死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.03.01 14:59

 『それでもボクはやってない』観ましたよ。ええ、DVDで。

 なんで今日テレビで(フジね)やってんのにDVDなのって言われたらさぁ、「知らなかったんだよ!」って言うしかないよね。借りてから知ったの。

 さて、そんな「知らなかったんだよ!」じゃ済まされない、痴漢冤罪事件を取り扱った本作ですが、なんでしょうね、これは、絶対、人気監督じゃなかったら話題に取り上げられもしなかったでしょうね。それぐらい、なんか、観てて、悲しい。商業ベースに乗らんだろと誰しもが思う。けど、こうも思う。よくぞやってくれた、人気監督というか。冤罪に遭った人たちの、不条理な状況に追い込まれていく様をよく形にしたものだと思います。

 日本の裁判制度は検察の証拠がほとんど採用される「有罪率99.9%」というのは、一部でよく言われていることですが、あまり知られていないのは、裁判なんて「悪人」とか「悪いことをした人」にしか関係ないんでしょ? という想いがあるからでしょう。それは自然ですが、恐いことではあります。まぁ、一番の理由は、この文章のように「めんどくさい」からでしょうか、関わるのが。
 それが自分の首を絞めることがある、という「事実」をこの映画は教えてくれます。最近ぬるい、観客を満足させることを主眼におきすぎて真実から目を背けさせる作家が多いですけど、さすがに違いましたね。自分の世界を創れる人は。

 冒頭の「十人の真犯人を逃すとも 一人の無辜を罰するなかれ」というメッセージが出ます。これは、裁判の基本原則らしいのですが、「疑わしきは罰せず」なんてのは、事実上無理に近い現実なのだというのを、まざまざと見せつけながら問題提起するのが、この作品です。「殺人冤罪」じゃなく「痴漢冤罪」なのが、観る人の頭をガーンと殴りつける意味があります。殺人冤罪については『獄中詩集 壁のうた』という詩集などがあるので、読んでみるのをオススメします。いくら自分が「無罪だ」と知っていても・・・・。

 

 およそ一年ぐらい前、裁判制度の問題を取り扱ったテレビ番組がありました。
 フジテレビ系のローカル局東海テレビ制作の日本で初めて裁判所の中の撮影をした『裁判長のお弁当』という、実に珍しい、裁判官密着ドキュメント番組でした(のちに『45回ギャラクシー賞大賞』受賞)。その中で、休みもなく事件に忙殺される裁判官と、その流れに流されるしかない現実の裁判制度(有罪率99.9%の理由)を、実にわかりやすく、そして、はっきりと、視聴者に投げ掛けていました。なにより、裁判官がそれを認めているのに、目の前の事件に向うしかない現実、という点では「それでもボクはやってない」以上の所もありました。

 いい番組だったのに未だにDVDにもならないし再放送もないので、PCに録画してあるものをYouTubeとかニコニコ動画等にアップロードしようかなと考え中です。個人的にDVDに保存するだけのために残しておいたのですが、ローカルの悲しさか、商売の悲しさか・・・・と考える間にやれよって話ですね、はい。
 ちなみに、この番組のナレーションを担当しているのは、故伊丹十三監督の妻で「マルタイの女」などの主役を演じた宮本信子です。制作者はそうとう気合い入れて作ったんだと思います。もう一度観てみます。そっから決めます。

 さて本題。・・・・・ネタバレになってしまうので以下反転。
 最初私は気がつかなかったんですが、この『それでもボクはやってない』ってタイトルは、元ネタがありますね? 地動説を唱えたガリレオ・ガリレイの「それでも地球は回っている」という、宗教裁判にかけられたアレです。その元ネタから結果は類推されてしまうと思いきや、意外にみんな忘れてるんですよね、あのこと。伝記読む子供の方が覚えているかもしれない。大人って、時として凄く残忍ですよね。『オーバーマンキングゲイナー』というアニメでは「システムが人を殺す」なんて表現使ってましたけど、まさにそんな感じ。つい忘れがちですけど、そこかしこにある「現実」です。

