死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

--.--.-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
トラックバック(-) | コメント(-) | この記事のURL | 編集 |
2007.08.02 22:59

 昨日、作詞家の阿久悠(あくゆう、悪友から命名)が亡くなったということで、特にラジオなんかつけるとその話題ばかり。

 そりゃ作詞した曲が5000曲にも及び、作詞シングル総売上枚数日本一(小室哲哉よりもちろん多い)というのだから、何も知らない人の方がおかしいと言ってもいいかもしれない。それぐらい(特に30代以上の人には)影響を与え、時代を担ってきた作詞家と言えるだろう。

 代表作には・・・・数え切れないからいいよね(ダメ?)。
 若い人には案外、杉田かおるの「鳥の詩(鳥よ~鳥よ~鳥たちよ~♪)」とか、和田アキ子「あの鐘を鳴らすのはあなた」とか、「名探偵コナン~ぼくがいる~」とかがあるし、意外なところで「デビルマンのうた」とか「今日もどこかでデビルマン」とか、「ウルトラマンタロウ」とか、フィンガーファイブ「恋のダイヤル6700」とか、ピンクレディーの「UFO」だったりが有名か(なぜこれが一番最後?)。

 昭和最大のヒットメーカーとも言われた阿久悠だから、みんな「書く曲書く曲売れて、成功者だ、いいなぁ」とか思うかもしれないが、氏はこんな本も書いている。

 『なぜか売れなかったが愛しい歌』

 当たり前のことであるが、音楽界最大のヒットメーカーでもやっぱり売れない作品があって、だけど売れないからって捨てたもんじゃないぞって氏自身が思う作品もたくさんあった。この本は、それについての思いとか事情とかを回顧してみるという、氏のホームページ「あんでぱんだん」の一コーナー「あまり売れなかったがなぜか愛しい歌」を書籍化したものだが、この後書きでこんなこと書いている。
 「あまりうれなかったがなぜか愛しい歌」という長いタイトルが、このエッセーの原題である。…(中略)…(今の「なぜか売れなかったが愛しい歌」というタイトルは)編集部が考えてくれた。そして、ぼくは、よかったと思っている。
 「なぜか」という不思議が「売れなかった」を説明することによって、妙な口惜しがり方が消え、単なる運気のせいと気軽に考えているように思えるからである。それに、自分の作った歌を愛しがるのに「なぜか」と奇妙がるのもいいかげんで、愛しいは愛しいと弁解ぬきで、「愛しい」と呼んだ方がいいだろう。

 ヒットメーカーの阿久悠でも、いや、だからこそ、「売れない作品=悪い作品なのか?」という疑問というか複雑な思いがあったのだろう。だから当初は「なぜか愛しい」と思っていたのが、第三者である編集部が「売れない作品=悪い作品とは限らない」と阿久悠に示したのだ。それは、出版業界にいるからこそ思う「売れる作品」の本質を捉えているからだろう。

 力がなかったとか、失敗したということではない。むしろ、その逆で、あまりにも意欲的であったり、挑戦的であったり、新しかったせいだということがわかるのである。

 西田敏行の歌った「もしもピアノが弾けたなら」も阿久悠の作詞だが、この、「ピアノが弾けない男がモテない男になる」という時代の変遷を鋭くキャッチする阿久悠が、ヒットの琴線をわかっているであろう阿久悠が、こういう「ヒットの法則」の基本中の基本を忘れることもある、というのは歌謡界最高のヒットメーカーも一人の人間なんだと思い知らせてくれるシーンだ。

 

 とはいえ、氏のヒットは、時代を捉える力だけではない。代表曲「UFO(ピンクレディ」ー)に、こんなフレーズがある。

飲みたくなったらお酒
眠たくなったらベッド
次から次へと さしだすあなた
信じられないことばかりあるの
もしかしたら もしかしたら そうなのかしら
それでもいいわ 近頃すこし
地球の男に あきたところよ アン

 面白いのは、こう言うことが出来ないのが「地球の男=普通の男」として描いているところだ。それだからそんな地球の男じゃない男に女は惹かれるのよ、とさり気なく、実に人間らしい生々しい表現で「近頃 少し 飽きたところ」と書いているあたり、そしてそのさりげなさが、女性に人気のあったアイドルグループピンクレディーの爆発的人気をプロデュースできた底力なのだと思う。

 もちろん、曲や振り付けの要素が一番のヒットの要因だけれども、この、少女にはわからんかもしれないけれども、やっぱりわかっちゃう「男って女心わかってないわ」ってのを、そのころ流行っていた「UFO(で来た宇宙人)」という表現でもって、その女心をわかってくれる男に女って行っちゃうものなのよっていうそこかしこにあったその時代の女性の考え方を見る、鋭い観察眼が阿久悠にはあったわけだ。

 女は、自分にとって、ダメな地球人よりは、いい宇宙人を好むかもしれないのだ。
 しかも、「飽きた時」という条件付だ。すなわち、結婚は出来ないけど、恋愛はOK、ということであり、それを阿久悠はこのフレーズの中にギュッと閉じ込めて表現してしまったのだ。
 恐るべし阿久悠。本来なら、「恐るべし女性」と書くべきだが、阿久悠はそれを否定も肯定もせず、実に冷静にかつ客観的に、その人の立場に立って、その人の感情で詞を綴ることができるのだ。 これらの能力がマッチして、阿久悠は日本歌謡界最大のヒットメーカーになる。

 

 しかし、その阿久悠も、自分のことに関しては冷静に客観的に見ずに「売れない=ダメな作品なのか?」という思いを持っていたことが、新鮮にも思える。氏は、確かにヒットソングの狙いを『「企み」の仕事術』というような本に書くぐらい、 「ヒットのさせ方」は数多く知っていたけれども、そのすべてを理解し、会得していたのではないのだ。

 そういうことを考えれば、今そこかしこにいるヒットメーカーになりたい人たちは、むやみやたらに「ヒットの法則」に則って行うよりも、むしろ、阿久悠のように、だれもが持てるわけではない能力(チカラ)そのものを磨く方がいいのかもしれない。
 そして、そのことを認めてくれる人がいると、まず信じることも・・・・。

 下手な鉄砲も数撃てば当たるのである。それが下手どころか逆に上手すぎたからこそ、阿久悠は誰も追従できないほどの作詞家でいられたのかも、しれない。

 

 勇気を出して書きたいものを書けばいい。阿久悠が残してくれたものは時代ではなく、自分の想いを言葉で表現するという生き様なのかもしれない。


なぜか売れなかったが愛しい歌
阿久 悠
河出書房新社 (2003/07/23)
売り上げランキング: 4656

web拍手 by FC2












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://tkiyoto.blog6.fc2.com/tb.php/737-e62ed03b

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。