死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2012.10.31 03:17
 こんばんは、相変わらず、激しく久しぶりのtkiyotoですよ。

 最近、忙しかったですねぇ。いやまぁ、まったく余裕がないとかそんなことでは全然ないんですけれど、エネルギーを注ぐことがひとつあると、なかなか他の方に「エネルギー」というか「力」を注げない。

 「力」のいらないことなら、やってますよ? テレビ観たり、プロ野球MAXという、選手の動きがファミコン時代のままのオンラインゲームをやっていたり。

 でも、「書く」って結構、「力」、いるんですよね。少なくとも私にとっては。

 書くための感覚を練り上げる時間というか、気持ちの流れが必要というか。

 書くネタがないわけじゃないですよ? その、プロ野球MAXネタとか、メタボ気味な我が家のゼニガメを庭で散歩させてみたら行方不明になりかけたとか、協力会社のダメ課長代理のダメダメ話とか、ジョブズを意識したであろうはずなのになぜか眠くなるプレゼンとか、フレッツ光の1Gサービス「ネクストスーパーハイスピードタイプ隼(超長ぇ名前)」はダウンロード速度が信じられないほど速くなるとか、色々あります。それこそ、毎日書けよと。

 でも、書いてないですよねぇ。あっさり書こうと思えばカンタンなのかもしれませんが、あっさり書きたくないというか、書き出したらキリがないからやめていたというか・・・・。

 まぁ、単なる怠慢といってしまえばそれまでですが、まとまりのある、完結性のある文章を書くまでの「エネルギー」がなかったというのがリアルなところでしょうか? 途中まででいいならできたんですが、「途中」というのがどうも・・・・自分的におもしろくないというか。


 もちろん、カテゴリを見てもらえば分かるように、企画倒れで止まっている「途中」企画もたしかにたくさんあるんですけれど。それでも、ひとつの記事に対して、分割せずにそこで完結している物がほとんどだと思うんですよね。
 それはなぜって、純粋に私が「そうしたい」と思っているからで、逆に言うと、「連続」して書いていくというのがなかなか気持ち的にできないんですよね。ガッと集中して、ガッと書きたいというか。


 それで、そのようなのは日記だけじゃなくて仕事にも言えて、この間、勉強会したんですよ。ガッと集中力を高めて造った恐ろしく濃い資料を使った勉強会。

 詰め込みすぎかと思ったんですが、好評でしたよ。誰も寝ない。私も顔色を伺うこともない。プロに対して媚びる必要なんてないんですよね。ほしがってる情報を与えてやれば、動き出すのがプロですから、なんかプレゼン法を意識して、変に細工とかしなくてもいいんですよね・・・・と、同じ日の少し前に参加した勉強会に眠りそうになったんで、そういうのも特に意識しましたよ。

 大事なのは、テクニックじゃなくて、何のためにするかだと。

 スティーブ・ジョブズのプレゼンがすごいのは、その「何のためにするか」ってのを明確に持っているんですよね。だから、ストーリー形式で語れるし、人々も引き込まれる。ただ、その、根底にあるものに気づかずに、上辺だけなぞっている人もいるのが現実です。「うまくやるために見習おう」じゃ、弱いんです。足りないんです。

そもそも、会議とかもそうですけど、そもそも「眠る」ってのは、生存機能を休める行為ですからね。生存に必要だと思われないことをしている会議は、眠くなるもんです。だって、眠ってても生きていけますから。


 ちょっと話がそれましたが、そんなわけで、現在、その資料が地域を越えて、どんどん色んなところに流れ、やれ表彰だとか周りが盛り上がっているんですが、私自身はというと、わりと冷めてて。

 嬉しくないわけではないですが、そもそも、こういうことをすることで業績が上がって初めて意味があるでしょと思う実利主義者的なところもあるもの大きいんでしょうね。数字が上がったウラに、自分のやったことがあればいい、というのが私の考え方だし。
 それに、別に私自身が目立ちたいとか、思わないんですよね。名誉よりも実利しか興味がない性格といえばそれまでですが。

 また、あと二つほど理由があります。

 こういった仕事をして評価をされる、というのは、別に今に始まったことではない、というのもあります。10年前の自分でも、同じようなことがありましたし。
 普通に(こういった自分に向く)仕事してれば、こんなことはついて回ることは予想はしてました。凄くイヤな言い方かもしれませんが、本人的には「なぜ他の人はやらないの?」とか「こんなんで満足してないよ」と思ってるぐらいです。そもそも、大物をライバル視しているからかもしれませんが。

 また、もう一つは、「この方面で評価されてもなぁ」と思う気持ちがあることです。

 普通に、創作的なところで評価されたいよと。

 でも、昔と違って、最近はちょっと変わってきましたよね。
 いい意味であきらめたというか、受け入れたというか。そういう気持ちを捨てたわけではないですが、「方向性」自体は間違っていないのではないかな、と。本来自分が望んだことは。そもそも、「文章」だったあくまでも私にとっては「手段」でしかすぎないんですからね、元々は。

 自分が本当に望んでいるものが根底にあって、それが、にじみ出るからこそ、そういう「結果」がついてくる。それは、否定することではなくて、ポジティブに受け入れるべきなんだな、と。


 そもそも、大きな結果を残せるということは、それなりのことをしたからだし、それなりのことをするためにはそれなり以上の努力をし続けなければいけない。

 そうなるためには、単なる努力だけじゃ、ダメなんですよね。
 自分の、根底にあるものから生み出されるものが、他の人との違いを生み、差をつくる。だから、自分では「なんで他の人はやらないの?」と思うことであっても、私にしかできないことを自分では気づかないうちにしているってことなんですよね。

 またそれは、自分が本当に望んでいることと、リンクしているからこそ、できること。

 ってなことを、最近の忙しさに自分は全然イヤではなかったり(肉体的には辛いけど)、大きな流れを生み出している周りの反応を見て、思いました。

 また、私にしかできない仕事があって、私が求められているのなら、それが自分の運命と思い、そこにエネルギーを注ぐのが、社会に貢献することだなと。
 そうしている内に、次のステップに行くこともあるだろうし、その延長線上に、物書きとして生活できるような立場というか環境ができていけるようにしていければいいかなと。


 幸い、「仕事」に関しての才能は恵まれているようなので(対人的なものとかはアレですけど)、それを否定するのではなく、受け入れて、利用していくしかないですよね。

 「物書きになるならこうしなきゃ」とか、格好つけずに、自然に。

 「自然」って何にもしないことではなくて、色んなことを踏まえた上で、「自然」に。
 そこが、夢ばっか追ってそのうち夢を追うフリしかしなくなるお子ちゃまのいう「自然」と違うところですかね。バットをたくさん振ってるから、力を入れなくてもきれいなスイングができるようになる、的なね。
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