死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2006.06.10 23:36

 今日の新聞広告に時計会社(たしかシチズン)の全面広告があった。

 その内容は、ミヒャエル・エンデの代表作『モモ』の一節。「じかんどろぼう」が現れて、街の人々が時間節約に必死になった部分を抜粋だった。

 手元に新聞がないのでどういう締めだか忘れてしまったが、どうも、今日は「時の記念日」らしいから、そういったちょっと真面目で(金にならなそうな)広告を出したらしい。
 シチズンという会社の従業員満足度が高いのは、こういった考え方を企業の中に持っているからかもしれない(情報元が2chじゃねーかというツッコミは抜きで)。

 『モモ』といえば私の人生に大きな影響をあたえている作品の一つなのでつい目がいってしまったのだが、こういうものを、今、取り上げるのは、最近の「株」で儲ける人たちの急ぎすぎた生き方に対するアンチテーゼも含まれているのかもしれない。

「ところがわれわれは、子どもたちをあすのこういう世界のために教育するどころか、あいもかわらず、彼らの貴重な時間のほとんどを、役にも立たない遊びに浪費させるままにしている。このようなことは、われわれの文明にとって恥辱だし、未来の人類にたいする犯罪ですぞ!」(『エンデ全集3 モモ』p.278)

 「時は金なり」
 しかし、時がすべて金に変えられるわけではない。

 我々は金という魔物に振り回されていないだろうか?
 それに取り憑かれた状態が時の価値を金で計ることしかさせなくなる。時を計るのは時計であって金じゃない。時の価値を計ることができるのは、その人の心だけだ。他人が作った価値観などでは断じてない。

「さっさと順番にやってくれ! 子どもはおれたちより、ひまなんだ。」 (同p.291)

  確かに「時は金になる」。だが、時すべてが金になるわけではない。「時は金なり」その意味は、「金」自体をどう考えてるかで決まるのかもしれない。

モモ
モモ
posted with amazlet on 06.06.10
ミヒャエル・エンデ 大島 かおり
岩波書店 (2005/06/16)
売り上げランキング: 826
 こういう作品が売り上げランキング826位ってすげーな。それだけ、こういうモノを人が求めているということだろうか?
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