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死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.04.24 23:45

 アリとかネズミとかゴキブリとか、あまり好まれない生物たちは、基本的に「駆除」の対象になることが多い。だが、駆除しようとしたときに、彼らのその、なんというのだろうかな、「生」への本能的な欲求を垣間見えてくるのだ。

 カゴの中の鳥を見ていてもそういったものを感じることはほとんどないけれど、駆除しようと躍起になる側(人間)と、それを逃れようとする側の必死な抵抗を見せる側(害虫)。その中の、(動物側での)限界レベルでのやりとりが、その動物の持つ最大限の力を引き出す機会にもなり、それが飽くなき「生」を体現することになる。

 そういえば人間も平凡な人のドラマはちっとも面白くないが、波瀾万丈な人のドラマ方が興味深く思えてしまうのも、「駆除」されそうになった人たちの、必死の抵抗が、平凡に生きているだけの人では到底身につけることが出来ない現実への対処の力を身につけさせ、それが形として結実していこうとする流れを美しいと思えるからかもしれない。

 ということを考えると、ドラマとは、人の「生」への欲求そのものなのかもしれない。死にたい→死にました、でははちっともドラマにならないが、たとえ死に至るとしても、必死に与えられた「生」の中でもがきくるしむからこそ、ドラマが生まれていくのだろう。特攻するときも「はい、死にます。当たり前JAN?」では何もドラマがない。本当は生きたいからこそ、ドラマになる。

 もっとも、カゴの中の鳥を描くようなドラマも世の中には腐るほどあるが、それが悪いというコトでもないとだけはつけ加えておこう。

 眠いからちゃんと文が成立しているかどうか不明である。明日見直して愕然としそうだが、そういうのもまた、生きることなのだと思う。

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