死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2011.01.17 02:14
この冬ではじめての本格的な雪の日でした。

そのため、誰も冬支度なんてしてないもんだから、日曜だというのに車の少ないこと少ないこと。

仕事帰りに歩いて帰る私は久々の雪道をザクザクと踏みしめながら歩く。

顔をあげれば、信号がかわってもゆっくり発進する車がいたりする。

いつもはせわしなく車が行き交う交差点なのに、まるで真夜中のような車の少なさと、普段では考えられないようなスピード。

それはまるで雪が、忙しすぎる世の中のスピードをゆるめてくれてるような感じを受けた。

そんな中でも、スピードをあげたせいなのか、坂道の頂上地点の手前で、タイヤが曲がった状態で停車している車もある。
おそらく、ホイルスピンしてるのにパワーをあげて、少しのハンドル操作で勢いよくスピンしてしまったのだろう。

やはり、こんな日はたとえ早く帰りたくても、慌ててはダメである。
そうしたい気持ちはわからないでもないが。

私の家は、新しい住宅地のなかにあるので、構造上、通過交通が少なくなるようなつくりになっている。そこに住む生活者しか通らない道があるということだ。

普段はそういうことを意識するのは、周りが静かだとかいうときぐらいだが、こんなに雪の積もる日には、その生活の軌跡というものが明確に提示されることがある。





雪道に残った「わだち」は、ここが住宅地の生活者用道路で、必要のない道路の使い方はしないという証でもあるように感じた。

人は、自分の欲望に従って生きている。

「家に帰りたい」
そういう気持ちに素直に生きているということである。

その想いが空回りすることもあるし、その想いが家庭という幸せや、その積み重ねで「当たり前」をつくっていくのだとも思う。


雪が降り続く静かな夜は、いつもより時間の流れがゆっくりと感じられる。
それはきっと、「たまの雪」だからこそなのだと思う。

どれが正しいかなんてわからない世の中だけど、ひとつ言えるのは、真っ白な雪だけが見せてくれるものがある、ということだけ。

安全ばかりを意識しすぎて、誰も通らない道を歩くゆえの心地よさも味わえないのなら、それはそれで不幸だと、すくなくとも私は思う。

みんながわだちを残すのなら、私はそのわだちを見て、そこに思いを馳せる。

そんな楽しみ方が、人生にはあってもいいんじゃなかろうか。

少なくとも、そういったものが、私には必要なのだ。
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