死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.02.05 23:15

 前にも少し取り上げた倖田來未の発言が大問題になってるらしいね。倖田出演CMや番組を中止とか。

 ・・・・・アホかね。

 でも、こういうのを見ると、なんていうの? 現代がいかに「病んでいるか」というより、一体何に「怯えている」のかというのが見えてくるよね。

 この「羊水が腐る」発言も正確には「大問題」でもなんでもなくて、利益を損なうと判断した人が、トラブルを「処理」しただけなんだよね。そう、最近は芸能人が完全な「商品」と化してしまったし、凄くマーケットというかコンシューマーというかの反応に逐一怯えている。マスコミがあるからとかネットがあるからとか理由を付けて。それだけ、利益を得にくい時代ということなのかもしれない。

 それにしても、「配慮」といえば聞こえはいいかも知れないけれど、実際はそうすることで、自分たちの利益を損なうからしてるだけでしょう? そうなる反発を恐れているだけじゃないだろうか? 大体、そもそも、「配慮」ってなんなのさと。

 確かに、それで不快な感情を抱く人がいるのは確かだよ? 社会通念上を考えても、そりゃいかんだろうという倫理のラインってのがあるのは確かだよ? けどね、だったら、誰にも不快な感情を抱かせないなんてことをみんなしているのか? という疑問が湧くわけだよ。例えば某レコード会社だって、古いCDプレーヤーぶっ壊すようなコピーガードかけたCDを販売してたわけよ(しかも壊れても責任取らない)。これは法律上問題なくても倫理上どうなのだよ。かなり不快だよ。

 そういうことに対して、「自分は関係ない」という想いが根底にあるからこそ、「配慮」という言葉を使って、自分のしていることの妨げになるようなものを見えなくして、自分が傷つかないようにしている部分があるんじゃないのか、問題を「問題」として「処理」しようとしているだけなんじゃないかとも思えもする。だから、どうにもスッキリしない。

 

 もっとも、失言の多い人を採用するってことはそれ相応のリスクがあるって考えていないって過失もあるだろうから、まぁ、しょうがないのかもね。吉永小百合とかみたいに失言しない(というかあまり出ない)人を使う選択だってあるんだから。

 倖田に乗っかっていた企業やメディアが、一緒にずっこけた。ただそれだけなのに、倖田が悪いんだって論理は危険だよね。大日本帝国マンセーで「この非国民め!」と他人を警察送りにしたような人が、戦争に負けたら「天皇のバカ野郎」って言うのと同じことじゃないかな? ・・・・・なに? よくある話だって?

 でもま、そういうニュースはスポーツ誌とか、J-CASTみたいな程度の低いとこが大げさに取り上げるだけだから一々反応することもないんだけど、ま、「人気だから」「イメージだから」とかで安易な仕事はしないってことだよね。仕事するなら一蓮托生、ぐらいの気持ちじゃないとね。

 最近そういう人少なくなったかもなぁ・・・・・・と思う今日この頃。

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