死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2010.09.30 23:41
 気がつけば9月も終わりですね。

 ブログの更新ペースもおそろしく悪く、予定していた「年内に作品10本書き上げる」もちっとも進んでない状態で、いったい何してんのと言われればまったくもってそうなんですけど。

 そんなことをしているうちに、出そうと思っていたWOWOWのシナリオの募集(今日締め切り)にはちっとも間に合わず、こんなんで大丈夫なんかと思ったりもしたのですが、一応、いろいろと試みたんですが、結局、全然進まなかった・・・と。


 で、ダメダメだなと凹んでいたり、脚本は向いてないのかとこれまたあてもない無限ループ状態。

 とりあえず、前の職場に行って、積み立てていた旅行費の返金分を返してもらい、東急ハンズに行って、仕事に使う道具を探すものの、いいものが見つからないで、とりあえず合気道の時間までカフェに行く。

 はじめは、踊る大捜査線で有名な脚本家、君塚良一の『脚本(シナリオ)通りにはいかない!』を読んでいましたが、それなりに得るものはあるものの、どうしても読まなきゃという気になるほどでもないので、だんだんと飽きてきて、本を閉じ、ノートを開いてみました。
 しかし、やっぱりシナリオを書く気にならない。

 私はやっぱり、シナリオを書くのに向かないのか? などと考えてみたのですが、しかしこれは堂々巡りもいいところだなとふと思いまして。なにせ、毎回、こんなことばっかしている。

 しかたがないんですよね。

 別に私は、君塚良一のように「映画大好き!」「いつかは監督したい!」ってワケでもないですし、多くの文学青年たちのように「小説家になりたい!」と思ってるワケでもないんですから。むしろ元々は、どちらかというと、マンガ家とかアニメ監督的な方向性でしたからね。それも、決定的になりたいというワケでもなく。


 漠然と、創作で食っていきたいと思っているだけのところがあるんですよね。

 まぁ、それがそもそも、この、無駄な悩みの時間を作っているのだとは思うのですが、とりあえずそんなことは考えずに、思うままにペンを走らせてみたらどうでしょうよ?

 最初は、なんだかよくわからないことばかり書いていましたが、しだいに、ポエムっぽくなっていくじゃありませんか。自分のために書いているはずなのに、なぜか他の人にも共感してもらえそうなものだったり。


 それで私、思ったんですよね。

 よく、「何になりたいか」って聴かれるんですけど、それに答えられないのがダメダメだってよく言われます。でも、考えても見てくださいよ。「何」になりたいかって言い出したら、それって「型」がすでにあることが前提じゃないですか?

 私は別に「型にはまるのはカッコワリー」なんていうヤンキー思考は一切ないですけど、そういう、いかにも、「進路」的な発想がないといけないのか? ダヴィンチはそんなこと考えてたのかな? と思ったりもします。

 たしかに、なりたいビジョンは必要だと思いますよ?

 でも、それって「what」じゃなくて「how」じゃないといけないんじゃないかと、思うんですよね。目的もないのに東大行って、そりゃ行かないよりいいですけど、結局、それじゃ振り回されてるだけですよね、自分の人生を。

 それって結構、大事なところだと思うんだけど、ついつい、忘れてしまうんですよね。

 とはいえ、私自身が一番そうでして・・・まぁ、自分は成功していないと思ってる思考から来るマイナス発想で、いわゆる、他人の言う「成功者」のようにしなきゃいけないんじゃないかと思ったり。

 でも、そういう人の作品って、正直、物足りないんですよね、私には。別に、見ても見なくても、「大きな」違いはない、的な。


 こう思うのはたぶん、見ているものが違うのもあるんでしょうね。

 そういう人の猿まねをしたところでうまくいくわけないし、参考にもならないのに、成功したいとかいう欲望が先に立ち、ついつい、そういうのに引っ張られてしまう性格も、考え物ですよね。なんでもかんでも吸収してやろうと思うのも、善し悪しですね。
 
 真似をするなら、波長が合う人の真似をしないといけません。
 

 
 再び話をカフェの店内に戻しますが、ノートに、そのときに思ったことを思うままに書き記していると、これがあくまですべての「基本」であって、これを忘れているからこそ、いっこうに筆が進まなかったんだってことに改めて気づかされました。

 別にプロじゃないんだから、プロの真似してあくせく書いてもしょうがないんです。
 それよりも、プロになる前だからこそ、のびのびと書く事の方が大事なんだと、昨日、昔書いた小説を読み返して「ドラマ作りの技術がなさ過ぎる」と思った今の自分は、そう思いました。技術は、後からついてくる。大事なのは、作品を生み出す力。それをきっと、才能と言うんでしょう。大小はあるにしても。

 私の隣の席には、何も買わずに、外で買ってきたペットボトルの水と、(なぜか)パック入りの焼きそばを堂々と食ってる、スーツ姿の年齢不詳の人がいました。しかもその人、行政書士の勉強をしているようで、行政書士になる人向けのサイトの内容を印刷したもので勉強していました。

 その人は帰りしなに、焼きそばのパックを、カウンターの返却口に、当たり前のように置いていきました。
 
 この人にとって行政書士になることは、おそらく自分のためなんだな、ということを強く感じました。


 世の中は、ほっといても、書いてほしい、料理してほしいネタがたくさん転がっているものです。私はそれを、形にしていくだけです。

 私にとっての創作は、そんなものです。

 小学生の頃、「石けんでできた立方体の周りを顔風に削る」という課題がありまして、その中で私はひとり、水面から跳ね上がる魚を彫り上げました。
 課題とはまったく違う作品かつ、〆切も過ぎたものなので成績は四重丸でしたが、個人的にはいいものができたと思いました。

 そういう魂は、大人になっても変わりません。そこに、魚が跳ね上がるのが見えたんです。それしか見えなかったんです。なのに、角角の顔を彫る動機など湧くわけがないじゃないですか。
 

 私がどんな料理人になるのかまだまだわからないわけですが、とりあえず大事なのは、「この人の料理したものを食べてみたい」と思ってもらえること、なのかもしれません。だから、色んなものを料理しつつ、腕を磨きつづけるしか、ないんですしょうね、結局は。
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