死ななきゃOK

死んだ方がいい、死にたくない、いろいろあるかもしれんけど、とりあえず、死ななきゃOK。っていつも言えたらなぁ・・・

--.--.-- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2
トラックバック(-) | コメント(-) | この記事のURL | 編集 |
2008.05.03 23:59

 今日のオーラの泉は小室哲哉でしたね。

 それにしても老けたなぁ、小室も。もう・・・・50か!!

 50!!

 そりゃぁ老けるわ、さすがに。小学生の時分から聴いている私がもう・・・なんだから、そりゃそうだよなぁ。

 さて、そんな小室先生ですが、今年の正月に「初めて餅つきをする機会に恵まれ、餅が出来るプロセスを理解した」と、現代の申し子として、また、美輪明宏には「声の倍音が凄い」とか江原啓之には「BPMがいつも同じ」という表現を使い、世紀の音楽オタクとして、存分にそのキャラクターを発揮。ちなみに音楽を独学で学んだ小室はオタマジャクシ(♪)楽譜が読めないらしく、一応バンドマンの国分太一がガッツポーズをしていました。

 小室にスピリチュアルが関係あるのかと思いの方も多いと思いますが、美輪曰く、霊感があるのに突き詰めてないだけで本質は「江原と同じような人」ということで、江原が共感して笑いまくるシーンが何度もありました。「移住はダメですよ小室さん」、とかね。

 世間的にはメガヒットプロデューサーとしての認知度が高い小室哲哉。
 個人的にはそういう部分はどうでもいいのですけれど(シングル以外の方が絶対いい曲が多いと思うから)、世間的なニーズにもマッチして曲作りに追われたその時代。1年間に90曲作ったというので、4日に1曲ペースで作っていたことになります。しかも「質は落としたくない」と考えていたようで、そうなれば当然・・・・

温泉でも行こう なんていつも話してる
落ち着いたら 仲間で行こうなんて でも
全然ヒマにならずに 時代が追いかけてくる
走ることから 逃げたくなってる

『WOW WAR TONIGHT』にその本音が書かれていることはファンならずとも気づいていたでしょうが、まさにそんな感じの「いつ寝たか、何を食べたか、まったく記憶にない」「親戚の子どもへのお年玉も誰が誰にあげたかもわからない」と、忙しさのあまり曲作り以外の、人間としての生活自体にはほとんど意識しなくて、今振り返ると自身曰く「裸の王様状態」だった小室先生。
 そういうことをしみじみと語れるようになったところが、globeのアルバム『globe2 pop/rock』で見せた、大人な小室を感じさせて、小室はKEIKO(KCO)と結婚してやっと人間らしさを手に入れたんだなぁと、改めて実感する。

 人間らしさというのはとかく弱さと繋がりやすいから、自分のしたいことがある男は邪魔だからとそういうものを持ちたがらない人が多いと思うんだけど、今の小室の場合は「弱さがあるからこそ生まれる強さ」みたいなものを手に入れたという充足感に満ちた顔をしている。それが、今一番無くなると困るものがお金やキーボードより「奥さん」になるのだろう。

 思えば、KCOと結婚する直前に出されたアルバム『Lights』の中の『Merry Go Round』(歌詞表示)なんて、「ふられたのにまだ好きなんだよぉ」という、男の歌にありがちな弱気を強気や「愛」で隠す歌を作っていたTM時代(globeでもそうだけど←歌詞表示)では考えられない、「弱さ」を堂々と歌い上げています。

凍えてる街路樹を 通りぬけて
あたたかい人々をうらやむ
私だけ 寒いわけじゃないのに
どうしても自分がさみしい

こんなの、人間誰しもある感情ですが、なかなかそれを歌に込めることって難しいですよね。苦しんでるのは自分一人じゃないのだから、普通は見せる必要ないというか、見せないもんです。それに、見せた方が「カッコ悪い」気がしますよね。みんな同じように悩んでるんだから。
 けれど、それをあえて見つめることで、より「自分がさみしい」気持ちが強くなりますよね。人間としての醜さと向き合う辛さというか。でも、そうすることで見えてくる景色もあると思うんですよね。

 それがこの続きのフレーズ

ああ どこからか負けないでって 声がする
そう あなたから 聞こえてるような気がして

一度落ちて、忙しかったときには気づかなかった、己の、人間としての醜さや弱さというものを正面きって見ることで、たとえば「成功者になれば望む女をゲットできるハズ」というような視線のままでは絶対得られなかった、女性の魅力を知ることが出来たんですよね。

