてやろうとするのではなく、行きたいと思った方向の壁だけ壊していくのは大事で、不必要に壁にぶち当たる必要はないわけだ。

 これはゲームでも同じ。無限HPという裏技もあるゲームはあるが、だが、そんなゲームは楽しいだろうか? すぐ飽きてしまうだろう。

 人生を楽しむためには、時間や才能や環境やお金や体力など、限られた人生の資源をどう使えるかにかかっている。それは、ゲームとまったく同じではないだろうか?


 

want

 

他者

自分

 

must

これが私のジョイスティック・・・かな?

 

 人生を楽しむカギは、人生をゲームと考えることだ。そして私は、自分のジョイスティックの使い方をおぼえつつある、・・・・と今の私は勝手に思っている。そう、「悩みすぎる」性格を直すのではなく、習慣を変えるのだ。悩みのコントロールということで。

 私は、悩む。

 だが、悩むから、深い洞察力に富んだ創作ができるのだ(と思う)。そう考えれば、その「悩み」を逆にコントロールすれば、それがポジティブに働く「思考」につながるのではないかと思うわけだ。

 わかりやすく言うと、これまでさんざんなことを言われて凹まされた「うつになりやすい人」である私なら、「私はうつになりやすい人ではない」と思ってる加藤諦三とは違う本が書けるんじゃなかろうか?と。断定的でなく、引用ばかりでなく、人を不安にさせるだけではなく・・・・みたいな。まぁ、エネルギッシュな人は、基本、想いやりがないですから。エネルギッシュなら正しいって、そもそもおかしいよね。

 大事なのは、自分がどう思うかってコトだし、なにより、静かに燃えてる人だっているわけでね。そういう多様性を認めない「これが正しい」って論拠の人は確かにエネルギッシュで仕事もたくさん来て著作もたくさんあるけれど、薄っぺらい、よね。それが間違ってるとかじゃなくて、それだけが正しい、なんてことがおかしいんじゃないかな、と。そんな世界、つまらないし。

(つづく)

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