死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

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2008.04.18 23:59

 帰ってきて、寝て(笑)、起きてやる気が起きなくて、解凍しておいた鶏肉でシチュー造ろうとは思うのだけれど、どうも、動けない。

 うーん、鬱か? などという冗談はさておき、とりあえずできることorやりたいことをしようということで、とりあえず、図書館から借りてあったNHK『プロフェッショナル~仕事の流儀~ 挾土秀平の仕事』を観る。
 挾土秀平を知ってる人はたぶんあまりいないだろうけど、今、たぶん一番有名な左官職人だ。そもそも、「左官」すら知らない人が多いであろうこの時代なので、そう言われてもピンと来ないかもしれないが、天然土のみを使った左官仕事で、全国各地から依頼が殺到する人気左官らしいのだが、一般の人にはあまり知られてないよね、たぶん。クライアントになる人なら知ってるだろうけど。

 私が知ってるのも、共同通信社編集委員室編の『和紙とケータイ ハイテクによみがえる伝統の技』という本(もとは新聞記事)の中に出てきたからだ。「「伝統にこだわりすぎると、その技術は進化を止めてしまう」という言葉とともに、「土」を使った下駄(あの、履くやつね)を造った男として紹介されていた。新聞記者らしく様々な分野の様々な人たちに取材していたので中々株を買うのに有用だった。

 そんな挾土秀平の「臆病であれ」という仕事ぶりを観ながら、「やっぱそうだよねぇ」とホッとしながらも、ちっともやる気が起きない。そういえば落合監督も自著『コーチング』の中で「監督はマイナス思考たれ」と書いていたが、そういうことを特に男は表に出さないもんで凄く珍しく感じるねぇ。ま、臆病を強気で隠すのが基本の『男らしさ』だからだろうけど。その方が人気出るしね。日本代表監督とか。

 ってよく見るとAmazonレビューでボロクソだねぇ、『プロフェッショナル~挾土秀平の仕事』は。そこまでボロクソに書くかね? とも思うけど。しかもそれが「参考になった」人が多いってのは嫌われてるのかね?? 変なの。全員じゃないのが救いだが。
 個人的には表面的理解だなぁ、と思うけど。「職人なら現場でタバコを吸うな」とか、イメージ押し付けるなって感じだよねぇ。偏食家でならしたイチローがカレーばっか食ってるのはプロとしての自意識に欠けるって言うのかな? アマチュアのコメントって時に怖いよねって思った。「好み」や「○○愛」からしか語らないというか。
 Amazonで書くと叩かれるだけのようなので書かないけど。

 んでもやる気にならないので、次は動画サイトで、レネ・イギータというサッカー選手(ゴールキーパー)の、スコーピオンキックを観て笑う。

 この、イギータという選手は、どうも攻撃的GK(というか攻撃参加GK)の走りで、フリーキックも決めちゃうような選手だ(ちなみにこのFK動画の「ゴール」連呼は数年前話題に上ったアナウンサーを軽く凌駕している)。まぁそもそも、こんなことやってしまうようなのだから当然かもしれないが、経歴を見ても個性的な選手だったらしい。誘拐容疑で捕まるとか(汗)。私まったく知らなかったけど、面白い選手だなぁ。こういう選手がプロとしているっていうのも大事だよね。ナンバーワンにはなれないかもしれないが、アマチュアではもったいない。

 

 この間の日曜だかその前の日曜だかにやっていたテレビで「色んなプロ選手に聞いたけど、千代の富士・バース・青木功が『プロとは?』という質問に同じ答えをした」というのを取り上げていたが、その答えが「プロは言い訳をしない」って言ってたというのを聞いて、「やっぱ一流は違うよね!」みたいな顔していた人がたくさんいたけど、それって当たり前すぎることではないのかなぁ、とか思ったり。
 自分たちもわかっているけど、それを一番だとは思ってないなぁってことなんだろうけど、別にいいんじゃないか?それで。なんで「成功者」が「絶対正」なんだ?