 弱い自分そのものも受け入れてくれる愛情とでもいえばいいのか。
 それって、大人の女性にしかできないですけどね。KEIKOとラブラブモード※になってからの歌はそういうのがモロに感じられますね。愛されてる自信が根底になければ正面切って向き合えない「弱さ」を歌に込めるようになったというか・・・・・・でも、セールス的にはイマイチなんですよねぇ。質はいいと思うんですけど。「時代をリードした小室」という、軽い役割が求められているからなんでしょうか、それともマニアック過ぎるからでしょうか。

※・・・ちなみに同アルバムの「女神」(リンク先歌詞)はまんまプロポーズの歌です。冗談抜きで。この歌も弱さがバンバン出てます。最初聴いたときはわが耳を疑いましたよ。だって、一人称が「僕」ですもん。globeの歌ですよ?


 さて、肝心のスピリチュアルカウンセリングの方ですが、小室先生の前世は、20世紀最高のソプラノ歌手と言われたマリア・カラスのような、「より高い音を」を追い求めて喉を潰した女性歌手だったようです。
 小室作曲の特に女性の歌は、やたら高いことで有名です。華原朋美なんかがその代表的な例ですが、「そこでその高さ!?」という強烈な高音の使い方をして、「歌手泣かせ」の楽曲を次々に作ります。それはひょっとしたらそういう前世の影響を受けているのかも? という話でした。運命づけられた高音とでも言いましょうか。

 しかし、それは同時に、マリア・カラスのように、高い音にこだわりすぎて破滅してしまう恐れがあるということでもあるんですよね。それを繰り返してはいけないのが、たぶんきっとスピリチュアル~な考え方だと思うので、やたら高い声ばかりを女性に求めたり、高い声の女を好きになる小室の姿は、前世の業(?)に引きずられていたと言えるのかもしれません。なに?KCOも高いって? 今はそうでもない・・・

 

 また、小室先生は、女性の気持ちに立った歌をよく書くのですが、それは自身の心の投影だと語ります。それも前世の影響なのかよくわからないところではありますが、本質に女性らしい考えが抜けてないのでしょう。
 そんな、女性らしい考えがどこかにあるバツ2の小室先生は、華原朋美をふったりとかASAMIとの離婚ゴタゴタで色々ダーティーなイメージがついてバッシングされたりしてましたけど、そういうのも、女性らしいところが災いしているのかもしれませんが、そんなことをオーラの泉でするわけがないのでここのところは憶測です。

 私が思うに、華原さんはこれでもかというぐらい「オンナオンナ」しすぎた性格なので、合わなかったのも仕方ないなと思うんですが、世間は「シンデレラストーリー」とかなんとか盛り上げちゃったので(小室も盛り上げちゃったので)、小室が持つ「欠点」を指摘しながらも補える女性にはなれなかったからうまくいかなかった、というのが現実じゃないでしょうかね?
 どちらが悪いとかではなく、根本的な相性の問題として。ASAMIさんの場合はよく知りませんが、同じようなものかもしれません。成功者の男は女を選べると男は思いがちですけど、それだとね、苦痛も伴う関係があるんだよね。合わない部分を我慢したり。そこには、自分の弱さをさらけ出せない苦痛も含むんだけどね、もちろん。

 

 ・・・・というわけで、女性臭いくせにアイドル好きという小室哲哉の「病気」は、見事、男っぽいところがありながらも女としての芯が強いKEIKOによって、治され、より「女性」というものの本質に迫ることができるようになったのではないのかな、と思います。アルバム『maniac』に収録の『About Me』(歌詞表示・作詞小室哲哉)なんてそれが顕著に表われている気がします。

女って どうしてこんなに大変なの
だからもう 諦めたふりしている...think about me

この、諦めた「ふり」とかもそうなんですが、さり気なくストレートに言えない「でもやっぱりわかってほしい」という本音を持っていることを、英語という「相手には直接伝わらない」別言語でつぶやくなんてのは、これでもかというぐらい、女性らしさがにじみ出ています。
 女性って、思ってることを男に言わない人が多くいるんですよね。言わずに自分が我慢すればいいって思う人が。言う人もいますけど、男の比じゃないです。いわゆる、女性の気配りとか優しさとか言われるものです。

