死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2011.01.11 22:28
どーも、異動になるかもしれない。なんてこった、異動?

歩いて行ける今から比べるとおそろし~く遠いところで、まぁ、みんなそんなもんでやってるといえばそうなんだけど、なんかねぇ、なんかねぇって感じ。

そんなことを言ったら世の中の人に殺されそうな感じだが、世の中の給与人はそれを当たり前のことと受け入れているのだが、そういうことがないようにないようにと考えながら生きてきたもんだから、いざこういう現実が目の前にくるとなんか、面食らうねえ。

まぁ、それなりに認められた上での異動なんだとありきたりのセリフを聞いたけれども、そんなんで喜ぶ歳でもないし、この仕事で出世しようという欲もないし。

とはいえ、そういうことをまったくもって避けてきた人生を変えようと思って歩合のある仕事をはじめたワケだし、正社員なんて難しいなんて噂話を聞いた中とはいえ、これは考え方によっては、ひとつのチャンスとも言えるワケで。

人生は短いから、やりたいことをやって生きていくのが一番正しいコトだから、そんな、行きたくもない競争の激しいところに行かなくてもよさそうな気もするのだが、それはダメだと言うもうひとりの自分がいる。

そういえば、初異動だと思ってたけれど、前にもあったな、異動。

そのときは、これまた実力が認められたとかなんとか言われて二回もしたけれども、すっかり忘れていたよ。

でも、考えてみれば、その異動経験は決してムダではなかったわけだし、というかむしろ、いろんな面で勉強にもなったと思う。

そういったことを考えていると、そのときの知識と経験が、異動することに対して「虎穴に入らずんば虎子を得ず」ということを訴えてる気がするのだ。

仕事が認められるというコトは、男にとっては大切なコトだ。

たぶんそれは、男という生き物が、自分を立てる柱になるからだろう。
女にはそれがない。それがないからダメなのではなく、「産む性」であるという「事実」が、そういうものを必要としないのだ。
だから、女の方が腹が据わってるし、だからこそ、男は女と結婚したがる。捨てられるのはたいがい男だし。


私は、これでも物書きを自称してるから、それ以外の仕事が認められたとしても、これが「私の仕事」ということで認められたとはなかなか思えない。
それではまるで、芸人を目指し、結局は正社員になってあきらめた人みたいに思えるから。


でも、実は最近、まったく仕事に身が入らないし、書く方もほとんど、テンションがあがらない。

なのに今、こういうことがあった時には、スラスラと書けるというおかしな現実がある。


今日はひさかたぶりに合気道に行った。

はじめて二年くらいになるが、すぐに使えるほど合気道は簡単なものではない。
とはいえ、足さばきが多少うまくなっていることに気がついた。
あまり道場に行けてないが、ときどき、時間があったら練習しているからかもしれない。

子供ばかりの道場で、先生も若いのでこんな運痴な私がやって上達するんかと思ったけれども、一番大事なのは、やはり心がけということだろう。

本当にやりたくないことは人はやらないし、子どもとバカやりながらやってる方がよいから来てる自分もいるんだから、これはこれでいいのだろうと思う。

合気道が終わったあと、先生に送った年賀状に、今年から始める予定のブログ情報をのっけたので、それについて聞かれて困ってしまった。
自分でアドレス書いたくせに、くいついてきたんだから、これはチャンスと思うべきなのに、なんか濁してしまう自分がいる。

やりたいことをやっていないから、堂々とできないのか。
やりたいことをやってないから、寝る時間も惜しんでやらないのか。

そのどちらも当てはまっているのかもしれないが、こうやって自然とつらつら書いてる自分をみると、最近のモチベーションの低さと、いまだに完成しないブログのことがよくわかってきた。

刺激がなさすぎるのだ。

だから、やる気が起きない。

そもそも私は、熱血ではないし、燃やしても青い炎をゆらゆらとゆらすタイプなので、モチベーションを、興味のあることでしか持続させられない。

だから、ほっとけば自分の世界に入り込むし、それがよい方向に働けばまだしも、悪い方向に働くこともあるわけで。

私が興味があるのは、こういった人間の思考の「流れ」というか、世の中の「仕組み」というか、そんな、形にしづらいもので、それに触れるたびにどうも、キーボードを叩いてる気がする。

それは、宗教を持たないと決めたからこその、自分なりの世の中の解釈で、あくまでも自分だけのものしかないのだが、それでもそれが、誰かの役に立つのなら、それでもいいのかもしれない。

それが、私の仕事かもしんないしね。

でも、そう考えると、ある程度慣れてくるとそこから学ぶことがないから退屈になる自分がいるのもわかる気がする。

刺激がほしいんだよね、なんだかんだいって。
なのに、自分からはほとんど動かない。

だったら、提示された運命を受け入れていくってのが、私の生き方なんかもしれないね。

書くためのエネルギーは時間でも環境でもなくて、「刺激」なのかもしれないね。

ハートで書くんだから、当然といえば当然なのかもしれないけどね。
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