死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2007.11.13 23:59

 稲尾和久が治療のため入院していたら急激に悪化悪性腫瘍で亡くなったというニュースを見てて、ちょうど『白い巨塔』の原作を読んでいたので、すわ「医療ミス?」と思ってしまったのは私だけかもしれない・・・・・。

 さて、そんな白い巨塔を最近読んでるんですが、今日(というか昨日)なんてついつい時間を忘れて夜のうちに読んでしまったりして、寝不足になってしまいました。・・・・こんな時にミスって起るんだよ・・・・・というのは月並みなオチなので使いませんが、しかしあれですね、今まで2003年のドラマ版しか見たことなかったのであれなんですけど、結局世で目にする「医療モノ」って、『白い巨塔』と『ブラック・ジャック』にすでに書かれているものをまた掘り返したモノが多いんだなぁ、って思いました。
 だって、1963年からの新聞連載作品ですからねぇ・・・・ま、その作品で描かれていることが変わらないから再び取り上げるという形を取るのでしょうが、そういういわゆる二次的な作品を見て共通に感じる、全体的な骨太さのない物足りなさというかメッセージ性ばかり先に立つ押しつけがましさとかがある理由が透けて見えてきたりします。

 二次的な作品たちを見ていると、あくまでも「医療」という普段立ち入れないモノにまつわる不条理にフォーカスを当ててからヒューマニズムなんやらを後出しじゃんけんみたいにくっつけてるようにしか見えないのですが、この2作品に共通しているのはあくまでも「医療」に限ったことではなく、人間という存在が「医療」という人の生殺与奪の握ることになるこの、言葉には出来ない人間の営みを描いているところだと思うんですよね。特に、本来は殺も奪はないはずなのに、結果的にそうなることもある「医療」に関わる人間達のやりとりというか・・・・・・・それがやっぱ違うんでしょうねぇ。
 まぁ、一言で言えば、文学か文学でないかの違いなんでしょうけどね。人間をテーマにしているか、医療そのものをテーマにしているか・・・・・という。

 え? なに? この2作品とも「医療」がテーマだって? テーマは「医療にまつわる人間」であって、「医療」じゃないですよ。読めばわかります。
 たとえば、「白い巨塔」でも、ナチスのホロコーストを医師の財前が苦々しく思うシーンがありますが、ナチスのSSと同じように自分の正しさのためにあらゆる手段を画策している自分はそれと違うと思ってるという、「人間」がときおり見せる傲慢さや独善をこれでもかこれでもかと書いてあるんですよ。あくまでもそれが「医療」というものだから苦々しく思うわけで、権謀術策のやりとりは医学部だけじゃなくどんな世界にもたまにある政治的なやりとりですからねぇ・・・・(同作者の『華麗なる一族』はもっと凄く書いてあるらしい)。
 それを一般人は「医学部の・・・・」というけれど、それこそが白い巨塔の価値だったらこんなに評価されてないと思うんですよね。Amazonレビューにもそういうのがあってホッとした。

 「問題提起」作品を否定はしないけれど、それが結局冒頭にあるような「○○じゃない?」というような使われ方をされることがないのは結局、そういった大きな視点で書くことをしないから、作者の意図が見えてしまうからなんじゃないだろうかねぇ。自分の意見が正しいというだけじゃ、他の人が応用できないというか・・・・・そして、それで世の中を変えようとしている人間の甘さというか・・・・・そう、傲慢さが見えるのかもしれない。

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