死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.11.04 02:36

 コンビニにある新聞全種類を買いました。
 なぜって? ドラゴンズが優勝したからというのもあるけれど、例の「落合采配」についてどんな視座を持って語っているか、メディアリテラシー教育(するのか?)の一環として読み比べようとしたためだ。なんたってねぇ、ネットニュースでは「賛否両論」なんて言うもんだから、どれだけ「感情」的な文が多いか見てみようと思ったわけだ。

 ・・・・・意外に拍子抜けだが、みんなまともに普通に理解のある書き方をしていた。記者のコラムとかでは「続投だよなぁ」とか書いてあるのはそれはそれでよいから、感情と記事は別ものという、そこのところはさすがに職業人としての倫理なのだろう。まぁ、「非情采配」とか言う見出しはインパクトを付けるための方便だった感じ。そういう意味で予想したよりずっと普通だった。
 でも、「凄くいい試合だった」というのがあまりないのがやっぱり心の根底にモヤモヤした感情があるからなんだろう。ダルビッシュと山井の投げ合い、この試合で勝負が決まるという張り詰めた空気とかなんか、最後の交代で吹っ飛んだと言わんばかりで・・・・。

 解説者は、ほとんどが「賛成」だ。なぜってこれが日本シリーズだから。たぶん、他の「監督」も同じだろう(←同じだった)。現場の人間が現場を一番に考えるのは当たり前のことだ。野村監督は日本一に執着心がないのかもしれない。なんどもしてるから。

 山井が代えられてブーたれていたならまだしも、満足しているんだから、それをあーだこーだ言う時点でおかしいのだ。むしろ、「クローザーに繋ぐという意識が生む力」という新しい野球観を見いださなくてはいけない、プロならば。阪神のJFKなんかいい例だ。なのに、「準完全試合で参考記録」という扱いはどうなのだろう?(完全試合は個人記録じゃなくてチーム記録という考え方に賛同する。なぜって捕手・野手は記録に残らないから!←谷繁が指摘) それに、山井がそれだけ自分の記録を後回しにしてでもチームとしての勝利を優先したことをなぜ賞讃しないのか。高校野球ならするくせに!! 記録が夢なんかじゃないでしょ。

 さて、なんでもかんでも「賛否両論がある」なんて言うもんだから、その「否」についての、素人ではない人の意見をニュースやら動画やらで見てみると、なんのことはない。ワイドショーぐらいにしかおよびがかからないような三流の人ばかりが多いように思った。いわゆる星野・野村発言も「理解は不能だが、監督によって個性が異なる」という意味であり、それを拡大解釈して否定派に押し込めているような気もする。
 そんなわけで、公の場で否定している人を見ていると、野球人が、考えの合わない人がいることに一々憤ることがないのを知らない、三流の、専門家気取りのファンの意見を無理矢理「賛否」に組み込んでいるだけのような気もする。なぜそんなことするかって、これは間違いなく、「落合博満」というコンテンツだからだろう。だって、誰も森繁和コーチを責めたりしてないもの

 そもそも落合自身、就任するときに「自分に監督を頼むなんて勇気があるな」と思ってたぐらいだから、そういう批判層が生まれる人間だということを承知しているぐらいだから、メディアがそれを行うのは別に不自然なことではないだろう。てなわけで、なにをしようが、王・長嶋じゃない落合には、つい「理解しがたい」ことは、賛否論の的になる。「わかろう」ということをする前に。なんで「わかろう」としないかって、それはやっぱりあの無愛想さと不敵さが、生理的に受け付けないからだろう。たとえ落合が他と同じことをしていても、違って見える。人って怖い。

