死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

2010.10.08 23:59
 今朝、新聞を開いたら(そういえば最近、テレビのニュースを観てないな)、ノーベル文学賞に「ペルーの作家」が選ばれたということが書いてあった。

 ペルーの作家といえば、私が思い浮かぶのはただひとり、マリオ・バルガス=リョサ(ホルヘ・マリオ・ペドロ・バルガス・ジョサ)しかいないが、新聞を開いてみたところ、たしかにバルガス=リョサその人が受賞だった。

 まぁ、思い浮かぶというほど文学に詳しくはないので、実際のところは、図書館で見つけた『若い小説家に宛てた手紙』という、エッセイ本で知っただけなので、彼の小説を読んだことはないのだが。

 
 そもそも、ペルー文学というものが、どれほど日本人に知られているのかもわからないし、この本の中にも(たしか)「何度もノーベル文学賞候補に名があがる人物」という説明があったけども、今回の受賞を受けて、とりあえず、名前だけでも知っておいてよかったというのが個人的感想である。

 こういった賞というのは、賞を取ったからといって、マスメディアのように権威づけてありがたがる方向に走ったり、逆に、「賞の割にはたいしたことない」と斜に構えて見たりすることにつながりやすい危険性があるからだ。

 そういったバイアスとは切り離された感覚で、この作家の本が読めた私は、ある意味で幸運だったのだろう。この本から、メルヴィルの『白鯨』を紹介されたワケだし。

 そもそも、ペルーというと文化が遅れてそうなイメージがあるものだが、この本を読んで、そう思うことこそが間違いなのだと痛感させられた。と同時に、ノーベル文学賞候補になるというのも激しくうなずいたものだ。
 文化とは、ガラクタの積み重ねでは生まれない。人間の必死さが生むものなのだ。


 ちなみにこの本、タイトルは「若い小説家に宛てた手紙」とはなっているが、「小説、結構読むよ」「何読むの」「東野圭吾」というような人には、とてもとても勧められない、かなり硬派な内容のものだ(東野圭吾が軟派というわけではないが)。

 おそらくだが、たいして売れなかっただろう。

 あきらかに「ヒット」とか「ベストセラー」を生むような文学の書き方の指南書ではない。
 簡単に言えば「小説が好き」で書くような人とか、「小説でお金持ち」になりたいと考えているような人には、たぶん、馬の耳に念仏のような本だ。だが、本当に小説の「力」とかいうものに真摯に向き合っているような人には、かなりためになる本ではなかろうか。

 そういった意味で「手紙」というタイトルは、非常に的を射ている(原題もそのままCARTAS A UN JOVEN NOVELISTA→翻訳)。

 そこからも、「言葉を綴る」ことを非常に大切にしている人だということがわかる。まぁ、そういう人でなければ、ノーベル文学賞の候補になどならないと思うが。


 今日、写本データベースで再確認してみたところ、この本の中に、こういった文章があった。
 小説家の証言を見ますと、これこれの物語、人物、状況、プロットが自分の人間性のもっとも奥深いところからでてくる要求のように自分に迫り、つきまとってきたので、それからのがれるためには書くよりほかに方法がなかった、と語っている点で一致しています。

 今、私は、1つの作品をひどい出来なのでリライトしようとしている状態ではあるが、これがまったく筆が進まない。シナリオ形式にするのか、小説形式にするのか、はたまたマンガの原作なのかと決めかねているのもあるのだが、とにかく、どれだけ時間があろうと、まったく書くエネルギーが湧かないのである。

 こんなんではあかんだろうと思うのだが、これとは別で、まったくプライベートな経験から、1つの作品のイメージが湧いてきて、そちらの方に意識がいっちゃってるのが正直なところだ。

 しかもそれは、「書きたい」というよりも、もっと純粋な表現を使えば、「自分が書かなくて誰が書く」という一種の使命感と、「形にしないと前に進めない」という一種の心の整理と、「この人の人生を動かしたい」という一種の・・・・なんだろうね? 人としての想いやり? 本能? 愛情? うまく言えないが、そういったものが根底にある。

 一言で言えば、「書きたくない」などとは言えないものが、待っているような感覚だ。

 それで、今日、ふたたび、リョサのこの文を読んでみて、自分の中にある衝動が間違っていないどころか、むしろ、こういったものにこそ、エネルギーを注ぐべきであるということを再確認できたわけだ。どうでもいい、コメディのなりそこないの「手直し」ではなくて。


 すぐれた作品とは、人生にずっと影響をおよぼし続けるものだが、その理由が、なんとなくわかった気がする。

 それはきっと、書いたものが「人生」に根付いているからだろう。だからこそ、他人の人生にも、影響を及ぼせるのだ。様々な経験をし、様々な知識を持った人に対してもできるのは、その人と向き合っても負けないものを持って書いているからできることなのだと。

 そして、そういう行動に走らせるのは、また別の、自分とは違う「人生」なのだ。人生をかけて作品を読むファンのプレッシャーがあるからこそ、作品を書くようなモチベーションも、その一つなのだろう。「作品」が媒体として、人と人との人生を拡げていくことこそが、数字や賞ではない形で作品の価値を計る、本当の指標であるべきではなかろうか?

若い小説家に宛てた手紙若い小説家に宛てた手紙
(2000/07)
マリオ バルガス=リョサ

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