死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2011.03.01 02:41
 販売の仕事をしていて、毎回毎回、向いてない向いてないと言ってるtkiyotoです。皆様いかがお過ごしでしょうか?

 向いてない販売の仕事をしてここまでやってきて、ここから一年で忙しい時期に突入するので、若干ブルーな気持ちなんですけど、まだ日の浅い子に助けを求められて即決させたりしたときにふいに、この向いてない仕事でも得たものがあったなぁと思ったわけで。

 私個人としては、深く考えることを「是」としているので、深く考えずノリとか勢いとかスピードがかなり優先されることの多いこの仕事になかなかマッチせず、とにかく毎日イヤだイヤだと思っていた上に、基本的にマイナー指向で反権指向なので会社が用意した「これこれはこんなに素晴らしいんですよ」という意図に乗っかるのも考えるのを放棄したようでイヤで仕方なかったんですが、それでも現実問題、「これこれはこんなに素晴らしいんですよ」というトークを応用すれば実際、売れてしまうわけで。

 深く考えてしまうと、顧客と向き合うわけではなく、会社同士が○○を売ったらお金を渡しますよという、インセンティブベースで仕事をしているこのゆがんだ商取引関係は経済的にどうなのよとかいろいろと考えてしまうのですけれど、そういうことで顧客に新しい価値を提供するというのは、セットで売りつけるという会社のやり方は別として、詐欺みたいなものを売りつけてるわけじゃないので、そう卑屈に考えなくてもいいのかな、と思って。

 なんて言うの? そこまで私が責任を持つことじゃないかな、と思って。

 一応、自分は自分として1つの提案をする。選ぶのは顧客。それはつまり、顧客の「責任」にするということ
 これまではなんでもかんでも自分で責任を抱えて、「こうすることで顧客のメリットになるのか?」とか考えたりしたけれど、それをやりすぎても、あかんのよね。あくまでもそれは、自分の判断で、顧客の判断ではないから。

 なかには、その、販売員の提案で「いい商材との出逢い」ってのがあって、人生がいい方向に変わることもあるだろうし、すべての人がそうなるとは限らないけれど、あくまでも販売の仕事ってのは、決して「売りつける」ものではなく、顧客が知らないものと新しい価値を「つなげる」仕事であって、それを忘れてしまうと「目先の数字」だけがいい販売員になってしまうと思うワケよね。そうなれば結局、儲からない。

 そこへの視点は、欠かしてはいけないものだと、深く考えることが好きな私は思う。

 だから、他者と「関わろう」と思う「勇気」が必要なのだとも。


 それともう一つ得たことと言えば、「自信」を持つことの大事さね。あたりまえっちゃーあたりまえなんだけれども。

 私はこれまで、自分自身で自分の仕事を「作って」自信を獲てきたところがあったけれど、今の仕事は自由にやらせてもらえる範囲がかなりせまく、むしろ決まった仕事を「どう」やるかとか「どれだけ」やるかということがフォーカスされるので、それにマッチしないととても自信なんて持てないよと思ってたわけですよ。

 でも、「お願いします」と頼まれて代わりにやってみれば、普段自分がやってるよりも強い気持ちで「これは絶対自信ありますよ」なんていう会社の用意したようなセールストークを使って契約を勝ち取るわけ。

 自分だけの顧客の目の前でやってると「そこまでやる必要があるのか」とか、「それが顧客のためになるのか」とか考えていたけれども、そういった赤の他人よりも、身近な仲間のために仕事を優先してしまう・・・・それはそれで、人として自然な行為なのだけれども、「常にニュートラルな立場にいたい」という意識を一時的にとはいえ、「捨てる」ことになる。

 フツーの人にはこう思う方が変わってるのはわかるんだけど、でも、これが私にとってはヒジョ~に後ろめたい気持ちになることで。

 でも、さっき言ったように、こうすることで「新たな出逢いを提供する」こともあるという、いい意味で考えすぎない、自分がすべてを抱えるようなムリな発想ではない心持ちでいれば、これはこれで、そんなに間違ったことではないのかなと思えてきたわけで。

 逆に自分が顧客の立場で、販売員に「新しい価値」を教えてもらうことで、自分にとってプラスになる人生が拓けるのなら、それはそれで恨んだりも嫌がったりもしないで、その出逢いが「よかった」と思えるもんだよなと思ったりもして。

 というか、「世の中」なんて、そういったある種の意図を雑多に含みながら回っていくものなんだしね

 だから、その中で販売としてモノを勧めるってことは、あくまでも1つの「提案」として相手との「つながり」を試みることで、それには自分自身が、商品に対して「自信」を持っていないといけないというのはあるんだなと思って。