 裁判制度というのは、「身の潔白を証明するチャンス」でもあるのですが、そのチャンスは、かなり可能性の低いチャンスだというのがこの映画の描き出している真実。特に、ラストのシーンが象徴しているように「真実でないことを、色々な理屈をつけて真実にすることができる」恐ろしいシステムになっている日本の裁判制度(もうすぐ制度がちょっと変わるんだけど)は、最後の砦でありながらも、蜘蛛の糸でしかない

 この作品が単なるドキュメンタリーともエンターテイメントとも違うのは、ドキュメンタリーじゃあり得ないくらい、主人公に希望を持たせて、エンターテイメントじゃあり得ないくらい「主人公に味方する人がたくさんいる」にも関わらず主人公は不利な状況にどんどん追い込まれていく点でしょうか。「教育ビデオ」という声もあるようですが、これは生半可なホラー映画よりゾッとする演出だと思います。

 観ていてツラいのは、そういう、人がすぐすがりつきたい「希望」を遠慮なくつぶしていくからもあるのでしょう。少女がうろたえながら証言するシーンはまさにそれを象徴していて、また、裁判官が替わる前に「無罪判決を恐れるな」と言っていた裁判官を、無言で入ってきた上司である新しい裁判官が冷めた視線で見ていたシーンも、無駄なシーンのように見えて、凄く重要でした。
 裁判所の中も、警察署の中も、検察庁の中も、「人間がいる」という事実は、恐いモノがあります。生きるって、大変ですよ、みなさん。平和ボケもほどほどに。

(印象に残ったセリフ)

 朝に来て 午後には出てゆく サラリーマン(三井)

 裁判したって無罪はないよ(検事)

 ほんとにやった奴はさっさと認めて普通に生活してるんだ(徹平)
  ・・・・システムの「ミス」じゃなく「欠陥」を指摘している

 薬は体のどこが痛かろうと正露丸しかねえ(警官)

 いつまでも否認してただで済むと思うなよ
 お前のずる賢い本性が見える
 ぜったい落としてやるからな(宮本副検事)
   ・・・・警察組織は戦中だろうと戦後だろうとこういう一面が

 刑弁教官に言われただろ?
 弁護士というからには刑事をやりなさい
 民事は弁護人じゃなくて代理人だって(田村弁護士)
   ・・・・てっきり荒川弁護士も同様口先だけの伏線かと思った。

 (痴漢する人の弁護は好きじゃないからしたくないという須藤弁護士に)
 そりゃそうだね 好きなのは犯人だけだ(荒川弁護士)

 でも 本当にやってるんですかね?
 シロかもしれねえと思ったら落ちねえぞ(刑事のトイレでの会話)
   ・・・・このシーン怖すぎ。あり得ることだけに怖すぎ。

 あ……遠慮しちゃダメですよ
 こっちから言わないと弁護士なんて動いてくれません
 (中略)当事者が必死にならなかったら誰が必死になってくれますか(佐田)

 裁判官が無罪に臆病なのは 今に始まったことじゃないんだ(荒川)

 ここだけの話だけどね 担当刑事がまさか起訴するとは
 思ってなかったって言ってたよ(頑張ってねと言った警官)
  ・・・・冤罪があることを誰もが知ってるけどそれを仕方ないとしてるワンシーン

 刑事裁判の最大の使命はなんだと思いますか?
 最大の使命は 無実の人を罰してはならないということです(大森裁判官)
   ・・・・このシーン、見れば見るほど奥が深いです。
   彼がどういう立場にあるのか、どうなっていくのか、それが主人公にも・・・。

 真実は神のみぞ知ると言った裁判官がいるそうだが それは違う
 少なくともボクは 自分が犯人ではないという真実を知っている
 ならば この裁判で本当に裁くことのできる人間は僕しかいない
 少なくとも 僕は裁判官を裁くことができる
 あなたは間違いを犯した 僕は絶対に無実なのだから(徹平)

 そして僕はとりあえず有罪になった(徹平)

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2012.11.21 00:24  | # [ 編集 ]













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