死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.10.18 23:59

 今どきは高校の学園祭の出し物であるお芝居にも、著作権料を徴収するというのをニュース23でやってましたね。

 高校のお芝居(しかも演劇部じゃなくてクラス対抗とか)にまで真面目な顔して「権利を侵害しているから著作権料を払え」というのは、亀田父の手紙よりずっとイタイ状況なんですけど、まぁ、想定の範囲内ですよね。

 なぜかって、こういうこと言う人って、権利を持っている人ではなくて、それを管理する人なんですよね。高校生が脚本通りに演技すれば作品が再現されると思っているアマチュアの発想で、いかにもクリエイターの発言じゃない。実際そうだから仕方ないけど。

 これが一番問題とも言えるんですけど、あまりにも権利を守る手間が煩雑なために存在している彼らに、存在するなと言うことを言ったところで通用するわけでもなく、彼らはいかようにも理由を考えてくるんですよね。理念がいつか思想になるというか。
 新聞者は新聞教育を、著作権協会は著作権教育を、「教育」の名の下に教育現場に入り込んできます。形こそ善意ですが、その「真意」のどこかしかに自分たちの批評者がいてもそれを「間違ってる」と処理することがあります。

 確かに「学校ならばなにをしても許されるというものではない」というのは事実なのですが、だったら「権利があったらなにをしても許されるというものではない」という反論も生まれるんですよね。そしてそれを議論する手間を「著作権なんかに!」惜しみたくないから、権利側は「啓蒙」をし、学校側はそれを避けて、結果、演劇というものがどんどん小さなモノになっていく・・・・自然、自分たちの存在価値は、多くの金を落とす演劇者に寄り添う形になる・・・・・現在問題とされている「二極化」というのは、実はこういうところから来ているのかもしれません。哀しいことですね。

 しかし、次の世代のやる気や才能がある人間が、そういうバカバカしさからアングラな社会や、力が伸びそうもない狭い社会に内向していくのは、結局業界としてはマイナスなのではないだろうか?

 人を感動させる作品を管理していると、その作品で訴えていることも、管理されてしまうということかもしれません。打開策はないんですかねぇ? まぁ、そういうネットワークを作るしかないのかな、協会と違うネットワークを。

 あ、あと問題なのは「俺の作品は高尚だから演じないでくれ」という作家意識かな。わからんでもないけれど、そういう作品がファシズムを批判していても、それこそがファッショな気がするのは私だけでしょうかねぇ。ま、人間なんてそんな矛盾な存在ですが。

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