死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.08.29 23:48

 ハードディスクがいっぱいになってきたので、PCのテレビ機能で録りためてほったらかしにしてあるビデオを減らすべく、『功名が辻』(笑)のビデオを見た。見たのは「開運の馬」と「本能寺の変」。

 後者は言わずもがなな大河ドラマに欠かせない(というか歴史を語る上で欠かせない)イベントですけど、前者はいわゆる「山内一豊の妻」の中で一番有名なシーン。へそくりで夫に良馬を買ってあげるお話だ。

 まぁ、なんというのだろう、期待はしなかったのだけれど、なんというのだろう(←二回目だぞ)、ちょっと、あれというか、つまらなくはないのだけれど、ぬるい。

 そう、ぬるいな。
 色々と言わんとしたいことがあるのはわかるんだけれど、それがため、人間の描き方が一本筋で、なんか存在感というか実在感がない。これは低予算のセットのせいではないはずだ。

 女が書いた脚本だからとか、山内一豊の妻ではどだい無理だったのではとか、濃姫が本能寺で兵を斬りまくるシーンがあるからとか、そういうことではなくて、なんか、ペラい。
 そう、ペラい。先日ある大河の起伏に富んだ支流をいくつか見ながら帰ってきて感じたことを言わせてもらうならば、このドラマは大河じゃない。そんな感じがした(少なくとも見た話では。信長と光秀は河になってるが)。それを言ったらそもそも「功名が辻」をチョイスした時点でダメじゃ・・・と言われそうだから言わないけれども、「功名」という名の大河にすればもっとグッとよくなったんじゃないかと思ったんですよね。「千代」を大河にするのではなく。

 てなことで結局は「描き方」の問題なんじゃないかなぁ、と思ったのは私だけですか?・・・・・っていうか今頃言っても誰も憶えてないか。そう、この、「憶えてなさそうな」ぬるさがあるんですよねぇ。まるでエッセイストが書いたようなドラマだった、って思いました。
 え?エッセイも書いてるの?

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