 ファンならそんな視座でいるのはかまわないのだが、「解説者」が同じような立場では私はいけないと思う。ファンが、そういう野球にまつわる人間の行動を知らないがゆえに生まれやすい感情論をなだめて、納得のいく「解説」をするのが筋だと思うから。しかし、「理解できんね」というのは解説になっていないと、私は思う。取材する時間がないのなら、せめてその身になって想像するくらいの謙虚さは必要だろう。「最悪のケースから考えて岩瀬を出した」とか。しかし、自分も対等の元プロ野球人としてのプライドが、邪魔をするのだ。
 野球界を衰退させるのは夢を奪うことなんかではなく、既得権にしがみついて「新しい価値」を想像しない古い考えに縛られた人たちなんじゃないかなぁ、とかちょっと思った。

 普通にプロ的に考えたら、投手コーチならば「パーフェクトを意識すればホームランもあり得る」ぐらいは分かるだろうし、それと53年ぶりの日本一を地元でと望むたくさんのファン(球場にいた人が胴上げ見たいって言ったわけだし)と天秤に掛けたら、万全の状態じゃない、闘志も弱くなってきた山井より、誰も経験したことのないプレッシャーにでも打ち勝てそうな岩瀬を出すのが意外と普通な策かもしれんけどなぁ。
 メジャー・ワールドシリーズのパーフェクトも、2-0だから出来たわけだし・・・・・・誰が悪いって監督よりも貧打線のような気が・・・・・・・かといって1-0じゃなかったらまず山井がパーフェクトなんかしないが。やっぱり奇跡なんだよなぁ。山井が言ってるんだからそうなんだろ。川上なら実力だけど。あ、そうか、山井だから議論になってるのか「かわいそうじゃん!」って。日本シリーズで投げられただけで幸せ者だよ。どれだけのプロ野球選手があの舞台に立ちたいと願って立てないまま消えていくかを考えたら・・・・・欲がないといえばそうなのかもしれないけれど、今年ダメだったら山井も消えていたかもしれないわけだから、あれで充分だったんじゃないかな? アジアシリーズにも登板しなきゃいけないしね、みんな忘れてるけど、一応、「アジア」だから。日本シリーズより大事なはずだよ・・・・・一応。

 と何を言っても方針を転換しないのが、「落合博満」というコンテンツに対する感情なんだろうね、大多数の人は。生理的って難しいねぇ・・・・そういうのをうまく利用して立ち回ろうとしないところがまた、「落合博満」であって、そういうところがまた、好き嫌いに別れる所なんだから・・・・・これが生き方、いや、生き様なんだろうな。でも、誰にでも出来ることではないことだけは、確かだろうね。

 

 余談だが、「一流」について、スポーツニッポンに落合信子夫人の手記に考えさせられる一文が載っていたから転載する。

厳しい練習も選手が憎くてやってきたわけじゃない。一流プレーヤーになってほしいと思っていたから。12球団で一番厳しい練習を乗り越えてきた選手が、しっかりレギュラーの座で活躍してるもんね。人生、一足飛びなんかない。あんたの現役時代からの努力は私が一番知っている。

 ノックの本数を数え間違えただけで居残り地獄ノックを受けてきた森野が今、「監督はぼくの野球の先生ですね」と言うということは、どういうことか理解しない=苦労しようとしない人たちが好き勝手自分の理想を押しつけているだけなんじゃ、ないのだろうか。プロ野球で酸いも甘いも味わってきた落合が、ただ個人的な感情だけで動いたと思う方が、あまりにも単純な理解。そう、「オレ流」というバイアスから入った、「解釈」。

 三流がどれだけ努力を重ねようが三流なのは、馬なりの努力をしてるだけに過ぎないからかも、しれない。それは楽だよね、自分は痛くないもん。でも、だからこそ、強くなれない。そして、落合が監督に就任する前のは中日ドラゴンズが、強豪なのにあまり優勝できないのはそういう空気があったのだろう。

 ちなみにこの信子夫人の手記、オチが秀逸だ。
 流行る前からビリーズブートキャンプをやっていて、最後の「ビクトリー!」を何度もやったから、優勝の万歳の練習は出来ていたって・・・・・・感動的な話の最後がそれかよ!って感じで最高だった。やっぱり、他人が予想できないことをできるのが、一流なのかな、とか思った。

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