 こういう部分を良しと思う男はいても、それを表現できる男ってそういないですよね。作詞家の阿久悠さん(故人)はそれが出来てましたけど、世間一般の男性アーティストが女の気持ちになって書いただけの歌では到底表現されない部分ですよ。

 おそらくこの歌のモデルはKCO自身だと思うのですが、このフレーズは、作詞した小室自身が、KCOの過去を受け入れて理解してあげられている証しなのでしょう。それは同じようにKCOが小室の過去を受け入れている証しでもあるのでしょう。なぜそう思うかというと、先程も上げた『About Me』の歌詞の前にそれをにおわすフレーズがあるからです。

だからって どう見たって 偽りもない
平凡で 破天荒と 無縁な子

きっとこれは、KCOが「小室哲哉みたいな大金持ちをゲットできてあなたってうまくやったわよね」とか「ASAMIから相談を受けていたのに横取りしたのね」とか昔の同級生(♀)かなにかに言われたことに対する心のつぶやきなのでしょう。
 これが、「だからもう 諦めたふりしている」に繋がるということで、それじゃ救いがないんじゃない?という結論に至りそうなんですが、その「感情」は発露するけど、その苦しみは小室が理解してるんだな、と思えるんですよね。結婚して幸せなハズの「About Me(=KCO)」がそんな気持ちのままでいて歌を歌うハズがないじゃないですか。これが別タイトルなら何も思わないんですけど、どう考えても、そうでしょ?

 周りがとやかく言おうが、信頼できる相手がいることで言えることがあるってことは、強いところも弱いところも含めて、人間としてお互いを愛し合って信頼してなきゃ出来ないもんですよね。
 そう考えれば、この二人が離婚することはきっとないだろうし、小室哲哉の「今一番無くなると困るものがKCO」だというのはまぎれもない本音だと言えるでしょう。

 

 ・・・・と、長々とまたオーラの泉と関係ないところに行ってしまいましたが、小室先生の現在の悩みも、スピリチュアルカウンセラーのお二人にはお見通しでした。

 小室先生は、TM時代から、常に時代の先端を行っていた(時に行きすぎていた)だけに、今の加速化するネット時代になって、より時代の波に乗り遅れまいと焦ってるようなんですね。まして今はKEIKOをKCOとしてプッシュさせたいという思いもあるわけで。

 そんな中で、美輪さん達のアドバイスは「とにかく焦るな」と「土台がキッチリしていれば、正統であれば、時代なんて関係ない」と、至極正論をぶつけます。ただそれを言うだけなら誰でも言えるんですが、小室の頭の中にあるものを見通してしまった彼らは、「原点に戻りなさい、原点は、万博で出会った(シンセの第一人者)冨田勲(の音楽)でしょ?」「冨田勲の音楽は日本がテーマじゃなかったのか?」と言うことで、小室の裡(うち)にある琴線に触れます。そう、小室が目指しているのは「日本」を表現する新しい音楽だったようです。

 だから、冒頭にあるように「移住しちゃダメ」ということなんですよね。

 そこで小室「そうですよね。移住しちゃできませんよね」と納得。カウンセリングは無事終了に至りました。

 個人的には、人間くささなんてのは創作に邪魔することがあるんじゃないかと思っていた節があるので、人間としての基本的な生活をKEIKO改めKCOとその家族との出会いから、本当の人間らしい家族形成を学び、敬愛できる(KCOの)父親と巡り会い、そして別れ、人間としての成長をこの歳になって急激にすることで、より「深い」音楽性を追求できるようになったんだな、と、最近の小室の(よい)変化の理由がわかったので凄くよかったです。

 しかし、ひとつミソをつけるなら、最近の番組同様に、CM前告知で小室哲哉のゲストスペシャルの前にやっていた、杉本彩に憑いた阿部定の影響を受けた上原さくら?が収録中に逃走した映像を流しておいて「この後上原さくらはどうなる?」とか振っておいて「続きはまた来週!」ってのはもう、ヘドが出ますね。こういうのいいかげんにしてほしいですね。「どうにもならんじゃないか!」と思いますもん。 こんなんだから録画で済ませてCMカットしたくなるんですよね。

 やっぱり、正統派でやるってのは大事なことですよね。

web拍手 by FC2












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://tkiyoto.blog6.fc2.com/tb.php/971-a9257f42

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。