死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

--.--.-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
トラックバック(-) | コメント(-) | この記事のURL | 編集 |
2005.07.01 23:58
レビュー3:ストーリーと人物描写

今回はストーリーと人物描写について少しまとめることにする。
とはいえ、そんな大仰なものでもなく、TV版との比較というのでもなく、普通に、映画の一本として見ていくことにする(予定)。
 
本作の主人公はカミーユと言いたいところだが、スタッフロールを見るところ、シャア(クワトロ)が一番上だから、シャアが主人公かもしれないと思わせるには十分。これこそZガンダムTV版でなしえなかった「逆襲のシャア」だったのかと思ったりもするが、その対比として登場するアムロがまた三番目に名を連ねるので、一体全体なんなのかという気もする。だがまぁ、TV版でもそうだったからそのままというのが理由なのかもしれない。
好意的に見ると、カミーユという存在がシャアとアムロという大人たちの間にあるという狙いなのかもしれない。少なくとも、ガンダム=シャアという構図を持っていると思いたくはない。個人的に。

そのカミーユ、最初はMSで殴った軍人に復讐するというキレやすい子どもを演じているが、両親のなんともやりきれない死(それも実に親としての意識に欠ける親らしい死)を通じて、嫌がおうにも大人にならざるを得ない状況になる。それがファとのすれ違いとして表現されているが、本音部分で言えば、レコアさんに甘えたいという子供でいたいという気持ちも残っている。当のレコアさんはカミーユより過酷な幼少時代を過ごしてきたせいか、そんなのゴメンだわとして任務を利用して逃げる(でも「大人になってね」みたいなコトを独白する)。助けられて抱きつくというのはちょっと軽率のような気もするが、カミーユが自分の信念でもって行動できるようになった(=大人への成長)ことへの賞賛のメタファーみたいなものかもしれない。
しかし、カミーユがそのような成長を遂げるシーンがちょっと少ないような気もする。MS戦で活躍したことを評価されるでもなく、いつの間にかエゥーゴの連中に認められている。たしかに素質はあるというのはわかったのだが、それがいつの間にか主力として扱われるという描写に欠けているように思う。軍人であるエマさんがそうなるのはわかるのだが、カミーユはちょっと不自然。むろん、視聴者は、どんどん撃墜していくカミーユを見てるだけでそれも当然だと思ったり、TV版の流れでそんなもんだと思ったりするのだろうが、何も知らない人が見てしまった場合、「いつの間に?」という気がしないでもない。人は、周りに認められてこそ、力を正しく認識するものだと思うのだが。

そんなカミーユを導く役回りであろうシャアだが、アッシマーに苦戦させられるものの、元エースパイロットらしい活躍を随所に見せる。また、「冷たい言い方だが、ティータンズとはそういうものだ」とか「(レコアを見つけて)よくやった」とかみたいな、大人な発言をカミーユに浴びせる役回りも見事にこなしている。シャアという過去を引きずったまま、何かできそうで出来ないというよりも、「コイツ何かできそう」と思わせる描写になっていると思う。言い方を変えれば「TV版よりヘタレじゃなくなった」ということかもしれないが、見ているものにとって、カミーユの両脇を固める人間がこうでなくては正直困るだろう。
赤いノーマルスーツで隠密行動はやっぱり変わらなかったか・・・。

シャアとおなじ役回りをするアムロも、何かエピソードがひとつ抜けてる気がするが、大切なものを守るために戦うという、エースパイロットだったころの輝きを取りもどす。まぁ、フラウの涙を見てとかで復活してもちょっと軽すぎると思うが、なんにもないのにいきなり飛行機を強奪しているのは描写に欠けているように思う(一人昔を思い出すとか)。こちらは登場だけなので今後に期待だが、少なくともどちらともがカミーユを間違った方向には導かない煮え切らない大人にはなっておらず、大人故の苦悩と向きあいながら若さを吸収し力強さを発揮していくという、良い意味での相互依存の関係が見てとれるような気がする。
そういうわけで、カミーユやカツだけがすべてを背負うのではなく、大人たちが子供たちに何かを返すような形でのラストになる気がする。

ちなみに、新規の人には、この二人がどんな人間かはたぶん伝わらないぐらい前作の描写が入っていなかったのはビックリした。たしかに、ファーストガンダムを見てから見るんだろうけど、あまりにも「シャア」という言葉が出るのに、そのシャアとかダイクンとか言われてもなんのことだかわからない人も多いと思われ。この劇場版Zガンダムはやはり、ガンダムワールドの一環として描かれているといえるのだろうが。ま、当然かもしれない。


ジェリドは人間らしいというか、その内やられそうなキャラっぷりを見事に演じてくれているが、物語としてはこれぐらい人間くさいキャラも必要だろうと思う。時に弱く、時に高慢で、時に意地っ張り・・・というといいところないと思うが、そう言うのも生きるのには必要だと言うことを、先走って死んでしまうカクリコンを通じて見せているのかもしれない。Mk-2とビームライフルで撃ち合うというせめてもの成長を見せてるのが救い。
しかし、このカクリコン。「女に入れ込んで焦るなよ」みたいなこと言ってて、自分が功を焦るというのはどうだろう。「アメリア…」は名シーンではあるけれど、カクリコンが全然キャラ立ちしていない状態で死んでしまうので、ちょっと「誰?」という感じにもなる。せめてジェリドに説教してから、ロケットのアメリアの写真に見入るぐらいの寸劇はほしかった。

エマさんがいきなりエゥーゴにはいるとか言うのは、不自然ではないけど(30番地の映像とか)、リックディアスにいきなり乗って、しかもやられてしまうというだけの役で終わったのがちょっと残念。この後Mk-2に乗っていいのか不安になる。ティターンズの兵士たちは能なしばかりなのかと思えてしまう。カミーユを止めようとするシーンは良かったんだけど、とりあえず第二部「恋人たち」でどんな描かれ方をするのかに注目。ヘンケン艦長とのラブシーンはなさそうなぐらい伏線がないが。

ブライトさんにアーガマの指揮権を譲るヘンケン艦長が「ブレックス准将の御供ができる」というのはいいのだが、テンプテーションに乗って襲われる描写がちょっと唐突のようにも感じる。たしかに、ティターンズに嫌気がさすというのはわかるんだけど、連邦軍に嫌気がさしたワケじゃないから・・・とも思う。それで対比的に連邦からティターンズになるシロッコに襲われるのはわかるかな。


なにかダメな描写ばかり目がいくが、やはりTV版を気にしないといいながらも気にしているのかなぁ? まぁ、TV版を受け入れたまま修正すると言うことなので、TV版の悪かった部分が見えなくなったのはよかったかもしれない。まぁ、第一部だから全体が見えないので結構評価が難しいのだが、アクション映画チックなノリが今作、二作目はラブストーリー、三作目がガンダムらしい作品になるのだと想像する。

アムロとシャアが前面に出過ぎな気もするが、おそらく第二部では恋人たちとの出会いを通して成長していくカミーユが描かれることになるだろう。そう、今作ではキレっぽい危ない子供であるカミーユが、人を愛することを覚えて、戦うというのが単なる正義のためじゃないと気づきはじめる回と見た。だから、第二部のポスターにはシャアとアムロがいないのだ(たぶん)。
 レビュー1:Zガンダム、観ました
 レビュー2:MS戦にみる映像表現の狙い
 レビュー3:ストーリーと人物描写
web拍手 by FC2












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://tkiyoto.blog6.fc2.com/tb.php/94-466e1f09

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。