死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.03.20 14:59

 『リーンの翼』観ましたよ。ちょっと前の話ですが。

 知らない人が大半だと思いますが、富野由悠季監督のライフワーク「バイストンウェル物語」の同名小説のアニメ版(ストーリーは違うらしい)。この、バイストンウェルっていうのが、地球の表面と地底の間にある、魂が行き交う場所という設定なのですが、そういう設定とか知ってないと、これがもう、全然わからん! っていう恐れのある作品です(DVD買えば解説書がついてくるらしい)。とにかく、観てる人にこれほどこびなくていいのかと聞きたくなる作品は、生ぬるい作品の多い昨今、かなり違和感がある。

 もうね、一言で言うと、「富野全開」。
 思わず、「千字のレポート(感想文じゃない)を20分で書け」と言った京大の教授を思い出すぐらい、容赦ない。学生には評判悪いけどレベルの高い授業、みたいな。

 原作者の描くアニメよりマンガの方がよくわかると言われるぐらい(笑)、ハイスピードで、詰め込みすぎで、わかりにくく、難解。まぁ、そういうのが富野作品の特徴ですが、もう、これは彼の要素をこれでもかと体現した作品になっている(脚本に全て参加してるし)。でも、(ここが重要なのだが)なぜか面白い。特に、主人公を食ってしまうほどアクの強いキャラクター(カテジナさんとかキッズムントとか)を描かせたら天下一品ですね(いいことかどうかは知りませんが)。本作も、主人公であるエイサップ・鈴木青年を、「昔の英雄」迫水真二郎が圧倒しています。

 それが悪い方向にも出てしまいますが・・・・まぁ、「弾頭特攻機『桜花※』に乗った元特攻隊員」「別世界に飛ばされてそこで英雄になった」「自分の王国をつくる」「元の日本に戻ろうと技術開発をする」・・・・ってな感じで、在日米軍基地司令官の隠し子でハーフの大学生エイサップがキャラクターとして敵うはずもないんですが。
桜花・・・機銃がついてないどころか地力で飛べない、ロケット弾頭に羽根とコクピットをつけた形の世界唯一の特攻機(そりゃそうだろ)。燃料も数秒分しかないので、輸送機から「滑空」することで体当たりをかます。成功例はない。⇒動画

 でも、私としては、アニメが広く一般に認知される上において、「若造を無理に英雄にしなくてもいいのではないのか」とも思うので、これはこれでいいんじゃないのかな、と思います。そろそろ日本アニメも、ウィル・スミスを主人公にするようなアニメを作って、しかも「売れる」ようになって欲しいものです。だから、この点は別に気にしなかったですね。むしろ、こうしていく方がいい、と思った。

 そう考えてみると(つまり、主人公を狂言まわしだと考えると)、この作品はなかなか世に問うものがあります。

 説明し忘れましたが、この作品、1巻30分のDVD6巻(6話)からなるのですが、なんでこんなへんてこな形式を取るかって言うと、どうもネット配信したのをDVD化していったからなんですよね。値段もそのせいか1本6090円!(笑)もします。全巻で180分で3万6千円! おい!

 さて、そんなある意味とんでもない作品ですが、これが珍味のように意外とよい。もちろん、一回観ただけじゃよくわからない作品な上に、それをわかろうとしない人には絶対にわからないという二重の視聴者にとっての壁があるので、富野作品になれていないととてもついていけないのがやはり及第点でしょうか。もうちょっと、細やかな気配りがあった方がよかったですよね、スピーディーな展開で細かいこと考えさせずに言いたいことを感じてもらおうという造りだったのだと思いますが、そういうストーリー内で語られる解説の少なさはアニメが一般に浸透しないままな部分を引きずっている気もします(もちろん映像技術を駆使して説明もされてますが)。たとえば、通信にアンテナのある通信機を使ったり、戦艦内でパイプで連絡を取ったり、携帯電話に驚いているバイストンウェル世界の人びとが、なぜかオーラバトラー(この世界のロボット兵器)では通信ができてしまうとか。細かなところが、アニメの「お約束」に従っている気がします。こういうのがある内は一般人気は得られないんじゃないかなぁ・・・・スムーズに入っていけないので。セリフが多すぎたりするのもそうですが。それが富野作品と言えばそれでおしまいですけれども。

 けれど、見所は結構あります。男女のラブラブは富野作品らしく大した取扱もされず(笑)、独特の舞台設定を次々と生み出す富野ワールドに負けない、強烈な個性をもったキャラクターのそれぞれの思惑が交錯するところとか(しすぎな感もあるが)、先日紹介した東京大空襲のシーンとか、「羽根」を使った○○○の演出は、悲しくも美しかったですね。また、浦島太郎状態の迫水の心の悲しみは、最近ありがちな単純化された戦争美化or反省という議論を超越して、見る者の心に強烈に訴えかけるものがあります(後述)。
 また、土屋アンナの歌う「My Fate」に非常にマッチしたエンディングは素晴らしい。ただ羽根が連なって羽ばたいているだけなんですが、これが、妙にもの悲しい。特に、5巻、6巻のその「羽根」の意味がわかって、そのドラマを見た後に観るエンディングは長年演出でやってきたプロの技だなぁって感じました。それでも監督は毎回羽根の羽ばたきを変えたかったらしいぐらいですから、やはりこだわったんでしょうね。

