死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2011.02.27 06:24
 こんなことを言ってはいけないのかもしれないが、私は基本的に、書くことよりも、仕事をする方が正直好きである。

 しかし、今の仕事は・・・・どうも、合わないですね。
 今まで仕事でつまらないと思ったことはないと記憶しているんですが、いかんせん、自由がなさすぎて鬱屈した気持ちになることもしばしば。今までは自分で仕事を見つけていったものですが、今は「しちゃいけないこと」が多すぎて辟易しているのが現状です。下請けって大変ね。

 まぁ、それで食っていけるんだからそれはそれでありがたいことだと言ってしまえばそれまでだし、世の中には学もなく、オーバーステイのためろくな仕事もつけず、家族の仕送りのために必死に働き続ける中国人のお父さんがいるんですから、なに贅沢なこと言ってんだと言われてしまいそうですが。

 でも、それを言い出したら、キリがないんですよねぇ。あくまでも他人であって、自分ではないわけだし、その視点を忘れるからこそ、「鬱になるのは弱いからだ」とかいう視点が生まれるんでしょうし。


 さて、最近ホットな「売れない物書き」というテーマですが、島本和彦の『吼えろペン※』みたいなのが結局このブログにはないってことなんだよなと仕事中に思ったりしまして。
※「駄作で金をもらってこそ本当のプロ!!」とか「夢があったらあきらめろ!」とか、なかなかシュールで秀逸な言葉が毎回登場する、熱血マンガ。Googleの画像検索をするとそんなシーンがたくさん出てくる。

 そのきっかけも些細なもので、色んな仕事をしてきたけれども、結局、理想を持ちながらも現実と折り合いをつけていったときがいちばん「いい仕事」になる・・・なんてわかりきったことだからえらそーに書いたりしたけれども、このブログをこのブログとして続けていくと、どう考えても、そうはならない!よな、と思って。

 だから、このブログが「面白いね」と言われることがあっても、まったく「売れるね」と言われることがないのも、ヒッジョ~によくわかる。いや、気づくのが遅すぎたのか?
 そもそも、そういう風になってしまうんだから、「日記」として機能するわけだし、何だかんだ言って自分が書いたり読んだりして楽しいというのがこのブログの現在の目的にもなてるわけだし、日記を書くようになってから鬱々と悩んで夜を明かすことがはるかに少なくなったのだから、これはこれで、別に「いいこと」なんだろうなと自分の中でストンと納得できる感じ。

 売りたきゃ、売れるもの書かないとね。

 と、販売の仕事をしているので、つくづく思う。でも、そんな「日記」じゃ眠れねー!!


 でもま、なんか逆に、「あきらめる」ってのも大事かなと思ったりもします。そうすると逆に割り切って、自由に書けるもんね。周りのこととかまったく気にせずに。このブログがそう? ・・・・そうかもしれない!!

 それが「趣味」で終わるのか、それ以外の何物かになるのかは神のみぞ知るなんて大仰に言ってみたりすると面白いかもしれないけれど、そうやって煙に巻いてるから、「コミュニケーション」とならないんでしょうね

 「売れる」ということはそれはつまり、「コミュニケーション」が成立するということですもんね。それが、私には足りない。
 販売の仕事をしていてつくづく向いてないなと思うからこそ感じるのですが、そういうものがそもそもあれば、こういうものをきっと、書いてないと思うんですよね。

 私の文に魅力があると思ってくださる方がいるというのはおそらく、そういう、コミュニケーション能力のある「普通の人」なら書かないようなことを書けるからってことではないでしょうかね。でも、だからこそ、そこに人々の想いと「リンク」しないので、売れない・・・。どちらかというと、動物園にいる変わった動物を見る感じなんじゃないでしょうかね? もちろんそれは、悪い意味ではなく。

 「普通」ならば、人との関わり合いの中で「自分」を認識していくものですが、私の場合は、コミュニケーションをとらないので、自分自身の手で自分というものを掘り下げていってるのだと思います。良いか悪いかということを言ってしまえば、教科書的に言ってしまえばよくないのでしょうが、でも、だからといってそれが「悪い」とも言えない・・・・ってのが端から見てる人の感覚、なんじゃないかなぁ、と思います。

 今に始まった事じゃないんで、しょうがないっちゃー、しょうがないんでしょうけどね。興味の対象が「他者」にはないですからね、そもそも。

 だから、他人のウワサ話とかホント、どうでもいいし、人の悪口もアホくさいし、人事の話とかも全然興味ないんでしょうね。それが逆によくて、信用できると判断されて、相談してくる人もいるわけで。とりあえず全部そのまま受け容れますからね。そこに、自分と切り離した「他者」という感覚があるから、相手の否定をしない。

 そもそも、全否定なんてカンタンですもん。それをして何になるのかと思いますよね。そういうこと平気でする人の方がよくわかりません。人はみんな「わかりあえる」って信じてるから、それができなかったときに、その反動で(自己を守る防衛機能だと思うのですが)相手を攻撃するんでしょうね。好き合って結婚したはずなのに、罵り合って離婚するみたいな

 私なんか生まれてこのかた、コミュニケーション能力に乏しく、鍛える機会もあまりなかったために「わかってもらえる」と感じることの方が少なかったので、そうやって「裏切られた!」って思いませんよね。コミュニケーションがうまくいけばすべて解決するのなら、世界は今頃平和でしょうよ・・・って常に思ってるぐらいですし。


 でも、だからこそ、こういう文章を書いて、それで人がこれこれこうですね、的なことを言ってくださると、非常に新鮮で、ここでやっと「コミュニケーション」というものが生まれるんだな、なんて思ったりしますよね。

 そう考えると、そうとう、コミュニケーション能力が育たない書き方をしてきたなぁ・・・と言えるかもしれません。いや、そもそも、「他者とリンクする」ブログがちっともリンクしていない時点で、そうですよね
 それゆえにアクセスが劇的に増えることもなく、でも、何か変わった魅力があると思う方の感覚は、ごく自然なものなのかもしれませんね。


 そういう意味では、セラピストの方が向いているのかもしれません。
 個人的に深入りしすぎないで、自己を保ちながら客観的に判断できる、という意味で。他人の理論を駆使して語りたがる、フツーの相談者向けの「人気カウンセラー」というのは向いてないし興味もないですが、なかなか他人に理解されずにいる人の心に触れることは、難しくないと思います。自分が、そうですから。

 そういうのを書くのも好きですしね。むしろ、そういうものを書くことが私の使命ではないかなと思ったりすることもままありますよね。「普通」の人では気づかないことに気づけますから。欠点を利用するという感覚でしょうかね?
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