死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.10.06 23:58

 めちゃイケで、恒例の岡村隆史ライブ参加ルポをしていました。

 いや、やっぱりあれだね、岡村は、すげぇな。

 見てない人への説明は省いて申し訳ないんですが、とりあえず、毎回のことのように、人々の想像を超えるパフォーマンスを見せて、感動(主に笑いだが)させてくれる。

 人はいつも自分を肯定したがるもので、特にある程度「プライド」を持ち出すと、特にそれが顕著になる。それが必要な時も多くなるからと言えばそうなのだけれど、だからこそ、そこに生まれる「スキ」がある。いや、スキというよりは「甘さ」というのだろうか。自分への評価が、自分の尺度で行われてしまう。
 きつい言い方をしてしまえば、自分のカタルシスに酔ってしまうがゆえに、他人を軽視してしまうこともある、とでも言おうか。そうすることで、得られないものがある。そんな甘さだ。

 本当にいいものとは、外からの風を受けたものだ。しかもその風は、自分から取り入れようと求めていったものではなく、半ば偶発的に、けれど必然的に取り入れられることが多い。小説ならば太宰治の『黄金風景』なんていい例だけれど、人はどこかで「負けた」と思えるような体験をしていかなければやはり「進歩」などしない。
 別に進歩を求めないならいいのだけれど、今回、岡村が乱入(?)するライブは、「EVOLUTION(進化)」なのだ!

 ・・・・・まぁ、放送作家が優秀だったとも言えるが、一にも二にも、EXILEの上を行っていたなぁ、という今回の岡ちゃん。本番前のEXILEメンバーの「(乱入を)止めろ!止めろ!」という真剣さをあざ笑うわけでもなく、ひたすら「最高の盛り上がり」を求めてステージに乱入した岡村! これが大ウケ!

 本番近いからと練習から岡村を追い出したEXILEのメンバーが考える「最高のパフォーマンス」は、自分たちに出来る最大限のパフォーマンスと考えていたのだろうけど、必ずしも「感情」をこめてやればベストとは限らんからねぇ。この、ライブ感、グルーブ感とかいったものを、「よく」感じすぎて、それにはまってしまう恐ろしさが「生」の恐ろしさだけど、実際、「質」という面で見たらやっぱりしっかりとしたレコーディングスタジオで音取りしたほうが絶対いいもんね。だから抜き取りとかするわけだし。

 コンサートライブはそもそも、パフォーマンス大会ではなく、盛り上げる「祭り」だからね、そもそも。盛り上がれば、ヘタでもいいじゃないですか?お祭りって。一生懸命ならという条件がもちろん付きますけどね。

 また、パフォーマンスの「質」ばかり気にしていると、人って結構保守的になってしまうんですよね。「これはわからんだろ」「ウケなさそう」とかね、気にしてしまうんですよ。
 そこを岡村は若者いであろうEXILEファンには「わからんだろ~」というような「変なおじさん」とか「ヒゲダンス」とか、古いネタを出してくる。そりゃ、セオリーから行けば「ウケない」と思えるけれども、使いようによってはウケる場合もある。なぜなら、EXILEのファンは必ずしも皆が皆若いわけではないし、若くてもヒゲダンスを知っているかもしれないし、なによりそれが面白ければ「リバイバル」することだってある。これは、EXILEがどれだけ頑張ろうと、あのままでは起きなかった現象だ。

 そういうことを理論的に捉えてやってるわけじゃないけど、自分の素の「感情」そのものに従う岡村が、そういう「ワク」をぶち壊して行くからこそ、EXILEが思ってた以上の盛り上がりが期待できるんだよね。単なる「ウケ狙い」じゃなくて、本当の「パフォーマー」として第一線中の第一線をはってきた人間の盛り上げ方を、EXILEは勉強できたんだろうね。

 「練習に集中したいから出ていけ」というのは確かに「正しい」けど、その中には、自分の「イラ立ち」や「不安」があるからこそ、そう思うわけだからね。「泰然自若」じゃないというか。お笑いが乱入は一般人レベルではたしかに「真面目にやってるからダメでしょ」と思うけれども、それを乗り越えてしまうのは、ひとえにEXILEにとってもプラスになることがあまりにも多いからだ。
 こういう飛び入りを受け入れる(盛り上がりを見ると受け入れざるを得ない)というところを見せるだけでも、懐の広さがあると思われたりするようにね(ということをわかっている放送作家も大したものだ)。

 

 岡村の持つ才能というか、センスが違う。そう、才能というものならもっと持ってる人がいるのだが、センスが存分に発揮されるからこそ、この企画は10年も続いているんだろうね。そして、元気を無くした岡村の股間にパンチした子どもがいたりする、その時のハジケっぷりを見ると、そういう他者との関わりもやっぱり必要だと思うよね。
 でもそれは、岡村が常に「最高のパフォーマンス」を求めているのではなく、「最高の盛り上がり」だからだろう。その為にこそ、「最高のパフォーマンス」がある、という順序というか。でもそれは、最高のパフォーマンスを求めては得られないものなんだよね。

 そういう意味で、岡村の才能というのは、小さいことにとらわれず、目的を達成することにひたすら己を仕えさせることそのものなのだろう。いわゆる、「努力」という才能というのか。だからこそ、センスが生まれる。そう、「センス」という形にしがたいものが。

 でも、そうやってこそ、トップになれるんだろうね。本当のトップは違うねぇ。

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