(以下レビューというか感想のためネタバレ)

 小説を知らないので、あくまで感じたことですけど、この作品の結局行き着くところは真の主人公になった迫水王ですが、特攻しようとしてこの世界に飛ばされたは良いけれど、結局、「死ぬ気」だったのに死にきれずにいたって言うところなんでしょうね。王様として日本に似た国を作ったバイストンウェル世界から日本に戻りたがったのは。

 それともう一つは、英雄ゆえの孤独でしょうか。作中にて、後妻であるコドールが結局は迫水に心酔していなかった(それもバイストンウェル世界での血族を優先した)とか、友情を確かめ合った(ハズの)アマルガンが敵意を剥き出しにする、娘は言うことを聞かない、それに、これがそれらを象徴的にしているのですが、迫水が桜花というまさに後戻りはしない、何もかも捨てた特攻精神を体現した飛行機を複製して、自らの操縦するオーラバトラーにも「桜花王(オウカオー)」と言う名前をつけたことを、結局は誰も理解してくれない。だからこそ、文金高島田の紙人形という民間文化が生んだ個人的なお守り(靖国神社にあるらしい)を複製した桜花につけていた。きっと、そこには特攻への別れの日に恋人からもらったりしたドラマがあるのでしょう。

 途中、リーンの翼の力によって戦争中の日本に飛ばされた迫水とエイサップですが、東京大空襲で民間人虐殺があったから特攻隊員になれたということを見せながらも、そこで見た日本対アメリカのシーンで、次々と明らかになる真実を見て、「何のために捨てたくないものまで捨てて特攻したのか」を考え、そして変わり果てた東京の姿、そして「生き神」として敬われるはずの特攻隊員が皇居前にて日の丸のついたヘリに攻撃されることに、まさに自分が道化としか思えなくなるのも理解できます。
 いくら英雄だとか王だとか言われようが、英雄になる前の昔の同志アマルガンが「変わってしまった」と言おうが、逆にそれが孤独感を増幅させて、オーラエナジーを暴走させてオウカオーを巨大化させてしまったのでしょう。東京なんて滅んでしまえばいいとさえ、思う。けれど、他人がそれを言うのは、許せない。矛盾しているけれど、素直な反応でしょう。

 でも、心のどこかでやりきれない、その「想い」(あえて怒りとは言わない)を誰もわかろうとしない。妻はもちろん、娘も、部下も、昔の同志アマルガンも。「危険思想」として排除すらしようとする。
 そんな中で迫水と同じ「聖戦士」としてリーンの翼の力によって導かれた迫水の生きた時代を「体感」したエイサップが、ただ一人、迫水を止めようとした。けれども、それでも迫水の気持ちが「わかってやれる」ことはできなかった。そこでエイサップはファラリオを通じてジャコバ王に力を借り、今、この時、彼の心をわかってくれる、ただ一人の「意志」を迫水に伝える。それが、迫水がレプリカである桜花にまでつけた、文金高島田の特攻人形。

 それが迫水に届くシーンは、富野監督得意の(ワンパターンとも言えるが)、人の意志こそが人に生き方を教えるということを象徴するシーン。なんのことやらわからんシーンでありながらも、物語全体を見れば見るほど、そこに集約している『想い』があることに気がつく。

 結果、その紙人形を通じて、自らの、自らの意志も含む「存在価値」をエイサップとジャコバ王の力によって思い出した迫水王は、あの時特攻しようとした「決意」と同じ覚悟で、第三の原爆(フィクション)を防いだときのように、起爆スイッチを押された核弾頭とともに成層圏へと飛び立っていったのかもしれません。
 こういう展開は好む人と好まない人がいるかもしれませんが、「男は女子供を守るためにこそ死ぬべき」という考えのある富野監督の想いに基づいているのでこれはこれでいいんじゃないかな、と思います。

 むしろ、死を覚悟した、そして帰る場所も人もいない特攻隊員の死に場所を満たせたからこそ、最後の、桜が散るなかでやっと、迫水は魂が救われた表情をしたのでしょう。

 あの時代、自分を『桜』と「する」ことが特攻隊員の慰みだった。そうすることで、自分の死が、無駄でないと思えたのではないのか? というメッセージのように思えました。あえて「桜花」という特攻精神の表われみたいな唯一無二の物をメタファーに使って、特攻隊員の想いを表現したというか。

 死に行くはずだった魂がバイストンウェルに降り立ち、生かされた魂を使ってバイストンウェルを平定し、それでも魂の安息が訪れなかった迫水は、現代の日本に戻って(つまり自分の魂の欲求に従って)、特攻しようとしたあの日の決意と同じ想いで、魂(つまり命の羽根)を散らす。そして、そうすることで、また新しい魂が生まれる・・・・そんなお話だったのかな。だからこそ、一時見放されたリーンの翼が迫水王についていったんじゃないのか。

 ・・・・・・うん、やっぱりこの作品は絶対女性受けしないな(笑)。
 

リーンの翼 1
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