 どうも、コンプレックスを刺激するのが蔓延しているからか知らないが、最近、なんか、「こうであるべき」って言うの押し付ける風潮多くないですか? 多様性を認めないというか、「人間」という生き物と面と向っていないというか、「これしたら×」というような、「そんな都合のいい人間いねーよ」とつっこみたくなるような、エンタメドラマのキャラをベースに語ってるみたいな印象を受ける。
 ある種の「正しさ」は必要だけれど、それを何にでも求めるというか。

 そう思って、今日職場で見たプレジデント社の『プレジデントファミリー』を見たのを思い出しました。特集が「(保護者による)教師採点方法」みたいなので、教育現場の「成功者」陰山英男や藤原和博が何か語っていましたが、こういうのも、「成功者の言うことは正しい」というネガティブメッセージが社会に蔓延してるのか、売るための話法が優先される資本主義社会の病気なのか、読んでて気持ち悪いって思ったのよね。内容はそこまでひどくないかもしれないが、アオリはかなり酷い。雑誌は大概そうだが。
 保護者が教師の採点なんてしてどうすんだっていうの。教師をノイローゼにするだけでしょ。それは子供にとってどうなんだと。親バカも大概にしておけと。「親はなくとも子は育つ」という言葉を受験勉強で習わなかったのか??

 そういう意味ではこの間やっていた「学校は選べても教師は選べない、自分が変わるんだ」というドラマ『先生はエライっ!』ってのは予想外によかったですね、一部にリアリティーを感じませんでしたが、なかなか大人な内容でした。仏教的というのは大げさですが、人生にも通じるというか
 ジャニーズ(Hey Say Jump)が生徒をするとか、「生徒が教師を変える」なんてフレーズがあったので「どうだこれ?」と思いましたが、フタを開けてみれば、そういう「生徒」という存在を使って最近の風潮(学校に限らず)を諷刺してる感じでしたね。教師は(置かれた状況下の中で)一人の人間として誇りを持って教師をしてるんだという、一人の意志を尊重しているというか。みんな、仕事は一生懸命やってんだよと。

 こういう方がよっぽどプロっぽいですよね。情に流されない造りというか。テロップ見たら原作というか原案があるみたいだけど(よく見えなかった)。少なくとも、読者を限定するプレジデントファミリー読むよりずっと為になる気がします。
 理想を押し付けるのはプロじゃないでしょ。

 

 プロってお金もらえばプロなんだよね。ただ、その「お金をもらう」って行為にどれだけ思いを馳せられるかという違いがあるだけだと思うんだよね。「言い訳しない」ってのもつまりはそういうことで、挾土秀平が「持ち出ししても」「スケジュールギリギリでも」「施主がいいって言ってるのにそれ以上のものを造るのも」、すべてはそこなんだよね。
 「お金」をダーティーなものとしてしか捉えられないのも、「必要不可欠なもの」としてしか捉えられないのも、浅い理解だ。

 そうじゃない、それじゃ、お金を生み出した「人間」がそこにはないだろう?

 観客が握りしめた入場券は、彼が何時間か一生懸命働いた汗と時間と、そして、他のことに使えたかもしれないお金なのだ。それに思いを馳せることができるだろうか?

 「お金」があると具現化しやすい「人生」のやりとりが、そしてそれを感じる生活が、プロフェッショナルな姿というものを形作っていくのだろう。ただ、好きなだけのアマチュアとは絶対に違う、仲間でもない、完全なる「他者」との中で新たなものを生み出すのもプロの仕事なのだろう。他者に、自分の生き様を理解してもらうというのは、アマチュアグループの中でいたら絶対に出来ないだろうが、同時に、果てしない「理想」だ。

 そんな、「お金をもらう」がゆえに生じる理想と現実の間の中で生きるのがプロなんじゃなかろうか。そして、その中でも現実に妥協せず、理想を追い求めながら現実とも付き合っていくのが、プロ中のプロと呼ばれる人なのだろう。

 

 ああ、やっとやる気になってきたなぁ。ご飯食べるためにシチューつくろっと。自分の食べる分だから市販ルウを使ったアマチュア流でね。プロなら・・・・・じゃない?

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