 よく売る販売員の中には、根拠もなく会社に言われたものを信じたり利用したりすることで、それが絶対良いものであると自分の中でインプットして相手にもそう思いこませるタイプの人もいて、「それもどうなの?」と思ったりするのが私なのですが、とはいえ、自信がない人から売られるのも、「だったら話しかけてくるな!」という、人間くさい思考も非常に自然だなと思うわけで。

 そういう意味で、本当の意味で優秀な販売員は上辺だけでなく、ホントに愛情を持っているがゆえに自信を持って自社の製品を勧められる人、であると言えるわけ。

 でも、そんな販売員はそうそういないけどね。

 何が違うって、結局、長い目で見たら、上辺だけの提案では、その時はよくても、後で冷静になったときに「だまされた!」と思うこともしばしばあるわけで。まぁ実際、そういう販売員(上司)のクレームがこの間あったばかりですが、それが「うまくだまされたなぁ!」と関心して終わるならまだしも、「いいようにだまされた!」ってんなら、その人は二度と顧客になってくれないわけじゃないですか。

 前者なら、自分以外の、その商品に携わる人が良いサービスをすることで、その出逢いがムダにならないどころかいい方向に転ぶこともあるでしょうが、後者ではムダどころか印象を悪くするだけです。
 ですが、とくに成長が鈍化した産業の会社は目先の数字を追う傾向があるので、そういうことよりも、とにかく売れることを優先するため、そういった販売員でもOK・・・・にしてしまう傾向がある気がします。それが悪循環につながっているのでしょうが。


 かといって、そうやって自信持って勧められるって仕事の姿勢そのものは、決して否定できるものでもないな、というのが、自身の、向いてない販売員経験から感じたこと。

 セールストークで言ったつもりの「自信があるから試してみてください」ってのは、大げさかもしれないけれど、嘘でもないかもしれない。自分に自信がなくても、相手にとっては「いいサービスだ」と思うかもしれないのだから。

 そこを自分の中で深く考えてしまうと、サービスを「提供」するのは自分ではないので、中にはいいサービスをしてくれる部署とか人もいるかもしれないという視点を忘れてしまう。そこで、「悪いサービスを勧めるのではないか」とネガティブに考えるよりも、「きっといいサービスをしてくれる」と「信じる」ことしか、正直できないんだと思う。

 たしかに、信じられんアホちんな人もいるかもしれないが、同じ「側」の人間なのだから、その人たちをいったん信じなければ、自分のもらっている給料も、ただの「バイト代」みたいな感じになってしまう。多くの人たちが適正に仕事をしてくれるからこそ、安定的に給料がもらえるわけなんだから、大勢に流されるのは嫌いとはいえ、その中の「一部」になって仕事をするというのも大切なことだなと思ったわけ。

 それが、少なくとも給与人(サラリーマン)の、プロとしての姿勢と言えばいいのか。

 でも、そう考えると、昔の日本人が持っていた愛社精神ってのもこういうものだったのかもしれないね。

 「リストラ」や「契約社員」という、言葉としてムチャクチャな会社用語が氾濫する前の時代の、いわゆる「古き良き日本」。会社だけじゃなく、国全体が、そんな雰囲気だったんではなかろうか? 今では、多くの人が、おなじ日本人ですら信じていない。メディアも信じられない、教師も信じられないし、近所も信じられないし、会社も信じられない・・・・みたいなね。



 話がかなり大きくなってしまいましたが、この、向いてない販売員生活もムダではないなという結論に至りまして。自分の立場だけの視点で見るから苦痛なんであって、全体の中の一部として見れば、気持ちとしてすごく楽になります。あくまでも、出逢いの提供者であって、行使者ではない。

 自分の仕事が独立したモノではなく、他の人につながっていくモノなので、そこで自信を見つけるのが難しく見えただけで、今までよりも広い意味で仕事をするようになったということでしょう。転職した目的と若干ですが重なってるから良しとしましょう。自分の世界にこだわらない、広い仕事。


 にしても、「自信を持って」人に向かい合うって、価値のあることだなと思いましたよ。一言で言えばそれで終わりっちゃー終わりなんですが。

 創作するのも、自分の中で自信をなくして終わり・・・ってのが多いのですが、そんなこと気にせず、新たな出逢いを提供するぐらいの気持ちでいれば、もっと気楽に(というとおかしいですが)書けそうな気がします。受け入れられるかどうかなんて気にせずに、とにかく、自信持って書くしかないよね。

 なんもないところから自信なんて生まれないけど、自分のやってきたことを信じる気持ちを持たなきゃ、人と関わっていけないんじゃないかな、自分の望むようには。この日記だって、自分のやってきたことの結果なんだし。たとえそれが「変」であっても、他の誰かにとっては価値のあることかもしれないしね。
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